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Act7-23 星空と胸騒ぎ

 星空が広がっていた。


 ひとつひとつの輝きは小さくとも目を見張るような数の星空が広がっている。


「彼女」はそれをこの世界に生きる命の輝きのようだと比喩していた。


「私」はいつものように「彼女」に呆れた。


「星の光とこの世界の有象無象どもが同じ輝き? あなたってバカじゃないの?」


「ふふふ、あなたならではの言葉よね。私たちは同じ存在だったのに、いまではまるで違うもの」


「私」が罵倒しても「彼女」は怒るどころか、かえって笑っていた。その笑顔は有象無象が称える「名」にふさわしいと言えた。


 実際「彼女」は「すべてを産み出す者」だ。そして「私」は「すべてを還す者」だ。


 もともとは「彼女」ひとりの権能だった。だがそれを「彼女」はわざわざふたつに分けて「私」を産み出した。


 でも「私」は「彼女」を母とは思っていない。


 もともとは同一存在だ。


 同一であるがゆえに、「彼女」が「私」を産み出した理由もわかる。


 その理由は「彼女」の本質を理解していれば頷けるもの。しかし本質を知らない者にとっては耳を疑うものだろう。


「「愛」が知りたいとか、地上の有象無象が知ったら、卒倒しそうね」


「そうかしら?」


「彼女」は不思議そうに首をかしげていた。


 子供のような仕草。けれどその根底には歪さがある。その歪さが神獣を滅ぼす結果を招いた。


「わからないのであれば、わからないままでもいいじゃない。この世界の運営にはなんの支障もないのだから」


「それはそうなのだけど」


「彼女」は唇を尖らせると、笑いながら言った。


「地上の有象無象どころか、私の駒にもわかっていることなのに、至高たる私がわからないとか、悔しいじゃない? あんな指を弾くだけで滅ぼせる塵どもがわかることを私がわからないというのはあってはならないことでしょう?」


「……あなたって最高に歪んでいるね」


「ふふふ、なぁに? 誉めたってなにもあげないけど?」


「別に誉めたわけじゃない。それよりもその気持ちの悪い笑顔はなに? 普段はそんなものを浮かべないでしょうに」


「あ、これが笑顔って言うのね? そうか、これが笑うってことなんだ。あははは、変なの。面白いわ」


「彼女」は楽しげに笑っていた。ただそれだけなのに、ひどく気味が悪い。それこそ吐き気を催すほどに。


「ふふふ、あなたを産み出してよかった。私ひとりだけじゃ決してわからなかったもの。私を支えてくれるかわいい存在。あの駒が言っていた「妹」という概念はこういうものなのね。であれば、私はなにになるの?」


「「妹」がいるのであれば、あなたは「姉」という概念になる。というかなんで私が妹なの?」


「だって後から産まれたら妹なのでしょう?」


「……それはそうだけど」


「なら私が姉じゃない。ふふふ、妹ができちゃった」


 ふふふ、と楽しげに「彼女」は笑う。それまでの気味の悪い笑顔とは違い、子供のように無邪気な笑顔だった。


「……では妹の最初のお願いよ。名前をつけてくれない? 姉さん」


「名前? あぁ識別のためのものね。でも必要かしら? 地上の有象無象みたいじゃない?」


「逆に言えば地上の有象無象どもにはあって、姉さんと私にはないことになるね。ちなみに神獣たちにも名前はあるんだよ?」


「……なにそれ、生意気ね」


「怒らないで、姉さん」


「あら、これが怒るということなのね? ふぅん、たしかに不快な気分ね。あなたがいるといろんなものが知れて助かるよ」


「彼女」は笑いながら怒るという器用なことをしていた。


 神獣たちには悪いことをしてしまった。あとでお仕置きされないことを「私」は祈ることしかできなかった。


「それで姉さん、名前はつける? つけない?」


「つけましょう。あいつらにはあって、私にはないというのは我慢ならない。あ、そうだわ。あなたの名前をこの世界の名前にしましょう!」


「私の名前を?」


「ええ。有象無象どもに勝手に名前をつけられるのは腹立たしいわ。だから私のかわいい妹である、あなたの名前にしましょう」


「……拒否権はなさそうね」


「うん!」


「力強く返事をしないでよ、まったく」


「彼女」の、姉さんの返事に「私」は呆れてしまった。


 呆れながらもお互いに名前をつけあった。


 なんだかんだと言いながらも、私も姉さんの名前を考えたのはとても楽しかった。


 姉さんと笑い合いながら、名前をつけあった。それが「私」にとって最初の幸せな思い出になった。




「……「旦那様」?」


 サラさんの声が聞こえてきた。


 目のまえには星空が見える。


 さっきまで見ていた星空とは違うけど、意味合い的には同じ星空が見えていた。


 その星空をサラさんの背中の上で、竜の姿になったサラさんの背中の上で俺は眺めていた。


 デートに向かった温泉からの帰り道。


「スロウス」まではそれなりに時間がかかるらしく、近くまで来たら起こすのでそれまでは眠っていてもいいと言われたので、お言葉に甘えて眠っていた。


 腕の中にはとっくに眠ってしまったシリウスがいた。


 というよりもシリウスの寝顔を見ていたら、眠くなったんだよね。


 シリウスを見ているだけで心が安らぐ。


 娘というのは本当にいいものだとつくづく思うよ。


「……夢、かな?」


 でもそのシリウスの寝顔を見ているのに、不思議と心が騒いでいた。


 いままで見ていた知らない女の人の夢。


 俺が会ったことのない人。


 誰かの体験を夢として見ていたのかもしれない。


 会話の内容は思い出せないけれど、その女性がきれいな人だとは憶えている。


 あとどこかずれている人だったということも。


 でもどういう風にずれているのかは覚えていない。


 ただたしかにずれてるということだけは覚えていた。


「なにか変わって夢でも見ていたんですかぁ~?」


「……だと思う」


「思う?」


「よく覚えていないんだ」


「そうなんですかぁ~?」


「うん。ごめんね」


「気にしないでいいですよぉ~。夢の内容は普通覚えていないものですからねぇ~」


「……そう、だよね」


 そう夢の内容なんて忘れて当然だ。


 けどどうしてだろう?


 こんなにも胸騒ぎがするのはどういうことなんだろう?


「まぁ、「旦那様」もお疲れですからねぇ~。あまりお気になさらずにですよぉ~」


「うん。ありがとう」


「いえいえぇ~。そろそろ「スロウス」なのでシリウスちゃんを起こしてくださると助かります~」


「あ~、うん。わかった」


 シリウスは腕の中で眠っていた。眠るシリウスはとてもかわいらしい。


「……なんの夢だったのかな?」


 かわいらしいシリウスを見ても胸騒ぎは消えない。


 消えない胸騒ぎを感じながらサラさんの背中に揺られて「スロウス」へと戻ったんだ。

 今夜十二時よりマグネットでの第六話更新です。よろしくお願いします。


 https://www.magnet-novels.com/novels/52679

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