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Act7-15 親の心子知らず

 よく似ている。


 カレンちゃんは「彼女」にそっくりだった。


 見た目もそうだけど、中身もまたよく似ている。


 加えて言えば、その強さもまた。


 もっとも「彼女」の域どこか、ボクらの領域にもまだ達してはいないようだけど。


「まぁ、あの歳で「戦女神」と同等になられても、ボクらが困るんだけどね」


 ボクらのかつての仲間である「戦女神」は、彼女の母親であり、ベルセリオスとルフェルよりも強い人だった。まぁ、あの兄弟よりも強いのは当然っちゃ当然か。


 その「彼女」の娘であるからと言って、その強さも現時点で同等とか勘弁してほしいね。


 まぁ、「戦女神」とは違って、カレンちゃんにはまだ道徳心があるから救いかな。


「戦女神」にはそんなものは一切なかったからなぁ。


「「戦女神」よりも「破壊神」と言った方が合っていたからなぁ、あの人」


 もう数えるのも億劫になるほどの昔の話ではあるけれど、懐かしいものだね。


 そう、懐かしい。懐かしいからこそ、胸を穿つんだ。胸が痛くなるんだ。


 ボクらが歩んだ軌跡、そして功罪が胸を痛ませる。


「……君はどっちなのかな?」


 ボクの背中をじっと見つめているカレンちゃん。


 きっと本人は気づかれていないとか思っているんだろうけれど、そんなじっと見つめられていたら寝坊助な竜だって起きちゃうんだけどね。


 まぁ、そういうところも「戦女神」にそっくりだね。


 あの人、想像主のくせにそういうところは抜けていたからね。


 というか、知らなかったという方が近いのかな。うん、知らなかったという方が近いだろうね。


「……知識では知っているということと実際に見知っていることは全然違うもんね。ねぇ? レンゲちゃん?」


『……いきなり話しかけないでくれませんか? 翼王よ。あと念話を使わないと変人のように』


『ああ、そうだね。じゃあこうしようか?』


『……人の話は最後まで聞くものですよ?』


『聞いて意味があることであればね』


 笑いながら言うと、レンゲちゃんは明らかに不機嫌になった。


 レンゲちゃん自身の話を取るに足らないものだと言い切ったようなものだからね。


 これで怒らない方がおかしいと思うよ。我ながら意地悪なことをするなぁ。


『……それでなんの用です? 私は嫁であるプーレのエロさをこの目で焼き付けるという仕事が』


『そうだね。あと数か月の命だもんね、プーレちゃんは』


『……なんの話でしょう?』


 口調は普段と変わらない。


 でもわずかな動揺が見え隠れしている。


 普段のレンゲちゃんなら「なにを言っているんですか」とか言って否定するのに、否定をしようとしていない。


 まぁ、返事自体が否定とも取れる言葉ではあるけれど、決定的な否定ではないんだよね。


「なんの話」ということは否定のようにも聞こえるけれど、実のところは否定と肯定、両方で取れる言葉でもあった。


 この場合は、否定のように思わせる肯定かな。


 もしくはボクがなぜプーレちゃんの余命を知っているのかを確かめるためのものであるのは明らかだね。


『あぁ、やっぱりそうなんだ?』


『……っ、騙しましたね?』


『ふふふ、頭がいいね、レンゲちゃんは。打てば響くって奴かな?』


『我が問いかけに答えよ、翼王。なぜ我が巫女の余命をそなたが知っている!?』


『……なぜ私があなたの問いかけに答えねばならぬ? 調子に乗るなよ、破壊神の御子』


 やれやれようやく本性を露わにしたか。


 でもその言い方はちょっと聞き捨てならないかな? 


 なんでボクがこの子に命令をされなきゃいかんのだよ。


 調子に乗りすぎじゃない? 大人げないけれど、ここは出る杭は打たれるの精神で諌めてあげるのが大人としての役割だよね。


 ちょっぴり威圧しつつ、真面目な口調で返してあげると、レンゲちゃんってば息を呑んで黙り込んじゃった。


 ん~、ちょっと意地悪しすぎちゃったかな?


