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Act7-33 選択肢

 本日二話目です。

『駄犬の処理だよ』


 アルトリアは笑っていた。


 その笑顔は遠目からよく見た笑顔と、「旦那様」やシリウスの前で見せていた笑顔そのものだった。


 でも口にした言葉は、ふたりへと向ける言葉に比べると辛辣なものだった。


『死ね、雌犬』


 どこからともなくアルトリアは金色に輝く弓を取った。本当にどこから取り出したのかわからなかった。


 急にアルトリアの手の中にそれは現れた。現れた弓をアルトリアは手に取り、金色に輝く光の矢をつがえて口にしたのが、その一言だった。


 そして矢は放たれた。その先にいたのはガルーダ様だった。


 けど、アルトリアはたしかに「雌犬」と言っていた。


 彼女がそんなことを言う存在は私しかいない。


 だからこそ、彼女はガルーダ様を狙ったんだ。


 私しかガルーダ様を助けられないことを理解したからこそ、矢を放った。


 その矢からガルーダ様を庇って私は心臓を貫かれた。


『ふ、ふはは、あははは!』


 アルトリアは私の心臓を穿ったことで上機嫌に笑っていた。その目は狂気に彩られていた。


『「旦那さま」に色目を使うからいけないの。「旦那さま」の正妻は私なのだから! だからおまえは死んで当然なんだ、雌犬!』


 アルトリアはとても嬉しそうだった。そしてアルトリアが口にした言葉がすべてを物語っていた。


 要はそういうこと。私が「旦那様」を愛し、「旦那様」に愛されたことがアルトリアには気に食わなかった。たったそれだけの理由で私は殺された。


「……信じられないだろうけれど、それが事実さ。「三姫将」は対外的には眉目秀麗の姫君たちと通っているが、私には彼女を麗しの姫君と呼ぶ気にはなれないし、思う気もないね」


 ガルーダ様は吐き捨てるように言われた。


 たしかにこの記録の中のアルトリアを見て、誰も麗しの姫君とは思わないし、言えない。


 誰が見ても、このときのアルトリアは狂っていた。狂気に犯された女としか見えない。


「……私が殺されたのは、これぽっちの理由だったんだ」


「残念なことにね。「刻」のアルトリアにとっては、人の命なんてゴミくずみたいなものなんだろうね。破綻しているという言葉さえ生ぬるい。あれは単純に、徹底的に壊された心を、もう癒しようもないくらいに壊された心を、無理やり元通りにさせられているんだろうな」


「心が壊れて?」


「具体的にはなにがあって、いまの彼女になったのかは私にもわからない。もしかしたらカレンちゃんが余計なことをしてしまったせいなのかもしれない。もしくはもともとの彼女の性質がそういうものだったということなのかもしれないが、そればかりは私にもわからない。だが少なくとも私の目には彼女の心はとっくの昔に壊れてしまっているようにしか思えない」


「だけど、アルトリアはシリウスや「旦那様」には穏やかだよ? 「旦那様」にはよく吸血してお仕置きしているけれど、それでも普段のアルトリアは、心が壊れているようには」


「言っただろう? 無理やり元に戻させられている、とね。体の傷と同じで心の傷も治すには時間がかかるのさ。それでもいつかは必ず治すことはできる。だけど、彼女の場合は違う。あまりの傷に心が壊れたというのにも関わらず、それを強引に元通りにさせられている。そのことを彼女は気付いてもいない。傍から見ればおかしくても、本人にとってはわからない。いやわからないように洗脳もされているのかもしれない。どちらにしろ、惨いものだよ」


「洗脳。アルトリアが?」


「あくまでも私にはそうとしか思えないってだけのことではあるけれど、大筋で間違ってはいないと思うよ」


 ガルーダ様は顔を顰められていた。


 間違ってはいないと思うと言われていたけれど、実際は確信されていたんだ。アルトリアは誰かに洗脳されていると。


 たしかに洗脳されているのであれば、あの振る舞いは頷ける。でなければ、シリウスが、あの聡い子がアルトリアを「まま上」と慕うことはないはず。あの子は心の機微に敏感な優しい子だから。


