Act7-55 新しい師匠と地獄
ゴレムスさんの家という名の洞窟の中は思った以上に快適だった。
壁はむき出しの岩ではあるけど、家の中にはいろんな家具があった。
岩でできたソファーに始まり、岩のベッドに、岩の本棚。そして岩でできたかまどがあった。
そのかまどの前では、プーレとゴレムスさんがやりあっていた。
その副産物が大量生産されていく。
おかげで快適だったのだけど、いまや快適という言葉はどこかにお散歩してしまった。
「これでどうですか!」
「まだまだ甘いっぺよ! もっと焼き時間を工夫するだよ!」
「っ! これでもまだですか。次こそはっ!」
「その意気だだ! さぁ次だっぺよ!」
「はい!」
……プーレとゴレムスさんは熱いやりとりを交わしていた。その副産物である大量のクッキーが次々に目の前のテーブルに置かれていく。
「カレン様のお口に合うかわからねえだが、どんぞ」
「「旦那様」、どうぞなのですよ」
「……あ、ありがとう、ゴレムスさん。プーレ」
ふたりが差し出してくれたのは、大盛りに盛られたクッキーだ。いや大盛りという言葉さえかげんでしまう山のようなクッキーの数々だ。
しかも一枚一枚がめちゃくちゃデカい。説明不要と言いたくなるレベルにデカい。
……うん、それじゃわからんよね。
大瓦せんべい並みと言えばわかるかな? 二十センチはある、あのデカいせんべいと同じくらいはあるデカいクッキーが山のように盛られていた。
それくらいデカいと大味かなと思ったけど、なんとプーレが絶賛しました。
「これは凄いのですよ。これだけ大きいと大味になるか、どこかで生っぽさが残るはずなのに、生っぽさは一切なくサクサクなのです。そのうえ中はしっとりとしていて、後を引きます。それが一枚だけではなく、ほかのすべても同じなのです。すべてが均等に火が入り、中身も均等にしっとりなのです! これは革命です。クッキー革命なのですよ! いったいどうしたらこんな革命クッキーを作れ──」
……あまりにも絶賛したがゆえにプーレのパティシェ魂に火がついてしまったほどだ。
普段は押しが弱いのに、スイーツのことになると豹変してしまうプーレ。
そういうところも俺にはかわいく思えるのだけど、ぐいぐいと押してくる姿に、ゴレムスさんも引いてしまうかもしれない。そんな俺の心配は杞憂だった。
「なるほどなのです! かまどの違いだったのですね!」
「んだ。クッキーっつーのは、かまどによって良し悪しが決まるとオラは思っとるだ。作り手の腕も必要だが、調理器具にもこだわらんとならねえ」
「っ、たしかになのです! それぞれのスイーツによっては、使う器具も様々なのです!」
「んだんだ。ここにはまともな材料はねえから、クッキーしか作れねえ。だからこそ、クッキーを極めようと思っただよ。クッキーだけは誰にも負けねえ。そんな境地に至るためにだ」
「……私は自分が情けないのです。ゴレムス師匠のように限られた材料だけで、ひとつを極めようとは思わなかったのです。いえ、なまじ材料を得られるからこそ、ひとつひとつのスイーツを極めようとは考えていなかったのです! なんたる未熟なのですよ!」
「……そんなことねえだよ、プーレちゃん。プーレちゃんはプーレちゃんなりのスイーツ道を極めればいいだよ。オラはクッキーしか極めることしかできなかっただよ。だけどもスイーツ道はひとつじゃねえ! パティシェの数だけスイーツ道はある!」
「そ、その通りなのですよ! さすがはゴレムス師匠なのです!」
「おだてねえでくれ、プーレちゃん。オラはしがないクッキー野郎にしかすぎねえだよ」
「そんなことはないのです! ゴレムス師匠は、ゴレムス師匠は最高のクッキー職人なのです!」
「……ありがとうな、プーレちゃん。その言葉だけでいままでの時間が報われた気分だ。だからこそ、オラのすべてをプーレちゃんに叩き込むだよ! ……着いてこられるだか?」
「はいっ!」
「その意気だぁ。では始めるべ!」
