Act0-74 友達 その十
五回目の更新となります。
次が二十時です。
もし俺がいままで倒してきた二十頭近くのダークネスウルフすべてが、ブラックウルフだったとすれば。
エンヴィーさんが討伐隊を編成していないのもわかる。
まぁ、それでも百頭近くのブラックウルフの群れであれば、それはそれで脅威ではあるけれど。
でも、百頭のブラックウルフであれば、ユニオンが複数あれば、十分に殲滅できる程度でしかない。
しょせんブラックウルフなんて、Dランクの魔物でしかないのだから。
もし本当にブラックウルフだったとすれば、納得できる理由があった。
俺が「討伐」したダークネスウルフに比べて、ここまで倒してきたダークネスウルフどもは、妙に脆かった。
ダークネスウルフは単独であれば、「討伐」するのはわけないけれど、それでも一発で倒せるというわけじゃない。
なのに、ここまで倒してきたダークネスウルフどもは、あっさりと倒せていた。ダークネスウルフにしては、脆すぎる。
それにダークネスウルフであれば、あんなに簡単に頭上を取れるとは思えない。
仮に頭上をとっても、ダークネスウルフであれば、そのまま攻撃させてくれるわけがない。
総合的に見て、脆いうえに、判断が遅すぎる。
俺にとっては、ダークネスウルフはカモでしかないが、それでももっと強かった印象がある。
比べて、今夜倒してきたダークネスウルフは、あまりにも弱すぎる。
進化したばかりの個体という可能性もあるけれど、そればっかりというのは、さすがにありえない。
となれば、モーレの言うナイトメアウルフが、ブラックウルフをダークネスウルフと思わせるような幻覚を俺たちに掛けている可能性が出て来る。
あくまでもナイトメアウルフが発生していればの話だけど。
でもダークネスウルフが百頭近く自然発生したというよりかは、可能性があった。
むしろ、ダークネスウルフの大量発生よりも、ナイトメアウルフに進化した個体がいると考える方が、まだ自然だろう。
「……試してみるか」
走るのをやめ、立ち止まる。後ろからダークネスウルフどもの唸り声が聞こえてきた。
見た目は、「討伐」したダークネスウルフそのものだ。
だが、こうして対峙してみると、なにか違和感を憶える。
いまだからこそ感じられるものではあるが、ダークネスウルフにしては、妙に弱々しい。
属性付与させずとも、倒せるように感じられた。
「討伐」狙いでなければ、属性付与させなくても、ダークネスウルフに勝つ自信はある。
だが、「討伐」狙いであれば、属性付与させないとまだ厳しい。
しかし迫って来ているダークネスウルフどもには、属性付与などいらない気がしていた。
試しに属性付与を解除し、先頭を駆けている奴に向かって、飛び蹴りを放つ。
ちょうど首筋に当たった。その個体の首はあらぬ方向を向き、そのまま倒れた。
「……弱い」
ダークネスウルフとは思えないほどに、そいつは弱かった。
たまたまということもあるので、念のために、次に近付いてきた奴の脳天めがけて、かかと落としを放った。
頭が地面に縫いつき、体が浮いた。まるで逆立ちをしているかのような体勢だったが、すぐに力なく地面に倒れ込む。
「……やっぱり弱いね」
今度はモーレが言った。どうやらモーレの予想で当たっているようだった。
「こいつら、ブラックウルフだ」
ダークネスウルフでないのであれば、話は別だ。
ブラックウルフであれば、何頭いようが、物の数じゃない。
が、油断しているところに、ダークネスウルフが飛び込んで来たら、ちょっと面倒だった。
可能性としては、先遣隊の中で一番大きかった個体。あいつはたぶんダークネスウルフだと思う。
それ以外はすべてブラックウルフだろう。進化した個体が、進化前の個体を率いる。あり得ることだ。
そして進化した個体であるダークネスウルフを率いているのが、件のナイトメアウルフ。そのナイトメアウルフに、どうやって幻覚をかけられたのかは、さっぱりだが、この先にナイトメアウルフが待ち構えていることは、間違いないだろう。
Cランクのダークネスウルフの進化個体となれば、ナイトメアウルフはBランクの魔物ってことになるだろう。
さすがにAランクに飛ぶことはないはず。Bランクの魔物とは、まだ遭遇していないが、Cランクのダークネスウルフがあの程度であれば、ナイトメアウルフも大したことはない、と思いたい。
が、いつのまにか、幻覚をかけられたことを含めると、ナイトメアウルフの実力がどれほどなのかはわからなかった。
ダークネスウルフを基準とするべきなのか、それともいつのまに幻覚をかけられたことを基準とするべきなのかは、判断がつかない。
「考えている暇はないかな?」
だが、考えているのはここで終わりにするべきだ。
ブラックウルフどもが我先にと殺到してくるのが見えた。
二十頭は下らない。
その中にひときわ大きな個体、ダークネスウルフの姿もある。
ブラックウルフどもだけであれば、モーレを抱えたままで倒せる。
が、ダークネスウルフも交じっているとなると、モーレを抱えたままでは、さすがに厳しいものがある。
「モーレ。下りてもらっていいかな?」
俺としては、モーレを降ろすのは、あまり気が進まない。
俺が抱きかかえているのであれば、安心だし、安全だ。
けれどそれでは、両手が使えない。
脚だけで戦うのは、さすがにちょっと辛い。
俺が習ったのは、空手であり、足技が主体のテコンドーでもなければ、カポエイラでもない。空手にも足技はあるけれど、両手と両足が使えてこそ、より輝くものだ。
なのに両手が塞がっているということは、使える手札が半減するってことだ。
いや下手をすれば、半減以下か。
どのみち、モーレを抱えたままでの戦闘は、これ以上は難しい。この先で、未知のナイトメアウルフを、相手にするのであれば、なおさらだ。
これ以上は戦力を温存する余裕はない。
とはいえ、モーレを守るのをやめたわけじゃない。
モーレは守る。絶対に守り抜く。そう決めた。だからこそ中途半端なことはせずに、全力で戦うことに決めた
。
「絶対に守る。だから後ろにいてくれないか?」
「……いいの?」
それがどういう意味でのいいのなのかは、なんとなくわかる。
「光絶」でまた俺を気絶させて、ひとりっきりで逃げるかもしれないんだよ、と言っているのだろう。一度あることは二度あると言うから、ありえないことじゃない。
でもこんな状況で、そんなバカなことをモーレがするわけがない。
そもそもあのときは、俺を守ってくれたからだ。守るための攻撃だった。
だから、いま俺を攻撃する理由は、モーレにはなかった。
それにナイトメアウルフがいるのであれば、この場で唯一の戦力である俺を、脱落させるのは得策じゃない。あるとすれば、漁夫の利を狙うことくらいだろうか。
どのみち、背中を見せても、なんの問題もなかった。
それに俺は信じているから。モーレが俺を裏切らないと。そう信じている。
だからこの身を賭して守ろうと思えるんだ。いや、守りたいと思えるんだ。
「信じているよ、モーレ」
腕の中のモーレに向かって笑い掛ける。
なぜかモーレの顏が紅く染まる。
熱でもあるのかな、と思ったけれど、そろそろまずい。
ブラックウルフの姿がさっきよりも大きくなっていた。これ以上問答している余裕はない。
「下りて、モーレ」
「……死なないでね」
一言だけ呟き、モーレは地面に下りると、そのまま俺の背中に回った。
後ろには一頭たりとも通さない。通すわけにはいかない。
「さぁて、やりますか」
両手両足に再び属性を付与させながら、俺は不敵に笑った。




