Act7-57 急転直下
閲覧ちゅーい回です。
「ふふふ~」
目の前をスキップするサラさんの後をゆっくりと追いかけていく。
なんだかんだでサラさんとデートすることになってしまった。
デートとは言っても、これからどこかにでかけるわけではなく、ゴレムスさんの家を散策するってだけのものなのだけど──。
「ふふふ~」
その程度であっても、サラさんは明らかに機嫌がよさそうだ。俺とのデートがそんなに嬉しいのかな?
「「旦那様」とのデートは二回目ですねぇ~」
「そうだね。あのときはシリウスも一緒だったけど」
一回目のデートは、シリウスを連れての温泉に行った。
娘同伴を果たしてデートと言っていいのかどうかはさっぱりだけど、デートという名目であれば、今回が二回目だ。
ちなみに今回シリウスは部屋で留守番してくれている。曰く──
「お邪魔虫はしたくないから」
──とのことだったね。
別に俺もサラさんもシリウスを同伴しても問題はない。一回目のときだって同伴したのだから、一度同伴したのだから二度も三度も同じだと思ったのだけど──。
「……パパのそういうところ、本当にダメだと思うよ?」
──なぜか本気で呆れられてしまった。いままで散々呆れられてきたけど、今回ほど呆れられたこともないと思う。
なにせ最終的に「ぐだぐだ言っていないでさっさとデートしてくるの」と物理的に尻を蹴られて部屋を追い出されてしまったもの。
おかげで地味にお尻が痛いです。
あの温泉に浸かれば、痛みが引くかなと思ったけど、希望にバレたら後が怖いとも思ってしまったよ。
……正直な話、温泉に行ったことを希望に知られたら怒られそうではあるけど、言わなきゃバレないはずだ。
誰かが言わなきゃ、さすがの希望もあれから日が経っているし、また温泉に入ったとしてもいつ「ラース」に帰れるのかはわからないのだから、温泉に入ったということを知りようはないはずだ。まさか、温泉の匂いなんて嗅げるわけもないし。
……あれ、なんか無性に心配になってきたよ?
希望なら、あの異常な温泉愛の持ち主なら、何日も前に入った温泉の匂いさえ嗅ぎわけられそうな気ががががが。
「ん~? どうされましたかぁ~?」
上半身を突き出すようにして、くるりと振り返るサラさん。顔がめちゃくちゃ近いんだが、サラさんは気にした風ではない。
というか、顔以上にですね?
「あ、あのサラさん?」
「なんですかぁ~?」
「胸が、ですね」
「胸? ……あ~」
普段は閉じられている胸元が、いまはなぜか少し露になっていた。少し前までのクッキー地獄が原因だろうけど、おかげで谷間が見えていますよ。しかも──。
「……下着は?」
「暑かったのでぇ~、えいやっとぉ~」
──本来覆っているはずのものが見えません。かわりに見えちゃいけないものが見えていました。
具体的には言わない。というか言わなくともわかりますよね?
「……あ~。粗末なものをお見せしましたぁ~」
「いや、そんなことはないですよ。眼福でした」
「え、あ、お、お粗末様でした」
あはははと胸元を押さえてサラさんが笑っている。笑っているけど、褐色の肌が紅く染まっている様は見物というか、きれいと言いますか。うん、とても目の保養です。
そう思う一方で現在進行形で、へこむ俺。
いきなりのことだったとはいえ、なにを抜かしちゃっていますかね、俺は?
だから風評被害を受けるんだよ!
だから胸好きとか意味のわからないことを言われるんだよ!
ここはさ、アイテムボックスから上着かなにかを取り出して、ぱさっと。そう、ぱさっと肩にかけてあげるべきでしょうに!
それを眼福って。眼福って!
