Act0-72 友達 その八
三回目の更新となります。
次は十二時です。
血しぶきが舞った。
ダークネスウルフの胴体と首が離れていく。
犬、というか、狼の表情はわからないが、どことなく無念そうに見える。首が地面に落ちるよりも早く、再び駆けだす。
追いかけて来る気配はまだあった。
それ自体は別にいい。いくら追いかけてこようとも、そのたびに倒せばいい。そのために、わざわざ逃げているんだ。
追いかけてくれることは、かえって助かる。
いずれは追い付かれるとしても、数を減らせるのだから。
最良は、相手が諦めてくれるか、このまま撒くことなのだけど、さすがにそこまでうまくはいかないだろう。それにいくらか様子がおかしかった。
「……ねぇ、モーレ。いまので何頭目だったっけ?」
「……十七頭目、だね」
モーレが言った数は、できれば聞き間違いであってほしかった。
いや、数え間違いであってほしかった。
だが、悲しいことに、蹴り殺すたびに、数えていた頭数と一致してしまっていた。
モーレが口にしたのは、最初の二頭も含めての数だけど、どちらにしろ、数は一致していた。
いままで倒したダークネスウルフの数は、十五頭。最初の二頭を加えて、十七頭を始末している。
だが、最初に見た数は、十七頭もいなかったはずだ。
仮に十七頭以上の群れだったとしても、追いかけて来る気配は、かなり減っているはずだった。
しかし気配は減っていない。それどころか、一切変わっていなかった。
「……隠れていた奴がいたのかな? それとも」
隠れていたというのは、あり得る。
だが、隠れていただけであれば、まだいい。
けれどもし、いま想定しうる最悪の状況に陥っているのであれば、隠れていただけではすまない。
「……たぶん、群れの本隊と合流している」
「だよね」
一番大きかった個体が咆哮した。
いま考えれば、あれがまずおかしかった。
ほかの個体が遠くにいるのであれば、わかるけれど、周囲にはほかの個体が十数頭いた。
真っ先に二頭を倒したとはいえ、それでもまだあの時点で十頭以上はいた。そいつらに命令するだけであれば、軽く吼えればいいだけだ。それをあいつは咆哮した。
あのときは、某ゲームみたく、こっちを発見し、戦闘を始めるという意味で吼えたのだと思った。
でも、よくよく考えてみれば、あのゲームがモンスターを吼えさせるのは、戦闘開始を意味するためのもの。
要はゲーム的な要素にしかすぎない。
もっと言えば、現実ではあまりしないことだろう。まぁ、威嚇するためであれば、やるのかもしれないが、あの状況で威嚇なんてするだろうか。
俺はあいつの手下であろうダークネスウルフのうちの二頭を一瞬で倒した。
その時点で、俺が相当な実力者だってことはわかったはず。
なのに、威嚇目的の咆哮なんてするだろうか。
ゲームであれば、やるだろう。そういう風にプログラミングされているからだ。通常の生物であれば、ありえないことも、ゲームであれば当然の行為になる。
まぁ、現実の生き物でも、身を守るための威嚇はするから、絶対にやらないというわけではないだろうけれど、数的に有利なあの状況で最適解とは言えない咆哮を選ぶというのは、どうにも頷けない。
ゲームであれば頷ける。そう、ゲームであれば、だ。
だけど、これはゲームじゃない。現実だった。
その現実で、あんな大音量で、わざわざ吼えるだろうか。もっと言えば、そんな無駄をするだろうか。
人間で当てはめれば、「かかれ」とか「やれ」とか言えばいいだけだ。
もしくは「追え」か。それは魔物でも変わらない。
あいつらの言葉は理解できないけれど、「かかれ」とかの意味を込めて、短く吼えれば、それですんだはずだ。
それがあいつは大音量で叫んだ。
人間で言えば、指揮官がいきなり叫び始めたってことだ。
あれがダークネスウルフの通常の咆哮というのであれば、釈然とはしないが、まだ頷ける。
