Act7-27 祈りの声
本日二話目です。
一話目との温度差は、気にしないでください←
プーレちゃんが「旦那様」が今日もいちゃいちゃしていた。
私と竜族が争う中、漁夫の利を得たかのようにいい思いを彼女はしている。
とても悔しいことだけれど、こればかりは仕方がない。
だって私がプーレちゃんにできることはそれしかないのだから。
「今日もプーレちゃんは生き生きとしていましたねぇ~」
騒いだ罰として最近一緒に入浴するようになった竜族がしみじみと呟いていた。
「竜族はやめてくれませんかぁ~? 私にはちゃんとサラという名前がですねぇ~」
「だって竜族には本来名前はないでしょう? いえ、魔物には本来ないと言うほうが正解かな?」
「……レア様は意地悪ですねぇ~」
やれやれと竜族ことサラがため息を吐いている。
ため息を吐くたびにその豊かな胸が揺れている。
かなりのサイズだけど、さすがに私ほどではない。
もっともこの子の姉であるゴンは私以上のサイズなのだけど。
でもゴンはあれで成長が止まっているそうだから、これ以上大きくなることはないらしい。ただサラにいたっては違う。この子はまだ成長する。
「旦那様」にはまだ言っていないみたいだけど、この子はこう見えて人で言えば十六、七歳くらいだった。
「旦那様」よりもいくらか年上な子。つまりはまだ成長の余地がある子でもある。そのうち胸のサイズは追い抜かれそうだ。
とはいえ、サイズは重要じゃない。重要なのは感触や感度というものであって、サイズはそこまで重要ではないの。……なんだかこれって負け犬の遠吠えみたいね。
まだ負けたと決まったわけではないけれど、これはこれで悔しいな。
でも「旦那様」への想いでは負けたくない。
それはサラはもちろん、アルトリアちゃんにもエレーンにも、そしてノゾミちゃんやプーレちゃんにも負けたくはない。
けれどどんなに負けたくなくとも、いまの私は自ら負けを認めている。
いや譲ってしまっている。
理由はあると言えばあるけれど、それを含めても本来であれば正々堂々とやるべきだ。
でも知ってしまったら、正々堂々なんて言えるわけがないじゃない。
残り少ない日々とわかってしまったら、譲ってあげるしかないじゃない。
それはサラも同じ意見だった。
だからこそ「旦那様」をめぐっての戦いをしているように見せかけていた。
すべてはプーレちゃんに最期の思い出を作らせてあげるためにだ。
「……どうしていつもこうなのかしらねぇ」
「……人間は一瞬で死んでしまいますからねぇ。むろん私やレア様の基準で言えば、ですが。いや、私なんかと同じ基準というのはレア様に失礼ですね。申し訳ありません」
サラは静かに頭を下げた。
さっきまで散々人のことを年増だのなんだのと言っていたのが嘘のよう。
とはいえ、実際私がほかの子たちに比べたら、年増であるのは事実だ。
自分がどれだけ生きたのかももうわからない。
年老いることのないまま、変わることがないまま私は無限のような時間を生きてきた。
それはいままでも、そしてこれからも変わることはない。
だからこそ気づいてしまった。
知ってしまった。
理解してしまった。
プーレちゃんに残された時間が、人という種の平均から省みてもあまりにも短いということが。
あと半年も生きることができない命だということに気づいてしまった。
原因は「大回帰」であるのは間違いない。
あの治療魔法は使用者の全生命力を用いて対象者を癒す魔法。その効果は絶大だ。そう、絶大であるがゆえの代償だった。いや代償ゆえの効果と言えばいいのか。
本来であれば、プーレちゃんは「ラスト」で死ぬはずだった。
でもなんの運命か奇跡なのか。プーレちゃんは生き残ることができた。
「──我、ここに宣言す! プーレ・アクスレイアを我が巫女とする! その身、その心、その魂の一片さえ、我が手中にあり。ゆえに何人たりとも我が巫女を侵すこと能わずとしれ!」
あの時「旦那様」は神々しい光を放ちながら、宣言していた。あの言葉の意味するのはただひとつ。
「旦那様」は半神半人として覚醒されたんでしょう。
「旦那様」はご自身を半神半人だと知って悩んではいた。
でも私の目から見る限り、当時の「旦那様」は半神半人と言われても信じることはできなかった。
たしかに一般人よりかははるかに強い力を持っている人ではあったけれど、私からしてみたら誤差の範囲でしかなかった。
だから半神半人と言われても信じることはできなかった。
けれどいまは違う。正確にはあのときからか。
あのときから「旦那様」は超越してしまった。
人という枠組みを超えてしまっていた。
だけど私の知る「母神」の域にはまだ達していない。でもそれも時間の問題ではあるように思えた。
でもそうなるにはまだ時間がかかる。
それこそ数十年、いや数百年はかかるかもしれない。
それまでプーレちゃんは生きていない。
巫女となった瞬間から本来であれば、老いることはなくなる。
プーレちゃんは老いてはいない。
ただ魂の火が徐々に小さくなっている。
わずかにだけど、日に日にやつれていっているもの。
どうしてなのか。
おそらくはリヴァイアサン様のお力なんでしょうね。
本来「大回帰」はプーレちゃんどころか、彼女の師でさえも知らないはずの禁呪だ。
その魔法を彼女が知った理由。
私にはリヴァイアサン様が彼女に力を貸したからだとしか思えない。
幸いなのか、それとも不幸か、彼女は「アクスレイア」の一族だ。
であれば、リヴァイアサン様がお力を貸すのも当然でしょうね。その代償がその命だというのもまた。
つまりは「旦那様」は間に合わなかった。あの子を救うことができなかった。そのことを「旦那様」は知らない。
プーレちゃんが教えていないのでしょう。
あの子らしいことではあるけれど、それが「旦那様」を傷つけることであっても、あの子は「旦那様」に笑顔でいてほしいんでしょうね。
エゴというか、わがままというか。判断に困るね。
「プーレちゃんは助からないんですかねぇ」
「……どう考えても無理でしょうね。もうあの子自身覚悟を決めてしまっているもの。たとえ助かる道があってもあの子はそれを選ばないでしょう。あの子はそういう子よ。すぎるくらいに優しい子だから」
「そうですねぇ」
サラは痛ましそうな顔をしている。
無理もないとは思う。私自身あまりのむごさに顔をしかめたいもの。あの子を抱きしめて泣きたいもの。
でもそれはあの子の覚悟に泥を塗るのと同じこと。
だからなにも知らないように振舞わなければならない。
最期のあの子のわがままを聞いてあげなきゃいけない。
「明日もお願いね、サラ」
「……承知しました」
サラはただ一言だけ言った。それが彼女の精一杯であるのは考えるまでもない。
ありがとうとだけ私は言って深く息を吐いた。
どうしていつもこうなのだろう?
どうしていつも私だけが残されてしまうのだろう?
いつものように訪れた不条理に私は強く拳を握りながら、昔から知るあの子の残りの人生が幸せなものであることを祈った。
続きは八時になります。




