Act7-3 理想と現実、そして断崖絶壁
岩山を登り終えたと思ったら、また山でした。
なんで山ばっかりなんだろうと思ったら、冷静さを取り戻したレアが教えてくれたのは、「翼の王国」は国土のほとんどが高山地帯みたい。
「「翼の王国」は有翼の種族が集まってできた国ですからね。というか有翼の種族でないとまともに生活できないと言いますか」
「……高山地帯だから?」
「ええ。翼があれば山頂だろうと麓だろうとすぐに着きますからね。逆に翼のない種族だと──」
「──往復をみずからの脚でやらなきゃいけない?」
「その通りです。だからこの辺一帯は他の種族には不人気の土地なんですよ」
「……まぁわざわざ高山地帯を行き来しようとは普通思わないよね」
地球であれば、登山家が挑戦したくなるような土地だろうけれど、この世界は地球とは違って魔物がいるからなぁ。
魔物と戦いながら登山? やってらんねーわな。そりゃあ翼がある種族以外には不人気になりますよ。
「でも、その分山の恵みがとても多いんですよぉ~。中にはこの山深い土地にしか採取できない霊草もありますからねぇ~。採取目的にお越しになる冒険者の方々も多いんですよぉ~」
「あ~。そう言えば」
うちのギルドでも「「翼の王国」周辺にて採取できる薬草求む」とかいう依頼もそれなりにあったなぁ。
薬草だけじゃなく、山菜やらこの辺にしかいない魔物の素材とかもあった。
「竜の王国」はちょうど「魔大陸」の中心にある国だからこその依頼ではあるけれど、やっぱり他の国にもうちの支部を置いてもらえるように頼んだ方がいいのかな?
最初はそのつもりだったけれど、まだ支部を作れるほどにうちのギルドは安定していないからなぁ。
正確には支部を運営管理できる人材が育ちきっていない。
数人は「俺の指示」があればいくらでもこなしてくれるような人材はいるんだけど、あくまでも「俺の指示」がないといけないんだよね。
なにせ支部を任せるということは、支部長になるってことだもの。支部長に就任するからには、その支部をみずからの意思や考えで運営管理しなければならない。
俺だって一応は指示をするけれど、なにをするにも俺の指示がなければなにもできないというのは、さすがに困る。
そりゃあ運営に関する大事であれば、いくらでも指示を伺ってもらっていいけれど、「こういう人材を雇いたいんですが」とか、「こういう意見が職員から上がってきているんですが」とかそういう細かいことまでこっちの指示を仰ぐようでは、先が見えている。
ある程度のところまでは俺の指示を仰ぐのはいいけれど、その支部の人事やら運営方針に関してはその支部の長がすべて決めることだ。
最終的には報告を上げてもらうけど、それはあくまでも報告であってお伺いを常に立ててくれってことじゃない。
そもそもそんなんじゃ支部を作る意味がない。
支部を作るのは各国で利益を得るためだ。
だというのに各支部の長が俺の指示なしじゃなにも決められないんじゃ作る意味がないもの。
これでも人材は育ってきてはいるんだ。
でもまだひとりですべてを決めて、実行に移せるような、支部長ができる人材となると、まだうちの職員にはいないというのが正直な話だった。
それに支部を作るとなるとうちのギルドから職員を数か月単位、長ければ一年単位で派遣しないといけなくなる。
理想は現地で職員を雇い、育てていくというのが理想だけど、そうするには仕事のノウハウを教えられる人材が必要になる。
それをすべて支部長に押し付けたら、まず間違いなく潰れるか、過労死するだろうね。
だからこそ支部長とは別に仕事のノウハウを教えられる「教員」役の職員も必要になる。
「教員」役の職員は誰でもいいわけじゃない。
きちんと仕事を理解し、誰にも説明ができるような人じゃないと任せられない。
となるとうちのギルドでも各部門での補佐をしている職員に向かってもらうしかない。
でも現状でそれをすると大元であるうちのギルドが潰れかねない。
そもそも資金繰りだってまだ完全に安定しているわけじゃない。
資金、人材ともに不足している現時点で支部を作るのは得策じゃない。
とはいえ、いずれは作ることも考えた方がよさそうだ。
ギルドの支部は冒険者にとっては各国での拠点になるし、冒険者が集まればその地域の商業が活性化することにもつながる。
加えて各国の特色のある依頼が舞い込みやすくなる。
現時点では「ラース」にまで来てもらって依頼の登録をしてもらっている。
「ラース」は「魔大陸」の中心にある街だ。
どの国のどの地域にも行ける。行けるけれど、行くためのコストがかかってしまう。メリットもあれば、デメリットもあるんだ。
そのデメリットをできるだけ少なくするためにも、やはり現地での拠点となるギルドの支部は必要だった。
うちのギルド自体、今年にできたばかりだけど、いずれは支部をきちんと作らないといけないなって思うよ。
そのための準備も必要だから、どれだけ先になるかはわからないけれど、とりあえず数年以内には作りたいなと思います。
「そのためにも依頼をこなさないといけないんだけど、な」
とても前途多難です。
だっていま俺たちはようやく岩山の国境を超えたばかりだ。
そしていま目の前には高山地帯へと至るための高い山が鎮座しているのを眺めているんだもの。
しかもなんの嫌がらせか、断崖絶壁です。決して俺の胸のことではないと言っておこうか。
「どう昇るんだ、これ?」
明らかに登るための道さえもない。
どう考えてもこの崖に張り付いて登るしかないように思えるのは、俺の気のせいだろうか?
うん、気のせいであってほしいなぁ。
「登るぜ?」
ヴァンさんが無慈悲なひと言をくださいました。
予想通りだけど、その言葉は聞きたくなかったなぁ。
というかどうやって登るのよ、こんな崖を。
「まぁ、そこは気合い?」
「なにその精神論」
ここで精神論とか俺聞きたくなかったですよ。
むしろちゃんとした道を用意しようよ。
なにこの自然の要害的な鎖国状態。意味がわからないんですけど?
「まぁ、つべこべ言わずに、とりあえず登ろうや」
ヴァンさんが豪快に笑いながら、俺の背中を叩いてくる。
別に俺は登ること自体に問題はない。
問題なのは体調がよくないプーレをどうするかってことだもの。
かと言って俺がおぶって登るにしてもちょっと無理がありそうな気がするしなぁ。どうしたものやら。
「おーい。カレンちゃんさーん」
どうやって登るかを考えていたら、どこから声が聞こえてきた。同時に大きな影が差した。見上げるとそこには見憶えのある緑色の体が。
「あ、ゴンさん」
「げぇ~」
そう俺たちの頭上には久しぶりのゴンさんがいた。なぜかサラさんは顔を青くしているけれど、なにかあったのかな?
まぁ、いいか。とにかくこれで断崖絶壁を登らずに済んだのだから。
「おーい、ゴンさーん」
ゴンさんに向かって俺はめいっぱい広げて、両腕を振ったんだ。




