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Act0‐7 やっぱり異世界のようです その三

「とにかく、準備ができたようであれば、そろそろ中に入るとしよう。エンヴィー。通信は終わっているか?」


 ラースさんが咳払いをひとつして、舞台下にいるエンヴィーさんとやらに声をかけた。どの人だろうと思っていると、ひとりのお姉さんが立ち上がっていた。この人かぁ、と思いつつ、俺の視線はエンヴィーさんに注がれてしまっていた。


「はい、ラースさま。エルヴァニア王国との通信は、ラースさまと勇ちゃんさんが、空中で対峙された時点で」


「そうか。まぁ、一応確認しただけだったが、すまぬな。このような端役をそなたに任せてしまって」


「いえ、私のような地味な女は、この役だけでも、十分すぎるほどでございます。いつでもこのエンヴィーをお使いください、ラースさま」


「いや、部下ではないのだ。この程度のことにそなたを使うことは、憚れよう。次からはちゃんとふさわしい者を用意しておく。無理を言ってすまぬな」


「いえいえ、先ほども申しましたが、私のような地味な女が、ラースさまのお役に立てるのであれば」


「そなたを見て、地味と言える者がいたら、見てみたいものだよ」


「ここにいますよ? ラースさま」


 くすくす、とエンヴィーさんは口元を押さえながら笑っていた。その仕草は、清楚なものなのだろうけれど、はっきりと言っていいだろうか。なに、このどエロいお姉さまは。


 髪の色は青く、まるで澄み切った海面のようだ。その青い髪は腰元に届くほどに長く、それでいて、軽いウェーブがかかっていた。


 瞳の色は髪よりも色の濃い青だった。青というよりも、蒼と言ってもいいかもしれない。その蒼い瞳は、潤いを湛え、艶やかに濡れ光っている。


 顔の造詣は、非のつけようがないほどに整っていた。アイドル、というよりかは、美人な女優さんみたいな感じ。


 身長は女性にしては高く、モデルさん並みで、引っ込んでいるところは、内臓あんの、と言いたいくらいに細い。逆に出ているところは、というか、セックスアピールする部分は、奇形ではないが、世にいる男性であれば、目で追ってしまうほどに出ていた。言うなれば、奇跡的なスタイルとでも言えばいいのだろうか。その奇跡的なスタイルを、やや薄手のドレスで隠すところは隠して、見せていいところは、これでもかと見せている。


 だというのに、淫靡さは感じさせない。逆に清楚さを強調させているように見えるのだから、不思議なものだ。うん、清楚系の女性が好きな人であれば、っていうか、世にいる狼どもであれば、声をかけずにはいられなくなるだろう。それくらいにエンヴィーさんは魅力的な女性だった。


 その魅力的な女性が、ね。うん。とても嬉しそうに笑っているわけですよ。なのに、ラースさんは平然とされておられています。言っちゃなんだけど、ちゃんとついているんですかね、この人。


「……あー、カレンちゃん。ドラっちとエンエンは、いつもあんな感じなので」


 ラースさんとエンヴィーさんのやり取りを見ていた俺に、勇ちゃんさんが呆れた顔をしながら言う。誰に対しての呆れなのかは、まぁ、言うまでもないかな。とにかく、勇ちゃんさんの言うことが事実であれば、あのふたりのやりとりはああいう感じなのが、デフォルトのようだ。


「えっと、恋人じゃないんですよね?」


「あいつらは、そういう関係じゃねぇよ。まぁ、せいぜい兄と妹みたいなもんかな?」


 不意に声をかけられた。振り返ると、そこには黒目、黒髪のお兄さんが立っていた。これまた美形だが、俺の趣味じゃない。どこぞのアイドル事務所にいてもおかしくないほどにかっこいい。しかし重ねて言うが、俺の趣味ではない。大事なことなので、二度言ってみた。


「えっと、あなたは?」


「俺か? 俺は蝿王グラトニーだ。まぁ、詳しい自己紹介は後にしようぜ。いまは飯だ、飯。おーい、ラース。エンヴィーといちゃいちゃしているのはいいけどよ、腹減っているから、この子と勇ちゃんを連れて先に行っていいか?」


 グラトニーさんは、そういうと俺の肩に腕を回してきた。セクハラをかまされたとは、思わなかった。なんというか、気さくな親戚のお兄さんにされているみたいな感じだった。感覚的には、一心さんにされているときと似ている。というか、言葉使いはまるで違うけれど、この人は一心さんとどこか似ている。性格もそうだけど、強いという意味でも。


