Act7-30 想い人への語らい
本日五話目です。
「……ごめんね」
しばらくして、カルディアさんが謝られました。
けれどカルディアさんが謝られることはなにもないのです。だって悪いのは私なのですから。
「カルディアさんは、悪くないのですよ」
「いや、それじゃなくて、キスしたこと」
申し訳なさそうに頬を掻きつつ、カルディアさんは顔を逸らしていました。
そう言えば、キスされてしまっていたのでした。
私は「旦那様」以外にキスなんてされたくはなかったのですが、あの場合はどうしようもなかったと思うのです。
それでもキスを選ぶのはどうかと思うのですが、カルディアさんはわりと直情的な方だったので、私を落ち着かせるためにああいうことをしてしまったんでしょうね。それでもキスはどうかと思いますけども。
「プーレを落ち着かせるだけであれば、いろいろとあったと思うんだよね」
「たとえば?」
「……お腹にパンチ?」
「それ一番ダメな奴ですよ?」
それは私じゃなくても、女性相手に一番しちゃいけないことだと思うのですよ。
カルディアさんも女性なのだから、女性になにをしちゃいけないかくらいはわかっていると思ったのですけど、思ったよりもカルディアさんは脳筋なのです。
「でも、「旦那様」にはキックしたけど」
「……なんでそんなバイオレンスなことを」
「いや、だってあれは「旦那様」が悪いんだよ?」
カルディアさんはきっぱりと言い切られました。
まぁ、「旦那様」はナチュラルにやらかしちゃう人ではありますけど、お腹にキックされるようなことって、あの人はカルディアさんになにをやらかしてしまったんでしょうね。怖くて聞けねーのですよ。
「だって、私の言ってほしくないことばっかり言っちゃうんだもん。むしろあれは殴って然るべき」
「具体的には?」
「組織の指標がないことにダメ出しを喰らって」
「それはカルディアさんが悪くないですか?」
組織に指標がないとか、そっちの方が大問題だと思うのですが。
だからこそのダメ出しを「旦那様」はされたわけですから、むしろ「旦那様」はカルディアさんを想ってしてくださったと思うんですが。それを「旦那様」が悪いというのはどうかと思います。
「でも、言い方があると思うんだよね。もっと優しく言ってくれればいいのに、「旦那様」ってば怒鳴るんだもん」
「あー、それは「旦那様」も悪いと言えなくもないですが」
「でしょう? 「旦那様」ってば本当にデリカシーがないよね」
頬を膨らましてカルディアさんは、ベッドに腰掛けました。
文句を言いつつもシリウスちゃんと同じ銀色の毛並みの尻尾がふりふりと振られているあたり、この人が「旦那様」をどれだけ想われているのかがよくわかるのです。
「旦那様」のことを口にされるカルディアさんはとても穏やかですから。
「ふふふ」
「うん?」
「カルディアさんは本当に「旦那様」を愛されているんだなぁって」
「……あたり前じゃん。でなかったら、抱かせないもん。抱かれちゃうほど、ううん、あの人の子供を宿したいくらいに私は「旦那様」が大好きだもん」
頬を膨らましながらカルディアさんは顔を逸らされました。
カルディアさんの方が私よりも二歳年上ですけど、いまの反応を見ていると私よりもお姉さんって感じはしないのです。
おませな女の子が背伸びをしているように見えて、微笑ましいのです。
「む、なにを笑っているのさ、プーレ」
「ごめんなさいなのです。ただカルディアさんがかわいいなって」
「褒めても、プーレのお嫁さんにはならないよ? 私は「旦那様」のお嫁さんだもん」
「それは私も同じなのですよ」
たしかにカルディアさんはとても美人さんですけど、私はお嫁にはなってもお嫁さんを迎えるつもりはないのです。
「こういうと驚かれると思うけれど、私は同性での恋愛にはあんまり興味がないのですよ」
「え? でも「旦那様」が好きなんでしょう?」
「はい。お慕いしています」
「旦那様」のことを思うと、胸の奥がとても温かくなるのです。
この壁ひとつ向こうにあの人がいると思うと、居ても立っても居られない。それくらい私は「旦那様」が大好きなのです。
「でも同性での恋愛には興味ないの?」
「はい。自分が女性のお嫁さんになるとは思っていなかったのです」
カルディアさんの隣に腰掛けながら、恋愛観についてを話しつつ、乱された服を整えていく。
さすがに私に割り振られた部屋の中とはいえ、いつまでも半裸同然の姿ではいられないですから。
「でも、「旦那様」のお嫁さんでしょう?」
「えっと、私は同性だから「旦那様」が好きになったわけではないのです。「旦那様」が「旦那様」だからお慕いしたのです。それはカルディアさんも同じじゃないのですか?」
思えば、こうして「旦那様」への気持ちを私以外の「旦那様」のお嫁さんの方に話すのは初めてなのです。
そもそもこういうことって話すことじゃないと思うのですが、無礼講ってことで許してほしいのです。何の『無礼講なのかはいまいちわかりませんけど。
「……そうだね。私も「旦那様」が「旦那様」だから好きになったかな。普段はすけべでがさつだし、優柔不断でどうしようもない人ではあるけれど」
「でも、いざという時には決めてくれますよね」
「うん。そういうところが大好き。だから他の悪いところなんて見えないし、どうでもいいもの」
「私も同じなのです」
「旦那様」の好きなところ。どうやら私とカルディアさんは同じところが好きみたいです。いいえ、もしかしたらほかの皆さんも同じなのかもしれないのです。
「もっと話をしてみたいですね」
「話せるよ。いくらだって」
「そう、ですかね?」
「そうだよ。プーレが素直になれば、ね。だって私たちの「旦那様」だよ? 絶対諦めずに最後の最後までプーレを助ける方法を見つけてくれると思う」
「……だといいですね」
「もう、プーレはネガティブだね」
「そういうカルディアさんはポジティブすぎるのですよ」
「ポジティブの方がいいじゃん。悲観的すぎるよりも」
「それはそうかもしれませんけど」
「だからプーレも意地を張らずに言ってみなよ? もしかしたら光明が見つかるかもよ?」
「そう、ですね。気が向いたら」
「意地っ張り」
「死んだふりをしていた方よりかはましなのですよ。そもそもなんで生きているんですか、カルディアさんは?」
「あー、まぁ、成り行きというか」
「成り行き?」
ちらちらと窓の外を見やるカルディアさん。
どう逃げようという算段を建てているんでしょうが、そうはさせないのですよ。
「それ、なのです!」
「え? ちょっ!?」
押し倒された借りは押し倒すことで返すのですよ!
ただ押し倒したことでカルディアさんの胸がふるりと震えたのです。
むぅ、私よりもやっぱり大きいのですよ。
「話してくれるまで放さないのですよ?」
「……強引だね。でも、まぁ、プーレらしいかな?」
あはははと苦笑いしてから、カルディアさんはこれまでのことを話してくれたのです。
続きは二十時になります。




