Act7-24 久しぶりの正妻戦争
「なかなか帰ってこられないから、心配しましたよ、「旦那様」」
レアがため息混じりに俺の右腕を取りながら言う。
ここは「スロウス」の城の通路であって、「エンヴィー」の城でもうちのギルドでもないのだから、少しは自重というものを知ってほしいなと思うのだけど、このお嫁様はその辺は完全に無視だろうね。
そうでもなければ、ここまで胸を腕に押し当ててくることなんてないだろうし。
いつも腕に押し当ててくるけれど、今日ほど露骨に押し当てることはない。
腕に押し当てられたことで、レアの胸はつぶれているけれど、その感触はすごいとしか言いようがない。
あまりの圧倒的な存在感に、思わず生唾を飲んでしまう。
するとレアは圧倒的なブツをより一層に押し当ててくる。
目が少しいつもよりも鋭いような気がしますね、はい。
「むぅ~、やっぱり「旦那様」は大きなお胸が大好きなのですよ」
そんな俺にプーレはご機嫌ナナメなお顔を浮かべてくれる。
そういうプーレもかわいいけれど、お願いだからレアさんや。勝ち誇った笑みを浮かべないでください。
この後はどうせ俺をめぐる骨肉の争いになるんだろうし。正直骨肉の争いは勘弁願いたいです。
「ふふふぅ~、「旦那様」はモテモテですねぇ~」
レアとプーレが一触即発の雰囲気をかもちだす中、サラさんはマイペースだ。
眠ったシリウスをお姫様抱っこしている。
シリウスを見やる目はとても穏やかだ。
レアとプーレたちがシリウスに向ける目と同じだ。
サラさんはほんのわずかな期間でシリウスの「ママ」になってくれている。
種族的にはサラさんの方が圧倒的に格上だから、形だけのママだったとしても仕方がないのにもかかわらず、ちゃんとママになってくれているのは、サラさんの人の良さが理由なのか。
それともシリウスが格上の種族であるサラさんをも魅了する愛らしさの持ち主なのかは判断がつかないけど、あえて後者を押したいな。
もしかしなくても、こういうところが親バカだと言われる所以なのかな?
でもシリウスはそれくらい愛らしい存在なのだから、無理もないと思うんだよね。
最近はすっかりとツンデレエンジェルになってしまったけれど、そういうところもパパ的にはポイントが高いです。愛娘のツンデレほど愛らしいものはありません。
でもお願いだから、もう少しだけデレを見せてほしいなとパパは思うわけなのだけど、すっかりお年頃になってしまった愛娘にはパパの願いは届かないのです。
それでもシリウスが愛らしいことには変わらない。
いまだってサラさんの腕の中で親指を噛みながら、静かな寝息を立てているもの。
その寝顔が反則的にかわいいのだから、困ったものだぜ。シリウスはパパを萌え殺したいのかな?
「「旦那様」、それはちょっとキモいのですよ」
プーレが若干引いた顔をしている。引いているのはプーレだけじゃなく、サラさんもだ。レアだけは引かずに呆れているようだ。
「本当にシリウスちゃんには甘いんだから。でもそういう「旦那様」もレアは愛していますよ?」
くすくすと笑って顔を近づけてくるレア。
プーレとサラさんが慌てたときにはすでに遅く、レアは通路のど真ん中だというのにキスしてくれました。それもかなり情熱的なやつを。
やや一方的だけど、レアからの愛情をひしひしと感じられた。ただこういうことは時と場所を考えようと言いたい。
「うわぁ~。すごい」
「スロウス」の城の使用人さんたちが、ちらちらと俺とレアのキスを見て、小声で話しているもの。
ひとつ言わせてほしいのは、俺の意思ではありませんということくらいかな。
だってこれはどこぞの破廉恥な王様がなぜか暴走しているからなんです。
俺が誘ったわけでも、俺からしたわけでもないのです。勘違いはしないでほしいね。
『うぅ~、香恋ばっかりずるいですよ。どうして私には嫁がいないのですか!?』
頭の中で脳内ピンクが寝言をほざいているが、無視だ無視。
というかレアにキスされているせいで、頭がうまく働かなかった。
『代わって、代わってください、香恋!』
脳内ピンクがなにやら泣きついてきますが、無視です。
誰が嫁の唇を奪わせるもんか。レアとキスしていいのは金輪際俺だけなの!