『ふふふ、ちょっと意地悪だったかな? まぁ、答えるとすれば簡単なことだよ。マモマモから話を聞いて、そこから邪推したってだけのことさ』


『……本当にそれだけですか?』


『加えて言えば、プーレちゃんの心を読んだというのもあるけどね。すごいね、彼女。余命いくばくかもないけれど、まだ時間はあるというのに、もう覚悟を決めてしまっている。そしてそのことに一点の曇りもない。あれでまだ十四年も生きていないんだから、信じられないね』


 プーレちゃんの心の中はとてもきれいだった。


 わかりやすく言えば、整理整頓されていた。


 死を悟った人が身辺整理をするように、彼女の心の中もすでに整理されてしまっていた。


 生きることを諦めながらも、死に行くその時まで懸命に生き続けようと決意していた。


 何十年も生きて、体もまともに動かせなくなった老人であればわかる。


 中には死にたくないと喚く人もいるだろうけれど、それを生き汚いと罵る人もいるだろうけれど、死の恐怖というものはそれだけ恐ろしいものなのだから、生き汚くなるのも当然だと思うんだよね。


 だから生き汚いではなく、後悔と未練に折り合いがつけられるという方が正しいと思うんだ。


 その後悔と未練に折り合いがきちんとつけられる人であれば、まだわかるんだよ。もう老い先短いから仕方がないと割り切ることができるのは。


 でもさ、プーレちゃんはまだ十四歳にもなっていない女の子だ。


 いまも十分にかわいいけれど、これからどんどんときれいになっていける素質のある子だ。


 未来のある子なんだ。その子が逃れられない呪いのようなものとはいえ、死を前にしてこうも落ち着いていられるのは、どう考えても異常だ。


 死にたくないと喚いたとしても、誰も責めることはできないのに。醜態をさらしたとしてもいいはずなのに、彼女はすでに覚悟を決めてしまっている。


 常人では狂ってもおかしくないほどの恐怖に晒されながら、彼女は平然としている。平然と残り少ない日々を過ごしている。


『プーレちゃんは強い子だね。それくらいしかボクは言えないし、思いつかないよ』


『……香恋が心の底から惚れたひとりですからね』


『ふぅん? 君の嫁とは言わないんだね? あ、そっか、言えないか。なにせ破壊神がそう定めたんだもんね? その御子である君は口が裂けても言えないよね』


『……母様は破壊神ではありません。母様こそが母神なのです。決して「スカイスト」が母神ではないのです』


『でも、世間一般では「スカイスト」が母神だよ?』


『違う! 母神は母様だ! 「スカイスト」はその名を母様から奪い取っただけだ! あのアバズレこそが破壊神であって、母様が想像主であり、母神なのです!』


 レンゲちゃんが叫ぶ。その声には明らかな怒りに染まっていた。


 無理もないかな。ゆがめられた神性を母に持つ彼女にとってみれば、「スカイスト」は明らかな敵だもんね。


 でもそのことを誰も知らない。ボクら以外は誰も知らない。それは彼女の半身であるカレンちゃんもだ。


『……カレンちゃんにはいつか話してあげたほうがいいと思うけど?』


『……必要ありません。香恋は知る必要がないことですから』


『君があの子の体を乗っ取るからかな?』


『……あなたに答える義理も義務もない』


 それだけ言ってレンゲちゃんは念話を閉ざした。


 感情的になるところは母親とは大違いだ。


 むしろあの子の母親には感情はなかったからね。


 それこそ人形のようでもあった。とはいえ──。


「親の心子知らずかな?」


 ──レンゲちゃんの言い分はさすがに頷けないものだ。それこそ親の心を知らないと言っているようなものだ。


「……面倒なことになりそうだなぁ」


 もうちょっと手軽に済んでもいいんじゃないかな。言っても無駄だろうけれど。


 はぁとここ最近何度も吐いてしまったため息を、再度吐きながらボクは目的だった料理の置かれたテーブルへと向かっていった。

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