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Act0-71 友達 その七

更新二回目です。

次の更新は八時になります。

 決行日を迎え、なにも知らないカレンと一緒に森に行き、そしてカレンを襲った。


 弟妹たちとの手筈通り、「光絶」でカレンの意識を刈り取ろうとした。


 だが、カレンは耐えてしまった。


 ぎりぎりで耐えてしまったのだ。


 完全に予想外だった。


 連中と一緒に周囲にいた手下のひとりに目配せをして、羽交い絞めにするように指示を出した。


 これで自分が攻撃魔法を放ったというのはわからなくなる。そう思った。


 そこでまた予想外が起きた。


 ぎりぎりで耐えていたカレンを、連中のひとりが攻撃したのだ。


 それも後ろから頭部をこん棒で殴りつけたのだ。


 その一撃でカレンは気絶した。


 それも頭から血を流しながらだ。


 下手をすれば、致命傷になりかねない。


 なぜこんな勝手なまねをしたのか。


 モーレは手下を振りほどき、連中のひとりに掴みかかった。


「なに、勝手なことをしているんだ! この子が「獲物」だって言っただろうが!」


「悪い、悪い。致命傷ぎりぎりの一撃ってことだったから、ついいつものくせでな」


 そいつは、笑いながら言っていた。


 たしかに致命傷ギリギリの一撃を放つとは言った。


 だが、それは「冒険者としては致命傷」という意味だ。


 冒険者としては、もうやっていけない傷を負わせるという意味だった。


 なのにその男は、人として致命傷になりかねない攻撃を仕掛けた。それも笑いながらだ。


 その言葉に、その態度に、なにかが切れた。気づいたときには、首筋をナイフで切り付けていた。


 我慢するべきだった。


 連中を排除するためならば、我慢するべきことだった。


 だが、我慢できなかった。


 へらへらと笑いながら、「獲物」に、カレンに攻撃を仕掛けた男に、我慢することができなかった。


 この子を傷付けていいのは、私だけだ。


 それが歪んだ想いなのは、理解していた。


 それでも自分以外の誰かが、カレンを傷付けることを許せなかった。


 そんな一時の感情に突き動かされた結果、連中の頭目に縄張りの半分をよこせと脅されてしまった。


「俺のかわいい子分を殺したんだ。そのくらいの責任は取ってもらわねえとな」


 かわいい子分を殺されたわりには、嬉しそうに笑っているのが、印象的だった。


 どうせ口半分みたいなものだろうから、相手にする気はなかった。そう、する気はなかったのだ。だが──。


「従わねえって言うのであれば、このお嬢ちゃんを殺すぞ? ああ、それとも、このお嬢ちゃんにおまえさんの正体やいままでしてきたことをすべてばらすのもありかもなぁ」


 頭目はそう言って笑った。


 その声につられて、他の連中も笑っていた。


 足元を見られていた。好きにしろ、とは言えなかった。


 カレンを殺されるわけにはいかないし、カレンに自分の正体を知られるわけにもいかない。


 呑むしかなかった。すると頭目はさらに調子に乗り始めた。


「それじゃ、このお嬢ちゃんが起きるまで、おまえさんには、俺の相手をしてもらおうか。どうせ回復魔法でもしてやれば傷なんて残らねえんだ。それが終わるまで、いくらか時間もあるし、な?」


「……幼女趣味とは思わなかったよ」


「違うさ。俺はババアとガキ以外であれば、どんな女でも好みだ。おまえさんは、見た目はガキだが、中身は違うって話だし、それが本当かどうかを確かめたいのさ」


 頭目は下卑た笑みを浮かべていた。


 手下たちが殺気立っていたが、下手なことをすれば、カレンに被害が及ぶ。


 それに殴られた頭部を早く治療してあげたかった。


「好きにしな。ただ、この子の治療は私らが」


 そう言いかけたとき、手下のひとりが駆け込んできた。


 聞けば、冒険者のクランが近づいて来ているとのことだった。


 カレンの治療をしてあげたかったが、その余裕はなくなってしまった。


 それどころか、カレンを連れて行くことさえできない。


 予定を少し変更しつつ、手下たちには手筈通り、ことを運ぶように指示を出して、頭目たちと一緒に付いていくことにした。


 気は重いが、仕方がない。


 カレンを助けるためであれば、仕方がなかった。


 自分に言い聞かせて、カレンを置いて、立ち去ったのだ。


「……ごめんね、カレンちゃん」


 そのごめんがどういう意味なのかは、自分でもわからなかった。


 わからないまま、頭目たちが根城にしているという森の深部にまで向かい、圧し掛かられた。


 いままで一番嫌な相手だった。そんな男の相手を何度もしてやった。


 あっという間に夜になっていたが、頭目はまだ満足していないようだった。


「どうせなら、朝まで相手してくれよ」


 頭目は笑っている。


 その笑顔を朝まで見ているなんて嫌だった。


 気づいたときには、叫んでいた。


 子供のように泣き叫んでいた。


 それが頭目をさらに駆り立てていた。


 それでも叫ばずにはいられなかった。そんなときだった。


 カレンが助けに来てくれた。


 カレンに連中を壊滅させようとしていたのだが、それでもまさか傷を負った当日に、助けに来てくれるとは思っていなかった。


 嬉しかった。

 

