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Act7-53 お姉ちゃん

 少々過激です。ご注意ください。

 少しずつ。


 そう、少しずつだけど、変調が出ているようだった。


 でもそれでいい。「お母様」が望まれていることだ。だからなにも問題はない。


「──たとえ世界だって敵に回してもいい」


 はっきりと彼女は言い切った。


 この世界に来たばかりの頃の彼女であれば、決して言えない言葉。


 だが彼女は言った。愛する者のためであれば、世界を破壊することであってもいとわない、と。


 それは成長と言えなくもない。人を愛するということができるようになったというなによりもの証拠なのだから。いわば成長の証だ。しかし同時に狂気を孕んだものであることもまた事実。


 そもそも愛情というものは基本的に一種の狂気を孕むものだ。


 愛ゆえに人は狂い、狂ってもなお人を愛する。


 それが愛。およそ人間という生き物だけが持ち得た感情だった。あくまでも彼女の出身世界であれば、だ。


 この世界では、人以外の生き物。魔物であっても愛を抱くことはできる。


 魔物でもかなり高位の存在であれば、の話ではあるが、それでも魔物でも愛情はたしかに抱くことはできている。その愛を「お母様」は長らく知らなかった。その愛を「お母様」に教えたのがスカイストだった。


 もとは「お母様」の一部だった。


 いや、「お母様」みずから権能も含めたご自身のすべてを半分ずつ分け合って産まれた存在。


「お母様」にとってスカイストは妹だった。でも実際のところは妹というよりも娘の方が正しいと思う。


 けれど「お母様」はスカイストを妹と呼んだ。そしてスカイストもまた「お母様」を姉さんと呼んだ、らしい。


 私自身スカイストと会ったことはない。


 スカイストのことを知っているのは、あくまでも「お母様」が私に教えてくださったからだ。


 スカイストとともに過ごした日々を。「お母様」曰く幸福の日々を教えていただいたからこそ、私はスカイストのことを知っている。


 そう、スカイストのせいで、「お母様」は「破壊神」だの「悪神」だのと悪評を得てしまわれていることを、私は知っている。


 ただ幸運なのは、「お母様」が有象無象どもの評価などをまるで気になさっていないということだ。


 お母様にとってはこの世界はもちろん娘である私であってもどうでもいいのだ。


「お母様」にとって大切なのは、スカイストだけ。


 スカイストとともに眺めてきたからこそ、いまだにこの世界は存在している。


 でなければ、この世界はもうとっくの昔に滅び去っているはずだ。


 それを「お母様」の温情によって生き永らえさせているだけのこと。


 でもそれももう終わり。「お母様」は決断されたからだ。この世界を滅ぼすことを。


 しかしそのためには、いまの「お母様」だけでは不十分だった。


 だからこそスカイストの娘である彼女が必要だった。


 正確にはスカイストをおびき出すために彼女が必要だった。


 彼女を人質にすれば隠れ潜んでいようが、スカイストは必ず「お母様」の前に現れるはずだ。


 スカイストは口ではいろいろと言うらしいが、根はとても優しく穏やからしい。


 だからこそ愛する娘を人質に取られれば、必ず表に出て来る。こそこそと隠れ潜むことはできなくなる。


 だからこそ私はいまこうして彼女の中にいる。もともと私は実体などない存在だった。だから潜り込むことなど容易にできた。


 そして彼女は私のことをまるで疑っていない。


 罵声を浴びせかけてはくるけれど、するのはそこまで。


 私を歌がおうとはしていない。私の言うことを信じ切っている。彼女の世界風に言えば、「チョロい」ものだ。


 おかげで浸食はうまく進んでいる。


 彼女らしくない言葉は私が彼女をそういう風に変調させているからだ。


 いずれは奪い取れるはずだ。


 いまと逆転したら彼女はどういう反応をするだろうか? 


 彼女の前で彼女の嫁を、彼女の女たちを犯したら、どんな声で泣いてくれるだろうか? 


 どんな顔で絶望してくれるだろうか?


 考えただけで背筋が震えそうになる。暗い快感が駆け巡る。


 ああ、楽しみだ。とても楽しみだ。それだけが私の楽しみなのだから。


 そう、楽しみのはずだった。なのに。なのになぜ──。


『……あるはずのない胸が痛むのでしょうか?』


 ──胸が痛むのだろう? 私には実体はない。だから痛みなどあるはずがない。なのになぜ胸が痛むのだろうか? まるで心があるかのように、胸がひどく痛むのだろうか?


『世界を敵に回してもいい、ですか』


 大げさな言葉だ。いや実際にできるはずのない言葉と決意だ。たったひとりで世界と戦うなんてできるはずがない。


 仮にできたとしても守り切るなんてできるわけがない。


 どこかで必ず守りたいと思った者を喪うことになる。


 喪わずに守り切るなんてことはできるわけがない。


 そうだ。彼女が言っているのは戯言にしかすぎない。


 現実を知らない子供の戯言にしかすぎない。


 なのに、なぜ私は彼女であればできるかもしれないと考えているのだろうか?


 精神を変調させているのは私が使いやすくするためだ。


 いわば彼女が言った言葉は、ただの狂言にしかすぎない。


 愚かだとしか思えないはずなのに。なのになぜ私はその言葉を尊いと思えているのだろうか?


 愚かでしかない言葉を、珠玉のひと言と捉えてしまっているのだろうか?