「はいなのです!」
とまぁ、そんなスポ根が展開された結果がいまだ。ゴレムスさんとプーレによるクッキー作りはいまだ続けられていた。
「プーレママの暴走がスゴいことになっているね」
「……いつもの倍はスゴいな」
「うん」
スイーツ関係では、プーレがぶっ飛ぶことはいつものことだけど、今日はいつに増してもぶっ飛んでいるね。
そしてそんなぶっ飛んだプーレにゴレムスさんもまさかそのノリに付き合えているとは。
気づいたら、いつのまにかゴレムスさんに弟子入りしているし。
ゴレムスさんも師匠と呼ばれて恥ずかしそうではあったけど、いまや完全に教鞭を振るっていた。
おかげで熱気がひどいのなんの。クッキーを作るのはいいんだが、ふたりが発する熱気とかまどからの熱によってゴレムスさんの御自宅内はとんでもない熱に覆われていた。
加えて、次々に量産されるクッキーが減らないことも拍車をかけている。
「……さすがにお腹いっぱいですよぉ~」
げふとげっぶをしながらも、サラさんはクッキーに手を伸ばしていた。でもその目は死んでいる。
俺たちの中で一番の大食漢であるサラさんがダウンしている時点でクッキーの需要と供給のバランスが崩壊しているのは明らかだ。
だというのに、クッキーの供給が止まってくれない。
「……一生分のクッキーを食べた気分だぜ」
「ですね。レンさんのお嫁さん方はやっぱりスゴい人ばかりですよ」
ヴァンさんとタマちゃんがぐったりとテーブルに突っ伏している。
ちなみに突っ伏しているテーブルもまた岩でできている。
だけど、ほかの家具はすべて岩を掘って作っただけの無骨なものなのに対して、テーブルはほかの家具同様に岩を掘ったというのは同じだけど、きれいに磨かれていて、表面はまるで大理石を思わせてくれる代物だった。
……店買いなら確実に金貨数十枚はしそうだね。
そんなテーブルに突っ伏すふたりを見やりながら、俺はシリウスと一緒にちびちびとクッキーを消化していた。
「……なくならないね」
「……なくらないなぁ」
「頑張って食べないとね」
「頑張って食べないとな」
「……そう言いながら次々にアイテムボックスに放り込んでいるのは私の見間違いですかね?」
レアがなにやらおかしなことを言っている。次々にアイテムボックスに放り込んでいるだって?
「違うよ、レア」
「そうだよ、レアママ」
「これは非常食として保存しているだけだよ!」
「そうだよ、保存食としてアイテムボックスに放り込んでいるだけなの!」
「……さようですか」
レアが「似た者親子なんだから」とため息を吐いているけど、こればかりは仕方がないのです。
だってこんな量は食べられないよ!
かといって、プーレの愛情がたっぷりとこもったクッキーを捨てるなんてできるわけがない!
ならば保存食として取っておくしかないじゃないか。
このことはシリウスも同意してくれている。だからこそこうして次々にクッキーを処理(水の魔法で凍らせて)してはアイテムに放り込んでいるわけですよ!
すべてはプーレの愛に応えるがために!
「……詭弁もここまで来ると清々しいものだな、レア姉」
「そうね。できることなら私も「旦那様」の「夜の保存食」になりたいのだけど」
「……その言葉の意味をわかりたくないな、俺は」
大きなため息を吐きながら、マモンさんがお茶を啜っている。でも言っていることは俺も同意見です。なんだよ、「夜の保存食」って、意味がわからないよ!
「はい、次なのですよ~」
「まだまだこさえているから、頑張ってくんろー」
再びクッキーの山が俺たちの前に鎮座した。気が遠くなるのを感じつつ、出来上がった山へと俺たちは手を伸ばすしかなかったんだ。
その後、ゴレムスさんとプーレのクッキー作りは、日が暮れるまで続くことになったんだ。
説明不要のデカさということで、刃牙ネタの感想が来そうですね←笑
ゴーレムがどうやってクッキー食うんだろうというのは、あまり気にしないでください←