あー、もうあかん。絶対サラさんにスケベとか、むっつりとか思われたわ。
まず間違いなく風評被害をさらに被ったはずで──。
「ふふふ、よかったです」
「……へ?」
「眼福ってことは、ちゃんと「女」として見てもらっているということですから。……正直な話、ちゃんと「女」として見てもらっているのか、少し不安でしたから」
「そんなことは──」
──ないと言おうとして、サラさんの人差し指に唇を押さえられてしまう。サラさんは穏やかな顔で笑っている。
けれど、俺の唇を押さえる人差し指からは、テコでも動かなさそうな力強さを感じられる。
「……「旦那様」が私を「女」として見てくれていることはわかっています。ただ、私に自信がなかったってだけのことですから」
「自信って?」
「……「旦那様」からレア様たちのように愛してもらえる自信ですよ。「旦那様」は私のために世界を敵に回してくださるのかなと思ったんです」
「それは」
俺はサラさんが好きだ。
でも愛しているのかと言われると、言葉が詰まる。つまりはそういうこと。決して嫌いじゃない。むしろ好きだ。
でもその「好き」は、サラさんが望む「好き」にはまだなれていない。
そもそもサラさん自身が俺をそういう意味で好きになってくれているのかがわからない。
自分が好きだからと言って、相手も好きでいてくれるかとは限らない。
「──いいか、香恋。てめえがどんなに大切に思っていても、相手が同じ気持ちだというわけじゃねえ。むしろ真逆ということもありえる。だからどんなに大切に思っていても、それを相手に押しつけるな」
半神半人になったとき、力を覚醒したとき、毅兄貴はそう教えてくれた。以前からわかっていたことではあるけど、改めてそれを突きつけられると来るものがあった。
だってそれは遠回しに「おまえの気持ちは重すぎるんだよ」と言われてしまったようなものだったし。
和樹兄も「言いすぎだぞ」と毅兄貴に言っていた。
でもたしかにそうなのかもしれないとは思うよ。
シルバーウルフに進化してからのシリウスは、よく俺をキモいと言うようになった。それはつまり俺が押し付けすぎた気持ちをシリウスに向けているということだもの。
……最もレアたちが言うには、単純にシリウスがツンデレになったというだけのことらしいけど。
でもいま思えば、俺の気持ちは重すぎるのかもしれない。
だけどこれ以上どうやって気持ちを伝えればいいのかがわからない。
正直な話、サラさんに俺の本心を伝えたことも失敗だったんじゃないかと思う。
もしかしたらこのデートは俺の気持ちを受け止めることはできないということを伝えるためのものなのかもしれない。
仮にそうであったしとても、俺にはなにも言えない。
でもサラさんが俺のそばからいなくなるのは、嫌だなと思う。
なんだかんだで、俺もサラさんを嫁と思っている。
幸せにしてあげたいと思えている。
だからこそ、いなくならないでほしい。そばに居続けてほしいと思う。
でもそれが重すぎるのかもしれない。毅兄貴が言う通り、重すぎる気持ちなんだと思う。
それでも俺はこれ以外の方法を、相手にと気持ちを伝える方法をほかに知らない。
だから無理だと思われたら、諦めるしかない。縁がなかったと思うしか──。
「聞いていますか? 「旦那様」」
サラさんの顔がすぐ目の前にまで迫っていた。
返事をするよりも早く、サラさんの腕が背中に回された。
軽やかな音が聞こえてくる。
まぶたを閉じたサラさんの顔がすぐ目の前にあった。
触れあうだけのもの。でも触れあうだけのそれはかえって、サラさんからの気持ちが伝わってくるようだった。
優しく触れあうだけのそれが、どこか心地いい。
その心地よさに惹かれ、サラさんの背中に腕を回し抱き寄せた。
小さく声を漏らしながら、サラさんが腕の中で震えている。
抱きしめたまま、少しずつ壁際へと追いやっていく。
とんと軽い音を立てて、サラさんの背中が壁に触れた。
「……情熱的ですねぇ~」
ふふふと頬を染めて笑うサラさん。そんなサラさんが堪らなく愛おしかった。
「脱がしていい?」
「……ご寵愛をいただけるのですか?」
「サラさん次第だよ。嫌だったら俺を押しのければいい。でもサラさんが望むのであれば──」
「答えは決まっていますよ」
サラさんは嬉しそうに笑い、みずからの服に手を掛けた。そのとき。
「え?」
「はぇ?」
俺たちの足元が、俺とサラさんの周囲の地面に穴が開いた。
「「旦那様」、手を!」
サラさんが手を差し伸べてくれた。その手を取るのと俺たちがその穴に落ちてしまったのは、ほぼ同時だった。