 だが、同時に逃げてほしいとも思った。


「蒼炎の獅子」に壊滅させられたとはいえ、「獅子の王国」で盗賊団をしていた連中だった。


 ゲスではあるが、強さは本物だった。


 根城に着くまでに、下位種とはいえ、ブラックウルフの群れを瞬く間に蹴散らしていたのだ。


 自分たちの一派でもできなくはないが、それなりの被害は覚悟しなければならなかった。


 それを被害なしで蹴散らしたのだ。


 連中の強さがかなりのものであることは、窺い知れた。


 だからこそ、もういいと言った。


 逃げてほしかった。


 自分なんて放っておいて欲しかった。


 だが、それでもカレンは逃げなかった。


 それどころか、自分のために、人を殺したのだ。


 おそらく初めての殺人だっただろう。


 カレンは戦いながらも、体を震わせていた。


 途中からは泣きながら、盗賊たちを殺していた。


 すぐに盗賊は頭目ひとりになり、その頭目も一撃でカレンは殺してしまった。


 壊滅させようとは考えていた。


 それでも実際にできるとは考えていなかったのだ。


 それがほんの数分で片付いてしまった。


 血まみれになりながら、カレンは泣いていた。


 泣きながらも、気絶したふりをした自分を抱きかかえて、首都へと向かって行った。


 抱きかかえられているのに、カレンの香りはしなかった。

 

 ゲスの血の臭いだけが漂っていた。血まみれのカレンは恐ろしかったが、それ以上にきれいだった。


 人を殺した。


 そのことを後悔して流す涙が、とてもきれいだった。


 その一方で、もうカレンには人を殺さないでほしいとも思った。


 この子は、人を殺すことに、決して慣れさせてはいけない子だ。


 この子は、手を汚してはいけない。


 この子には、きれいでいてほしい。


 人の血でその手を汚してほしくなかった。


 だが、自分は汚させてしまった。


 カレンに人を殺させてしまった。


 胸が痛かった。


 なんてことをしてしまったのだろうか。


 どうして「獲物」にしなおしてしまったのだろうか。


 どうしてカレンと友達になってしまったのだろうか。


 どちらかひとつでも行わなければ、カレンを汚すことにはならなかった。


 自分のせいだ。


 自分がカレンを汚してしまった。


 罪悪感は、どんどんと高まって行った。


 やがて、森の入り口に着き、ギルドマスターの用意した馬車に乗って、首都に戻った。


 それでも罪悪感は消えなかった。


 が、いままでは罪悪感を気にはしていなかった。それどころではなかったからだ。


 弟妹たちと手下たちが捕まった。


 自分も両親役にしていた手下二人と一緒に捕まった。


 だが、どうにか隙を衝いて、逃げ出すことができた。


 そうして、紆余曲折を経て、いまに至っていた。


 ここからどうすればいいのかは、わからない。


 どうやったら、いまという窮地を抜け出せるのかもわからない。


 このままカレンの作戦通りに、ダークネスウルフを殲滅するか、撒くことができるのかもわからない。


 先行きは不安しかない。


 だが、ひとつだけはっきりとしていることがある。


「カレンちゃん」


「うん?」


 九頭目のダークネスウルフを文字通り、一蹴したカレンに声をかける。


 カレンは首を傾げる。


 かわいかった。


 血まみれになっても、カレンはかわいかった。


 歪んでいるなと自分でも思いながらも言っていた。


「守って、くれる?」


 いまさらなことを言った。


 守るもなにもない。


 すべての元凶は自分だ。


 なのに、なんて図々しいことを抜かしてしまったのだろうか。


 恥を知れ、と思った。


 だが、それでも言ってしまった。


 なかったことにはできないし、したくもなかった。


 沈黙が流れる、と思ったが、カレンはあっさりと言い放った。


「守るよ。だって──」


 友達だから。


 カレンが笑う。


 その笑顔はきれいだった。


 血まみれの笑顔でも、とてもきれいだった。


 その一方でなぜか不満を憶えた。


 それがなんなのか、よくわからない。


 わからないまま、モーレはカレンに抱きかかえられながら、夜の街道を突き進んでいった。

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