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Act7-20 面影に悲しみを抱いて

 本日二話目です。

 カルディアを忘れたことはいままで一度もない。


「さようなら」


 最期にカルディアが口にした言葉。その言葉を。その言葉を口にしたときの満身創痍になった彼女の姿を俺は忘れられない。


 俺なんかのために彼女は重傷を負った。巨大化したラスティを俺が挑発した。そのせいで致命傷を負ってしまった。


 でも彼女の命を奪ったのは、ラスティの一撃じゃない。


 どこから放たれた一矢。ガルーダ様を狙って放たれた矢に心臓を貫かれた。


 普段のカルディアであれば、満身創痍でなければどうとでも対処できたはずだ。


 プライドさんにエリキサを貰っていたのに。あのエリキサをすぐにカルディアに使っていれば、カルディアは死ななかった。


 すべて俺が油断したからだ。


 すべて俺が悪い。


 プライドさんが駆けつけてくれたことですべてが終わったと、解決したんだと思い込んでしまった俺がすべて悪かった。


 俺が油断さえしなければ。俺がちゃんとカルディアを治療さえしていれば、カルディアは死ななかった。いまも俺のそばにいてくれたはずだった。


 思えばあれからだな。


 元の世界に帰る気がなくなってしまったのは。


 正確にはカルディアを殺したアイリスが生きているのが我慢ならなかった。


 どうしてカルディアが死んで、あいつが生きている?


 どうしてカルディアを殺した?


 なんでカルディアが死ななければならなかったんだ?


 許せない。


 カルディアを殺したアイリスを俺は許せない。


 だから俺はアイリスを殺す。


 なにがあろうともアイリスだけは生かしてはおけない。


 あいつが生きている限り、元の世界になんて帰れるわけがなかった。


 星金貨なんてもうどうでもいい。


 アイリスが生きている限り、俺はきっと幸せにはなれない。


 あいつの息の根を止めない限り、鈴木香恋に幸せは訪れない。


 そうだ。アイリスが生きているから、あれが俺の幸せを奪った。だから俺は──。


『……少し落ち着きましょう、香恋』


 恋香の声が、いつもよりも静かに、でも温かみを感じる声が響いた。


「恋香?」


『怖い顔をしていたら、シリウスが不安になります。私にとってもシリウスは娘です。あなたは私であり、私はあなたであるのですから』


 恋香の声に導かれるように前を見る。シリウスは不安げな顔で俺を見ている。


 いやシリウスだけじゃない。サラさんも俺を心配しているのか、少し悲しそうな顔をしている。


「ぁ」


『……あのふたりをあなたは悲しませたいのですか?』


「そんなことは──」


『念話で語りましょう。実際に声を出すのは、なにかと面倒そうだ』


『そう、だな』


『おっと、語らうまえにシリウスとサラを安心させてください。とりあえずは笑顔で。どんなに不格好でもいいので笑顔を浮かべましょう』


『こう、かな?』


『ええ。大変よろしい。少なくともいままでの殺意が溢れだした顔よりかははるかにましです』


『そんな顔を?』


『ええ。していましたよ。シリウスが心配のあまり目の前に来るくらいには、ね』


『え?』


 言われて気づいた。シリウスがすくそばにいることに。


 不安げに俺を見上げるシリウス。


 なにを言えばいいのか。なにをしてあげればいいのか。


 とっさには出てこなかった。


「パパ、怒っている?」


「……そんなことは」


「嘘。だっていままで見たことがない顔をしていたもん」


「それは」


「……やっぱり私がカルディアママみたいになったから?」


「え?」


「カルディアママそっくりに進化したから。パパが大好きなカルディアママを汚しちゃうような姿に私がなったから怒っているの?」


 言われた言葉の意味をうまく理解できない。


 というよりなぜそういう発想になるんだ?