「……グラトニーさんって、強いんですね」


「お? わかっちゃう? そうそう、俺って最強系だからさぁ」


 あははは、とグラトニーさんは笑った。うん、訂正しよう。性格は一心さんと似てはいないな。あの人は、強いと言われても、否定する人だから。ただ、肯定するか否定するかの違いはあるけれど、この人がとんでもく強いというのはわかる。だって、肩を回されるのに気づかなかったし。たぶん、かなり強いんだと思う。


「……グラト。そうやって調子付くのはお前の悪い癖だぞ?」


 ラースさんが呆れ顔で言う。その隣にはいつのまにか舞台に上がっていたエンヴィーさんが立っていた。なんだか、うん、お似合いのふたりだと思う。


「まぁ、積もる話もあるが、そろそろ夕餉にしよう。カレンとやら。そなたの分も一応あるが、好みではないものがあれば、残してもかまわぬ」


「あ、はい。でもいいんですか?」


「なにがだ?」


「俺は、その、えっとエル?」


「エルヴァニア王国の召還者なのに、とでも言いたいか?」


 口角をあげて、ラースさんが笑った。つまらないことを気にしているな、と言われているかのように思えた。でも、これは決してつまらないことではないはずだった。


「そうです。だって俺はあなたと戦えって言われて」


「なら、勇ちゃんはどうする? 勇ちゃんはエルヴァニア王国の勇者だ。その勇者がわれ等とともに夕餉をともにしているのだ。なら召還者であるそなたも夕餉をともにしてはならない、というわけではなかろうに。それにここは「竜の王国」だ。エルヴァニアとは違うのだ。ここにはここの法がある。そなたの国には、「郷に入らば」という言葉があるのであろう?」


 なんで日本のことわざを知っているのだろう、とは思った。だが、そんな些細なことよりも、あのいけ好かない感じのするおっさんよりも、ラースさんたちのほうが俺には好ましく感じられた。


「であれば、そなたもここの法に従うがいい。そしてこの国の法を決めるのは我だ。我こそが国であり、我が定めた事柄こそが法となるのだ。ゆえに気にするでない。どうせエルヴァニア程度の国では、この国まで一日数分の通信を繋げるのが関の山であろう。そしてその通信は終わったのだ。ならば、あとは好きにすればよかろう」


「好きにすればいいって」


「ふむ。存外まじめのようだな。ならば、こう言おう。そなたが好ましいと思うことをすればよい。我を討ちたければ、討てばよい。ただ討ったところで、そなたが元の世界に戻れるわけではない。だが、我はそなたが元の世界に戻れる方法を一応知っている。まぁ、エルヴァニア王も知っているであろうが、そう簡単に伝えることはしないであろうよ。しかし我は夕餉をともにするのであれば、教えてやってもよいと思っておる。どうする?」


 ずるい。はっきりと言って、ずるい。そんなことを言われたら、答えなんて決まっているじゃないか。ラースさんはにやにやと笑いながら、俺を見つめている。ただ表情とは違い、そのまなざしは、とても優しかった。ただどうしてだろうか。どこか悲しみに似たような光も感じられた。それが哀れみなのか。それとも別の感情なのかは、判断できなかった。どちらにしろ、俺に選択肢は与えられているようで、与えられてはいなかった。


「……ちゃんと教えてくださいね?」


「ああ、約束しよう。「七王」の名にかけて、そなたを謀ることはない、とな」


「「七王」って?」


「それも知らぬのか。まぁ、よい、夕餉の席でいろいろと教えてやろう。では、行こう。飯の時間だ」


 ラースさんはそういうと、舞台脇の扉へと向かっていく。ほかのみなさんも同じようにして扉へと向かっていく。それぞれの表情は十人十色と言いたいところだけど、みんな似たように笑っていたり、疲れたような顔をしていたりしていた。でも、誰もが共通して、いやいややっているという風には見えなかった。


 いろいろとわからないこともあるけれど、とにかく、いまはラースさんの言うとおりにするしかないようだった。


「……俺、どうなっちゃうのかな?」


 いろいろと起こりすぎて、どうしていいのかがさっぱりとわからない。それでもいまは流されるままに流されていよう。それだけは決めることができた。

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