レアはいろんな人と関係を持っていたようなことを以前に言っていたけれど、いまが俺であるのであれば、いやこれからは俺だけであれば、いままでのことをとやかく言うつもりはない。
そういうところは男女の恋愛観の差なのかな?
男は女性の初めての相手になりたがり、女は男性の最後の相手になりたがると言うけれど、いまの俺はまさにそんな気分。まぁ、俺の場合は同性だからちょっと違うのかもしれないけれど。
でも俺としてはレアにとって俺が最後の相手であればそれでいいと思う。
それはもちろんプーレやサラさん、エレーンだって同じだ。そしていまここにはいないけれど、希望もね。
アルトリアにいたっては、よくわからない。
アルトリアを俺はいまも愛しているのかはわからない。
かつては愛した人ではあるけれど、それ以上の感情をあの子に向けることはもうできない。
そもそも俺はあの子の妹を殺すことを目的としている。
なのにどうしてあの子を愛していると言えるんだ?
彼女の妹を殺したくてたまらないのに、彼女を愛しているなんて口が裂けても言えるわけがないじゃないか。
「……だめですよ、「旦那様」」
レアが肩を上気させながら俺を見つめる。蒼い瞳は揺れ動いていた。揺れ動く瞳は悲しいほどにきれいだった。
「いまは私だけを考えてくださいね? あなたとキスしているのは、ノゾミちゃんでもなければ、アルトリアちゃんでもないんですから」
胸が切なくなるような懇願だった。
それはまるで自分じゃふたりには敵わないと認めているかのような言葉。レアらしくない言葉だった。
「レア様?」
プーレが驚いた顔をしている。けれどレアはなにも答えずにまぶたを閉じると、そのまま口も閉ざしてしまった。わずか数秒間という時間だけど、そのわずかな時間が胸を騒がせてくれた。
「レア、俺は──」
「ところで、「旦那様」」
不意にレアが口を開いた。開いたかと思ったら、その顔は笑顔だった。
それも愉快ゆえに笑っているわけではなく、怒りゆえの笑顔だった。
背筋を嫌な汗が伝っていくのがわかる。
「誰かとキスしましたね?」
どきりと胸が高鳴った。
なんでわかったと言いそうになったけれど、とっさに口ごもることでどうにか言わずにすんだ。すんだのだけど、時遅しだった。
「誰が「旦那様」に手を出すことを許しましたか? ねぇ、聞いているか、クソトカゲの孫娘ぇ!?」
青筋を浮かべながらレアさんが叫ぶ。その表情にプーレが悲鳴をあげた。
サラさんは一瞬たじろいだ顔をしたけれど、なぜか胸を張られて一言。
「ふふん。レア様とは違って、私は「旦那様」からキスしてもらいましたよぉ~」
「気の迷いって知っています?」
「年増のすがる姿はみっともないですねぇ~。やだやだ」
「あ? てめえ喧嘩売っているのか? あぁっ!?」
「喧嘩? 単なる勝利宣言ですがぁ~?」
「いい度胸だなぁ? ドラゴンステーキにしてやろうか?」
「やれるものならやってみてください、年増のレア様」
「……殺す」
「やってみろ」
そこから俺の記憶はぷっつりと途切れていた。
気づいたときにはベルフェさんに貸してもらっている部屋のなぜかベッドの上でした。
そして両隣には生まれたままの姿のレアとサラさんに挟まれていた。
「……なにがあったし」
両肩を抱きながら震える俺の言葉に答えてくれる人は誰もいなかった。




