Act0-68 友達 その四
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「……わかったでしょう? 私はカレンちゃんの友達になる資格なんて、もとからないの。帰って、カレンちゃん。ここからは私ひとりでいいからさ」
「嫌だ」
「聞いていなかったの? 私はカレンちゃんを「獲物」と言ったんだよ?」
そう、カレンは「獲物」だった。
最初から「獲物」として見ていた。そう、最初からだ。いつかはカレンも売り飛ばす予定だった。
それをたまたま先延ばしにしていた。それだけのことだった。
嫌われたくはない。
けれど嫌われなければならない。
でなければ、カレンはいつまでも自分のそばにいようとする。
死んで当然の自分なんかのために、カレンの時間を使おうとしてしまう。
カレンも自分の仲間だと思われてしまう。
それだけは避けなければならない。
それだけは我慢できなかった。
カレンに嫌われることよりも、カレンにも迷惑をかけてしまうこと。
それがモーレには耐えられなかった。
ならば、嫌われることくらいどうってことはない。
カレンのためであれば、嫌われてしかるべきだ。
でなければ、カレンの明日を守ってあげられないのだ。
「私にとって、カレンちゃんは、商品でしかないの。でも、それも終わり。売りさばくルートもなくなってしまったから、もう商品価値はないの。だから」
「……価値がないのなら、一緒にいても構わないだろう」
「あのさ、私の言っている意味理解している? 私はカレンちゃんの重荷になりたくないの。だから」
「そんなのは、俺が決めることだよ」
平行線だった。
どんなに言っても、カレンは納得してくれそうにない。
わかっていた。カレンがそういう子であることは、わかりきっていることだった。
それでも言わなければならない。
カレンのためには、みずからカレンに嫌われなければならない。
「わかんないガキだなぁ。私にとって、あんたはもう価値がないんだから」
「なら、嫌いって言ってくれよ」
「……え?」
「顔も見たくないくらいに、嫌いだって言ってくれれば、帰るよ」
カレンに見つめられた。
とてもまっすぐなまなざしだった。
ずるい。
そんなことを言われたら、言えるわけがないじゃないか。
言えないからこそ、わざと嫌われようとしているのに。
なんでそんなことを言うのだろうか。
ああ、わかっている。
カレンには、もうとっくにこっちの気持ちなんて、気づかれていることくらいわかっている。
なにせ、この数週間、自分は演技なんてしていなかった。
ずっとありのままの自分でカレンと接し続けてきたんだ。
だからこそ理解されてしまっている。
言っていることが、強がりであることに。
ただのブラフであることを、カレンが見抜いてしまっていることは、理解していた。
それでも言わなきゃならない。嫌われなきゃならない。
なのに、言えるわけがない。
嫌われることしかできないのに、みずからカレンを嫌うなんて言えるわけがないじゃないか。
「……ずるいよ、カレンちゃんは」
顔を俯かせる。
カレンがそっと抱きしめてくれた。
カレンの体はとても温かった。
心の底まで冷え切ってしまっているはずの体が、カレンのぬくもりで熱を取り戻していくように思えた。
そんなことあるわけがないのにも拘わらず、そう思ってしまうなにかを、カレンからは感じられた。
「……モーレは、俺を助けてくれたんだろう?」
言葉を失った。
違うと言うのはたやすい。
しかし言えない。
実際光の攻撃魔法で、「光絶」を選んだのは、カレンを助けるためだ。
下手な攻撃魔法では、傷を残してしまう。
傷を残さないこと。なおかつ致命傷にならないように、致命傷に見える魔法を放たなければならなかった。
その点「光絶」はどちらにも当てはまる魔法だった。
傷つけずに、意識を刈り取るためだけの魔法だった。
つまりは制圧のための魔法。
光の魔法だけあって、見た目がかなり派手だ。その分威力があるようにも見える。そんな魔法でもあった。