 どうしてシリウスが、かわいい愛娘が愛しい人を思わせる姿になることが、彼女を汚すということになるんだろうか? 意味がわからないよ。


「なにを言って──」


「……パパが私を見る目、いつも悲しそうだもん」


「悲しそう?」


「わぅ。私にはパパはいつも優しいけど、目はいつも悲しそうだよ」


「そんなことは」


「あるもん。私はそのことを誰よりも知っている」


 言葉が出ない。


 もしかしたらしていたのかもしれない。そう思ってしまったから。


 だってシリウスは、シルバーウルフに進化してからのシリウスは、悲しいほどにカルディアに似ている。


 髪も目も顔立ちも。そしてその雰囲気さえもカルディアに似てしまっている。


 シリウスはシリウスだ。カルディアじゃない。わかっている。わかっていても重ねてしまっていたのかもしれない。


 あまりにもこの腕の中で旅立った彼女と似た姿になったこの子を。


「……私はもういない方がいい?」


「なにを言っているんだ、シリウス」


「だって私がいたら、パパはカルディアママを思い出しちゃうから。だからパパのそばにはいない方が──」


「バカ言うな!」


 思わず大きな声が出てしまった。


 シリウスがびくりと体を震わせた。


 叱るつもりはなかった。


 俺自身で驚いてしまうくらいに、大きな声が出てしまった。


 シリウスが顔をうつむかせている。お湯の表面に滴がこぼれ落ちていく。


 堪らず、温泉に浸かる。ひどく熱いけど、シリウスを抱き締めた。


「パパ?」


「……いなくなるなんて悲しいことを言わないでくれ。シリウスまでいなくなったらパパは寂しいよ」


「でも」


「シリウスがパパのそばにいたくないくらい、パパが大嫌いなら仕方がないとは思うけど」


「っ! そんなことない!」


 今度はシリウスが大声を出した。大粒の涙を流しながらシリウスは叫ぶ。


「私はパパが大好きだもん! ずっと、ずっとパパのそばにいたい! パパとずっと一緒にいたいもん!」


「……それはパパも同じだよ」


「でもパパは」


「……そうじゃない。そうじゃないんだよ、シリウス」


 なにを言えばいいのかはわからない。本当のことを伝えていいのか、それとも伝えてはいけないのか。それさえもわからない。


 でもごまかすことはできないし、してはいけない。


 俺は俺の本心をこの子に伝えなければならないんだ。


 でなければシリウスは本当に俺のそばからいなくなってしまうだろうから。


 この子は自分の気持ちよりも他人の気持ちを優先する子だから。


 だから俺がシリウスとカルディアを重ねて悲しんでいると思ったら、その悲しみをなくすために自らいなくなる。この子はそれができる子だ。


 だからこそ、シリウスまでをも失わないためには本心を伝えるしかなかった。


「たしかにパパはシリウスとカルディアママを重ねていたかもしれない」


「やっぱり」


「でも、それはシリウスが思っているようなことじゃない。パパはカルディアママの分までシリウスを幸せにしたいんだ」


「幸せ?」


 シリウスが腕の中で俺を見上げている。宝石のような紅い瞳はとてもきれいだった。


 それさえもカルディアを思わせる。俺が幸せにしてあげられなかったカルディアを思わせてくれる。


「そうだよ。パパはシリウスには幸せになってほしい。カルディアママの分まで。パパがカルディアママを幸せにしてあげられなかった分までシリウスには幸せになってほしい」


 そうだ。俺はシリウスを幸せにしてあげたい。


 カルディアを幸せにしてあげられなかった分まで、彼女を思わせるこの子を幸せにしたい。


 だからこそ俺はアイリスを殺す。


 アイリスは必ず俺から大切なものを奪うはずだ。


 もうなにも奪われないために。幸福な日々を失わないために俺はアイリスを殺す。


 でもそれは秘めていなければならない。この子に知られてはいけないことだった。


 抑えろ。


 アイリスへの殺意を。怒りを。そして悲しみを。


 奴に向ける感情をすべて抑え込み、いまはシリウスへの想いをすべてさらけ出せ。


 でなければこの子を説得することはできない。


 本当にシリウスは似ている。見た目と有り様とそしてその中身もまた。


 本当にカルディアにそっくりだ。


 そんなこの子のパパであることを俺は誇りに思う。


「……でもさっき怒っていたよ?」


「あれはカルディアママを殺した相手への気持ちだよ。シリウスに向けたものじゃない」


「そう、なの?」


「そうだよ。シリウスの前で、シリウスに見られる場所で露にするべきじゃなかった。ごめんな、変に心配させちゃって、ごめんな、シリウス」


 シリウスの額にキスをした。かつてカルディアが最後にキスをしたのと同じ場所にキスをした。


 シリウスは顔を赤くしながら「わぅ」と鳴いた。


 その「わぅ」にどれだけの想いがこもっているのかはわからない。


 わからないけど、シリウスは「ごめんね」とだけ言ってくれた。


 気にしていないとだけ言って、もう一度同じ場所にキスをした。


 シリウスは恥ずかしそうに「わぅ」と鳴いた。


 その鳴き声は違うけど、その姿はカルディアに本当によく似ていた。


 そんなシリウスに俺はせいいっぱいの笑顔を向けたんだ。

 続きは明日の十六時になるといいなぁと思います。

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