「それでどうするんだ、カルディア?」


「どうする、って?」


「君には二つの道がある。アルトリアに復讐する道。この場合、明日の君の葬式で、君が現れればいい。そしてその場でアルトリアが為したことを、カレンちゃんに突きつければいい。私が見せた映像をカレンちゃん、いや、葬式の参加者すべてに見せればいい。それで彼女は終わる。固執したカレンちゃんに捨てられる。彼女にとってもっともダメージが大きい方法であり、同時に彼女にとって代われる方法とも言える」


 指を二本立ててガルーダ様が説明してくれた。


 ひとつめの道はたしかに復讐という面だけを考えれば、これ以上となく効果的な方法だった。


「旦那様」の正妻というアルトリアが固執したものを、あの子から奪い取れるこれ以上とない復讐だった。


 アルトリアがなにを言ったところで、覆すことはできない。


 アルトリアが終わる。


 もう「旦那様」を「旦那様」とは呼べなくなる。


「旦那様」の嫁ではなくなる。切り捨てられる。


 やられたことを思えば、いっそ痛快とも言える逆転劇にはなる。


「二つ目は?」


「陰ながら、カレンちゃんを守ることさ。正確にはアルトリアが為すであろうことの邪魔をする」


「邪魔?」


「アルトリアは君を殺した。実際君は一度たしかに死んだ。それで彼女は溜飲を下げただろう。しかしだ。溜飲を下げたところで、彼女の現在の立ち位置が変わるというわけじゃない。一度禁忌を犯した者は、一度目とは違い、歯止めが利かなくなる。なにせ実際に一度犯してしまったんだ。なら二度目も三度目も同じだろう?」


「……同じことを繰り返すってこと? アルトリア以外の「旦那様」のお嫁さんを、また殺すってこと?」


「……いまの彼女には歯止めはない。ならば、邪魔だと思ったらすぐに行動を起こすだろう。幸い、君を殺したことでだいぶ溜飲を下げられたから、今日明日というわけではないだろうが、数か月中にはまたやるだろうな。そうなると次狙われるのはプーレリアだね」


「プーレリアって?」


「青い髪の女の子がカレンちゃんのお嫁さんにはいただろう。彼女のことさ」


「いるけれど、でもあの子はプーレであって、プーレリアじゃ」


「まぁ、隠し名だからね。それでも「アクスレイア」を名乗っているのは、王家の誇りを忘れないようにするためなのかな?」


「王家? プーレは王族なの?」


「そうだよ。もっとも「魔大陸」の王族ではないが、王族であることには変わりない。本人は知らないだろうけれど、たぶんそのうちリヴァイアサンが接触を図ると思うよ? もう数百年も前になるが、「謀られた!」と言ってブチ切れていたからねぇ」


「謀られたって、誰に?」


 神獣様に謀するなんて自殺行為のようなものとしか思えなかったけれど、ガルーダ様が教えてくれた内容は、リヴァイアサン様にとっては「謀られた」と言っても無理もないことだった。


「同時にプーレリアはアルトリアの標的でもある。プーレリアを殺してくれれば、リヴァイアサンの怒りはアルトリアへと向く。そうなればあの子もあの子の祖国もすべて終わる。この世界を襲う未曽有の危機は終結する」


「でも、それはプーレが死ぬってことでしょう?」


「ひとりの犠牲でこれから喪われることになる多くの命が助かる。大局的に見れば、決して悪くはないと思うけど?」


「それはそうかもしれないけど」


 大局的に見ればプーレを見殺しにすればいいだけのこと。それですべてが解決する。でもそんな方法は私は望んでいなかった。


「さて、答えを聞かせてもらおう。君はどっちの道を選ぶんだい?」


 ガルーダ様の問いかけに私は──。

 続きは八時になります。

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