ただ光の魔法でも、かなりマイナーな種類なので、知らない者の方が多い。
そしてあの盗賊たちも「光絶」のことは知らなかったようだ。
だが、まさかあの状態から追撃を仕掛けるとは思ってもいなかった。
「光絶」を受けた時点で、カレンはもう立ってもいられない状態だった。
すぐに気を失うのは目に見えている。致命傷に見える姿だった。
なのにあの連中はカレンに追撃をしかけた。
とどめを刺そうとしたのだろう。
「獅子の王国」を根城にしていた盗賊たちらしいことだった。そこまで気が回っていなかった。
そうして追撃を受け、カレンは倒れた。
頭から血を流しながら、倒れる姿に、両親の最期が重なって見えた。
両親は、「蒼炎の獅子」に殺された。
相手は頭目の「蒼獅」だった。
「蒼獅」は、白髪で、背の高い爺さんだった。
両親は、自分たちとは違い、善良な行商人だった。
たまたま「獅子の王国」へと赴いた際に、「蒼炎の獅子」と出くわしてしまったのだ。
当時、「蒼炎の獅子」はまだ叛徒ではなく、義賊としての名が広がっていた。
弱者には手を出さず、施しを与える。
それが当時の「蒼炎の獅子」だったらしいが、そのときの「蒼炎の獅子」は、義賊なんてものではなかった。
御者台にいた父と母は瞬く間に切り捨てられたのだ。
命乞いをする間もなく、ふたりはあっさりと死んでしまった。
当時、まだ十二歳だった自分は、必死に弟妹たちを抱きしめていた。
両親がいないいま、自分が弟妹たちを守るしかなかった。
「……まだ幼い、か」
「蒼獅」は、自分と弟妹たちを見て、そう呟くと、馬車から降りるように言うと、わずかながらの金を投げ渡してきた。
「去れ。二度と「獅子の王国」に近づくな」
そう言って「蒼獅」は、馬車を奪い、去っていた。
残されたのは、自分と弟妹、そして物言わなくなった両親と、一枚の金貨だけだった。
あれからだ。
自分が、自分たちが悪事に手を染めるようになったのは。
「蒼炎の獅子」に、いや「蒼獅」に復讐するため、力をつけようとした。
力を得られるのであれば、なんだってやった。
人を騙すなんてあたり前だった。物を盗みもした。そして人を殺すことも。
そうして十何年かけて、力を蓄え続けてきた。
だが、それももう終わりだった。
自分の中に残っていた良心のせいで、すべてが崩れ落ちた。
「蒼獅」への復讐なんて、もうできない。
できたとしても、また十年以上の時間をかけないといけない。それも今度は自分ひとりでだった。
弟妹たちは捕まった。
自分も手配もされているだろうから、以前以上にやりにくいはずだ。
普通に生きることだって、困難なはずなのに、いままで以上の力を蓄え直すことなどできるわけがない。
誰がどう考えても終わりだ。
少し前までは、新しい組織などと、考えられる余裕はあった。
実際は余裕ではなく、ただの強がりだった。
姉弟で力を合わせて、組織を形成したのだ。
自分ひとりではない。弟妹たちがいてくれたから、いままでやってこられた。
だが、それももうできない。
つまり、復讐はもうできないということだった。
悔しい。
だが、それ以上に絆されてしまう。
カレンのぬくもりに包まれていると、なにもかもが、どうでもよく感じられた。
カレンには迷惑なことかもしれない。
それでも、もう悪事に手を染めることはできない。
心が折れてしまっていた。いや、折られてしまった。
蛇王でも、「蒼獅」にでもなく、カレンによって、心が折れた。
もう自分は立ち上がることはできない。もう両親の仇を討つことは叶わない。
もう疲れた。
身も心も汚れきっている。
これ以上はもうなにもできない。
モーレはそっとまぶたを閉ざそうとした。そのとき。
獣の遠吠えが聞こえた。
同時に森からいくつもの気配が迫ってきた。
カレンも気づいたのか、森の方を見やる。森から大きな黒い塊がいくつも現れた。
「ダークネス、ウルフ」
森から姿を現したのは、十数頭ものダークネスウルフたちだった。