けれど俺が以前「討伐」したダークネスウルフは、あんな咆哮はしなかった。
あの個体がたまたましなかっただけなのかもしれない。
ダークネスウルフの生態なんて知らないから、個体差と言われても否定はできない。
けれど、個体差だとこの状況で言うには、あまりにも楽観視しすぎている。
むしろ、この状況であれば、個体差なんて答えは出ない。
あるとすれば、あれが咆哮ではなく、群れの仲間への連絡である遠吠えだったということ。
そして数が変わらず、最初の頭数以上に倒しているとなれば、導き出される答えはひとつだけだ。
俺たちが遭遇したのは、群れではなかったんだ。
大きな目で見れば、群れではあったのだろう。
だが正確に言えば、その一部だった。もっと言えば、先遣隊だったんだろう。
「ダークネスウルフの大量発生かな?」
笑えないことだが、現実だ。
一頭一頭であれば、倒せる。実際逃げるという形で、十七頭を倒してきた。
だが、その十七頭でも、群れにとっては一部にしかすぎない。それもそこまで強くはない個体なのだろう。
先遣隊に選ばれる個体は、下っ端が多い。
要は失っても、そこまで損害のない個体。
死に兵ってほどではないだろうが、失ったところで、損害は少ないことでは同じだ。
そういう個体ばかりで構成すると、逃げ出される可能性もあるから、多少強い個体ないしは、主力に率いさせる。
となると、あの大きな奴は、多少強い程度か、強くても主力の一員程度ってことだ。群れのボスではない。
動物の生態に詳しくもなければ、魔物の生態にも詳しくない、俺の想像でしかないけれど、モーレも同じ結論に達したみたいだ。
「まずいかなぁ」
「まずいと思うよ。私だったら、弱い奴だけをけしかけて、疲弊させたところで、一気に潰すもの。狼は狡猾だから、それくらいはやってくると思う」
モーレはさっきまでの乙女然とした振る舞いから一変し、鋭い目つきで前方を見詰めている。
その姿は、指揮官を思わせる。
まぁ、人身売買の一派の頭目だから、そういう雰囲気をかもちだしても不思議じゃない。
でも、俺にとっては、モーレはどこまで行っても、友人のモーレでしかない。
たとえ、雰囲気がまるで違ったとしても、モーレはモーレだ。そのことに変わりはない。
ただ、さっき弱々しく、守ってほしいと言われたときと、いまのモーレとでは、乖離しすぎていて、別人のように思えてしまう。
でも、嫌なわけじゃない。
意外な一面を見られたという感じなだけで、嫌悪感はまるでなかった。
むしろ、いまのモーレはモーレでかわいい。
見た目も相まって、ちょっと背伸びをしているっていう感じがする。
「……なんだか、カレンちゃんにケンカを売られているような気がするなぁ」
頬を抓られた。とても自然な動きで頬を抓られてしまう。
状況を考えてくれと言いたいけれど、言う暇もなく、頬を左右に引っ張られてしまう。
しかしなぜ気づかれたのだろうか。
ケンカを売る気はなかったけれど、モーレが怒りそうなことは考えていたから、モーレが凶行に及ぶのも仕方がない。
それでも状況が状況なのだから、ふざけるのはどうかと思う。
そうさせてしまうようなことを考えた、俺が悪いのかもしれないけど。
とにかく、いまは遊んでいる暇はないのだから、もう少し真面目にやってほしいものだ。
「カレンちゃんが悪いんだからね」
しばらくして、モーレが手を離してくれる。
が、頬の痛みまでは取れない。
これっていじめと言わないだろうか。
年上の女性が年下のか弱い女の子をいじめている。
うん、訴えたら勝てる自信があるよ。そんなことをしている余裕はさすがにないけれど。
「モーレの言う通りだとすると、このまま突き進んでも意味はないかな」
モーレはいきなりシリアスになった俺に、やや呆れつつも、頷いてくれた。




