Act0-66 友達 その二
本日二本目です。
明日からは十六時更新に戻ります。
わからなかった。
なんで、この子は自分と一緒に逃げているのだろうか。
いや逃げてくれているのだろうか。
自分はただの犯罪者だ。
どんな理由があるにせよ、犯罪に手を染めていることに違いはない。
なのに、その犯罪者と、この子は一緒に逃げてくれているのだろうか。
それも必死になって、逃げてくれている。
捕まれば、処刑されるしかない自分を、いや処刑されて当然な自分を、連れて逃げてくれている。
なんで、ここまでしてくれるのか。
モーレには理解できなかった。だからこそ、なんでと問いかけた。
問いかけるとカレンは、なぜか立ち止まってしまった。
それまで一緒に走っていたのだから、急に止まられても、止まることはできない。
勢いそのままでカレンとぶつかり、カレンを組み伏す体勢になってしまった。
カレンは退いてほしそうな顔をしていたけれど、モーレは退く気はなかった。
「なんで、私と一緒に逃げてくれるの?」
もう一度問いかけると、カレンは、不思議そうに首を傾げて言った。
「友達を助けるのに、理由っているの?」
その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
いや、時間をかけてしまった。
理解できなかったわけじゃない。ただ、信じられなかった。
祖国の「蠅の王国」を出てから、友達と言われたことがなかった。
言ったことはある。
だが、それはあくまでも「獲物」を騙すための口実でしかない。
仮に相手から言われても、うまく騙せているとしか思わなかっただろう。
だが、カレンに言われると、騙せているとは思えなかった。
そもそも状況が状況だった。
騙すもなにもない。
むしろカレンに騙されている可能性の方が高いだろう。
本当は、この先に混ざり者のギルドマスター蛇王が用意した、軍勢が待ち構えているのかもしれない。その可能性は決して否定できない。
だいたい、他人でしかない自分に、ここまでしてくれるわけがない。
そもそも、首都を抜け出したのだって、あまりにもお膳立てが調っていた。
門番が、なにも言わずに通用門を、開けることがあるのだろうか。
ありえない。そんな門番など、門番失格だろう。
となれば、この先に自分を捕まえるための軍勢が待ち構えていたとしても、決して不思議ではないし、そっちの方が自然だろう。
そう、騙されていると考えるのが自然だ。
なのに、信じようとしていた。
いやカレンを信じたいと思う自分が、たしかに存在している。
バカなことをと思う。
十三も年下の小娘を、血の繋がりもない、出会って数週間程度の女を、どうして信じられるだろうか。
信じられるわけがなかった。信じていいわけがなかった。騙す口実だとしか思えない。
けれど、ダメだ。
カレンを信じてしまいそうになる自分がいる。
カレンを信じたいと思ってしまう自分がいた。
それはつまり、自分もまたカレンを友達と思ってしまっているということだろう。
自分は何人も人を悲しませてきた。
何人もの人生を踏みにじってきた。
そして何人も殺してきた。
自分の手はとっくに汚れている。汚れてきっている。
なのに、カレンを友達と思ってしまうなんて。
ダメだ。カレンのようにきれいな子が、自分のような汚れた人間のそばにいてはいけない。
離れないといけない。
いますぐに。じゃないと、カレンまで汚れてしまう。
そう思うのに、手が、脚が動いてくれない。カレンのそばから離れることができない。
「ダメ、だよ。カレンちゃんが、私の友達でいていいわけがないよ」
「なんで?」
「だって、私は友達になれる資格なんてないもの。私はもう何人、何十人も、それこそ何百人もの人生をめちゃくちゃにしてきたんだよ!? そんな私がカレンちゃんと友達になっていいわけがない! カレンちゃんと一緒にいていいわけがないんだ!」
そうだ。
数え切れないほどの人たちを、食い物にしてきた。
生きるために。そして復讐のために、自分たち以外のすべてを犠牲にしてきた。
なのに、いまさら「獲物」にしていた少女と友達になれるわけがない。
なっていいわけがない。
自分は大罪人だ。死んで当然の、ごみのような存在だ。
そんな自分が目の前の少女と、まぶしいくらいにきれいなこの子と友達になれるわけがなかった。
「カレンちゃん、お願い。もう帰って。私はもうひとりでいいから」
「嫌だ」
「なんで? 私は!」
カレンの手を振りほどくべく、叫ぼうとした。
だが、それよりも早くカレンに抱きしめられてしまった。
風呂上がりなのか、石鹸の香りがした。
あれほどまでに血を浴びていたのに、その臭いはもうない。
が、代わりにほんのわずかな汗の臭いもするが、ほとんどは石鹸の香りとカレン自身の香りがした。
この数週間で何度も嗅いだ香り。
いつのまにか好きになっていた香り。
ごちゃごちゃになっていた頭と心が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「……いまのモーレを放っておくことなんてできないよ。だって、モーレはもう誰もいないんでしょう? そばに誰もいてくれないんだろう? 俺も同じだから、放っておけないよ」
「……カレンちゃんは、故郷に帰れば、家族がいるんでしょう?」
「いるよ。でも、この世界にはいない」
誰もいない。
たしかにその通りだ。
弟妹たちは捕まった。
手下たちもやはり捕まっただろう。
もう自分の周りには誰もいない。
しかしカレンは違う。
カレンには冒険者の先輩たちがいるし、あの混ざり者もいる。そして故郷に帰れば、家族もいる。
自分とはまるで違う。
なにもかもが違っている。
なのに、なにが同じだというのか。
同情しているだけならば、もっと言葉を選べばいいのに。
だが、言葉の選び方が下手なのも、カレンらしい。そう思っていた。
だが、カレンが不意に口にした言葉は、想像もしていなかったものだった。
言われた意味をすぐに理解できなかった。
この世界にはいない。
もうこの世界にいないではなく、この世界にはいない。それがどういう意味なのか、わからないわけがない。
異世界人。
カレンはスカイスト出身者ではなく、別の世界の出身者ということなのか。
信じられない。とは思ったが、よくよく考えてみると、納得できることだった。
いままでカレンに対して、疑問を抱いてきた要素。そのすべては、カレンが異世界人であれば、納得できてしまう。
特に、「魔大陸」の植生を知らなかったことは、カレンが異世界人であれば、カレンの世界の植生と当てはめて考えていたのであれば、取りつくしてしまったことを、危惧してしまうのも無理はなかった。
それに「しんでれら」のこともある。
あれから、何度か手下たちにも聞いてみたが、誰も知らなかった。
もともとそういうものに興味のない連中が多いと言うのもあったかもしれないが、それでも、誰も知らないというのは、さすがにありえないだろう。
しかしそれもまたカレンが異世界人で、カレンの世界で有名だとすれば、納得はいく。
だが、それでもすぐには信じられない。
しかしカレンがこんな嘘を吐くとも思えない。
カレンは冗談を口にはしても、嘘はいままで吐かなかった。
そのカレンが、こんな嘘を吐くとはどうしても考えられない。
とはいえ、すