Act0-70 友達 その六
本日は六十日更新記念で、複数更新します。
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唸り声が聞こえる。
見れば、一頭のダークネスウルフが、口を開けて、牙を剥いていた。
Cランクの魔物であるダークネスウルフが十数頭の群れを形成していた。
危険度はBランクを下らないだろう。群れを形成した場合、連係で攻撃を仕掛けて来るので、必然的に危険度が上がる。
なかでも狼系の魔物は、特に連係が緻密だった。
普通は群れをなせば、危険度がひとつ上がるだけだが、狼系の魔物の場合は、その種類によっては、ツーランク上がることもなくはない。
Cランクのダークネスウルフであれば、下手をすれば、Aランク相当の群れになっていてもおかしくはない。
ただ、Aランク相当にするには、やや数が少ないので、やはりBランク程度なのだろう。
それでも一般人や並の冒険者にとってみれば、絶望的な軍勢だった。
複数のクランで形成するユニオンでも壊滅しかねないほどの脅威だろう。そう、並の冒険者であれば。
「これで、六頭目!」
カレンが叫ぶ。
カレンが一時的に立ち止まり、後ろ回し蹴りを放つ。追い付いてきていたダークネスウルフの首が胴体から離れた。
首が地面に落ちるよりも早く、カレンが再び駆けだしていた。
ダークネスウルフの数がまた少なくなった。
不意打ちで殺した二頭を含めて、いまので八頭目になる。残り半分ほどだろうか。
最初囲まれていたときよりも、だいぶ少なくなったように思えるが、それでもまだ残りの数を考えると、脅威はそれほど変わっていない。
しかしユニオンでも壊滅しかねない、ダークネスウルフの群れを、カレンはひとりで半分まで削っている。
つまりカレンの実力は、並のユニオン以上ということになるのだろう。
規格外。そんな言葉が脳裏をよぎる。
よく、こんな子を「獲物」に選んでしまったものだ。
もっとも「獲物」として狙っていたのは、最初の頃だけで、すぐに「獲物」という括りにはしなくなった。
ダークネスウルフを単独で「討伐」できる、(当時は)Eランク冒険者なんて、「獲物」にできるわけがなかった。
下手をすれば、自分よりもはるかに強い可能性がある。そんなのを「獲物」にしてしまえば、返り討ちになってしまうかもしれないのだ。
そんな危ない橋は渡れない。
だからこそ、「獲物」認定を取り消した。
ほかに理由があるとすれば、取り消したあたりから、カレンのことを友人と思うようになったからだろう。
ありえないことではあったが、自分にとって、カレンは友人になっていた。
友人なんてものは、騙す相手でしかなかった。
もしくは、力を蓄えさせてくれるための道具だろうか。
友人というものは、自分にとっては、そういう認識でしかなかった。
しかしカレンとは、心の底から友人になれた。
まだ両親が生きていた頃のように、友人という言葉を、一般的な意味で捉えられていた頃のようにだ。
だが、人身売買を商売にしている自分が、友人を持つのはまずかった。
どこから情報が漏えいするかなんてわからない。
ギルドの情報を、妹たちに盗ませていたから、情報漏えいが、たやすいことであるのは、身を以て知っている。
だからこそ、カレンを友人と思ってしまっているからこそ、再びカレンを「獲物」に見定めたのだ。
そのために、あの盗賊団を利用した。
あの盗賊団のことは、手下たちが集めた情報で知っていた。
「獅子の王国」にいた盗賊団のひとつだったが、「蒼炎の獅子」によって、壊滅させられた盗賊団の生き残りたちだった。
十数人程度だが、「獅子の王国」で鳴らしたことだけはあり、それなりの実力があるようだったが、しょせんは十数人程度の一派でしかない。そんなのを引き入れても意味はない。
かといって、見過ごしていたら、縄張りを荒らされてしまう。
が、それなりの実力がある連中だった。
潰すにしても、こちらにもそれなりの被害が出るのは、目に見えていたし、下手に手を出して、蛇王に勘付かれてしまっては元も子もない。
どうにかして、自分たちの存在を露わにせず、連中を潰す方法がないかどうかを考えていた。
そんなうまい方法があれば、苦労はしないが、それでもどうにかうまい具合に、排除ができないかをずっと考えていた。そんな矢先だったのだ。カレンが単独でダークネスウルフの「討伐」を成し遂げたのは。
その情報は、妹たちが拾ってきたものだった。
もっとも漏えいさせるまでもなく、カレンがダークネスウルフの首なし死体を運んでいるのは、首都にいる誰もが見ていたので、拾うまでもないことだったが、その情報のおかげで、いい案が浮かんだのだ。
それはカレンの手によって、件の盗賊団を壊滅させることだった。
Cランクの魔物を単独「討伐」できる冒険者であれば、「獅子の王国」で鳴らした盗賊団の生き残りをも壊滅させることは不可能ではなかった。
仮に壊滅させられなくても、双方ともに疲弊させられれば、それでよし。
盗賊団はそのまま潰し、カレンはそのまま「獲物」として捕らえればいい。
どちらにせよ、こちらの被害はなく、面倒な商売仇も、強すぎる「獲物」も両方排除できるのだ。最善の策だった。
すぐに行動した。
例の盗賊団には、いい「獲物」がいるので、その捕獲に協力してほしい、という書状を送った。
協力してくれれば、自分たちの縄張りの三分の一ほどを明け渡すとも書いておいた。
あからさますぎる、うまい話だった。
こんな書状では乗ってはこないかもしれないが、可能性としてはなくもないので、とりあえず送ってみたのだ。
すると連中はすぐに了承の書状を送り返してきた。
字を書ける者はいるが、バカばかりのようだった。
脳筋しかいない盗賊団だったのか、それとも生き残ったのが、たまたま脳筋ばかりだったのかはわからなかったが、あからさますぎる内容に、了承したのであれば、大差はない。
もしくは単純に切羽詰まりすぎて、冷静な判断ができなくなっていただけだったかもしれないが。
どちらにせよ、連中は自分から地獄行きのチケットを購入したのだ。
排除することになる連中のことなんて、憶えていても意味はない。そもそも憶えてやる義理もなかった。
連中との話し合いを進めつつ、カレンに個人依頼を申し込んだ。
すんなりと受けてくれると思っていたのだが、まさか足元を見られることになるとは、思ってもいなかった。
というよりも、カレンの方が上手だったのかもしれない。
十三も年下の小娘にいいように振り回されたというのは、なかなかに恥ずかしいことだったが、あれはカレンがうますぎた。
おかげで、よりカレンに勝てる気がしなくなってしまった。
それでも「獲物」にしなおしたことは、もう変えようはなく、カレンもまた地獄行きのチケットを買ってくれた。
問題はなにもない。
そう思う一方で、妙な胸騒ぎがした。
いや、騒ぐというよりも、カレンのことを思うと、胸が痛んだ。
個人依頼の日が近づくにつれ、胸の痛みは増していく。
それでもあえて見ないふりをして、連中との話し合いを進めて行った。
結果、薬草の採取を終えた後に、連中がカレンを引き付け、そこに自分が攻撃を加えるという算段にした。
さしものカレンも友人と思っている相手への警戒は薄くなるだろうから、そこに付け込む。
まず失敗はない。そう、自分が手心を加えない限りは。
算段が決まり、あとは実行を待つだけになると、胸の痛みはさらに増していった。
弟妹たちには、調子を崩していると思われたのだろうか、当日の役を代わろうかと言われてしまった。
弟妹たちであれば、躊躇なくカレンに攻撃を仕掛けるだろう。
それでカレンは終わる。あくまでも連中の算段であればだ。
実際はカレンへの攻撃は、光の攻撃魔法である「光絶」を放つことにしていた。
「光絶」は自分だけではなく、弟妹たちも使えるので、交代しても問題はなかった。
だが交代する気にはなれなかった。
友人と思っている相手だからこそ、自分がやらなければならなかった。
自分の手で、みずからの甘さを克服しなければならなかった。
たとえどんなに胸が痛もうとも、やり通さなければならなかった。
決意すると、あっさりと胸の痛みに耐えられるようになった。
が代わりに、眠りが少し浅くなってしまった。
それまでは宿屋の仕事の疲れでぐっすりと眠れていたのに、夜中に何度も起きるようになってしまった。
そのたびに、カレンが仕事の合間に作ったという絵本を読んだ。
カレンの絵本はとても楽しかった。
もう子供ではなかったが、読んでいると、昔に戻れる気がして、何度も読み直した。
読み直すたびに、カレンのことが好きになっていった。
いい友人だと思うようになってしまっていた。
甘さを克服するために、「獲物」にしなおしたというのに。
本末転倒とはこのことだと思いながらも、絵本を読むのをやめられなかった。
そうして決行日が訪れた。
PV9100突破です!
いつもありがとうございます。