 わからない。私には彼女を本当のところで理解することができない。だからこそ彼女がなぜそんなことを言えるのかがわからなかった。


『恋香?』


 不意に彼女の声が聞こえてきた。慌てて返事をすると、彼女は笑っていた。


『なんだよ、眠っていたのか?』


『違いますよ。ただどうすればプーレと子作りできるかをですね』


『うん、寝ぼけているな、この野郎』


 ばっさりと彼女は切り捨ててくれた。寝ぼけているとはよくまぁ言ってくれるものだ。


 だがいまに見ているといい。その光景をまじまじと見せてあげよう。


 もっともそこまで時間がないのも残念である。


 もし実体があれば、本当に双子であればきっとからかうこともできただろう。


 それはそれでとても楽しそうだが、とても残念だった。


『いいか、恋香。プーレは俺の女です』


『ですが、私はあなたであり、あなたは私であるのだから、つまりはプーレは私の女でもあるということです』


『ノン! プーレは俺だけの女なの!』


『欲張りな! ひとりくらいいいじゃないですか!』


『なにを言われようともこればっかりは譲れねえ!』


『この欲張りヘタレめ!』


『うるせぇ、この脳内ピンク!』


 お互いに毒を吐き合う。でもそれがどこか楽しかった。


 彼女も毒を吐いてはいるが、その声は楽し気だった。そしてそれは私も同じだった。


 わからない。私はなぜ楽しんでいるのだろうか? 


 私にとっての楽しみは彼女の女を、香恋の女を目の前で犯すことだったのに。


 犯しに犯しぬいて、香恋を絶望に突き落とすことが一番の楽しみだったはずなのに。


 いまでは、それは一番ではなくなっている。だって私の一番の楽しみは──。


『……っ』


『うん? どうした?』


『……なんでもありませんよ。少し考え事を』


『……本当に大丈夫か?』


『本当ですよ。こんなことで嘘を吐いてどうするのですか』


『それはそうだけど、恋香は無茶をしそうなタイプだから。だから心配なんだよ。だって俺たちって双子みたいなものだし。妹を心配するのは姉として当然だ』


 なにを言えばいいのか、わからなくなった。いつものように笑えばいいだけ。そう思うのに言葉は出なかった。


『恋香?』


『……なんでもありません。が、少し疲れていたみたいです。ちょっとだけ眠ってもいいですか?』


『うん。問題ない。ごめんな』


『え?』


『いや、もしかしたら疲れて眠りそうになっていたのを邪魔したかもって思って』


『そんなことは──』


 ない。そう言い切れる。実際眠っていたわけではない。


 疲れているというのもただの詭弁でしかない。


 それでも、それでも香恋は、私を気遣ってくれている。


 見当はずれな気遣いなのに、それ自体がとても嬉しかった。


『……気にしないでください。不出来な姉を支えるのは賢い妹の仕事です』


『はぁぁぁ~? 愚妹の間違いだろ?』


『言ってくれるじゃないですか、愚姉の分際で』


『黙っていろ、色ボケ愚妹』


『そっちが黙りやがれです、ヘタレ愚姉』


 お互いに言いたいことを言いあった。


 ただそれだけなのに。それだけのはずなのに、それだけのことがとても楽しい。


 何気ない会話がとても楽しい。


 それこそ、そうそれこそいつまでもこのやり取りをしていたいと思えるくらいに、とても楽しいひと時だった。


『いいからとっとと寝ろ、愚妹』


『お言葉に甘えて寝させていただきますよーだ、愚かな姉さん!』


 また悪態を吐きながら、私は香恋との会話を切り上げようとした。


『恋香』


『なんですか?』


『おやすみ。いい夢を』


 でも切り上げようとしたそのとき、香恋はずるいことをしてくれる。


 いまのはずるい。散々悪態を吐き合ってきたのに、いきなり穏やかな声で、とても優しい声で「おやすみ」なんて言うのはずるすぎる。香恋らしいといえばそうなのだろうけれど。


『うん? どうした?』


『な、なんでもありませんよーだ! おやすみなさい、お姉ちゃん!』


 普段は絶対言わない「お姉ちゃん」と言ってから、私は慌てて香恋との会話を切り上げた。


『……私を落としてどうするんですか、あの姉は』


 会話を切り上げてから、深くため息を吐いた。


 普段からああいう態度を取っていれば、ヘタレだなんだのと言われなくなるというのに。


 そもそもなんだ、あの優しい声は。あんなのを聞かされたら、まず間違いなく落ちるに決まっている。


『……もう本当に仕方がない子ですね』


 やれやれとまたため息を吐いた。ため息を吐きながらも、不意に慌ててしまったがゆえに口にしたひと言が不意に蘇った。


『……お姉ちゃん、か』


 単語としてはおかしくない。ただそれを口にするとは思っていなかったので、妙な気恥ずかしさがある。


 だけど考えたら、かえって気恥ずかしくなるだけだ。


 ここはもう宣言通り寝るしかない。


 もともと会話を切り上げてしまったら、寝る以外にやることはない。


 ならばもう寝た方がいい。むしろ寝よう。そうしよう。


 でないといつまでも経っても「お姉ちゃん」と言う言葉がリフレインし続けるだけだ。


 というかリフレインし続けていてうざったいったらありゃしない! ならば──。


『……おやすみ、香恋お姉ちゃん』


 背水の陣というか、開き直って言ってやった。


 香恋には聞こえないだろうが、聞こえなくていい。聞こえないでください。


 そう祈りを捧げながら、悶々としたものを抱えて眠ることにした。


 はにかんで笑う香恋の顏をなぜか想像しながら、私は眠りについた。

香恋の撃墜率の高さが異常すぎる件。

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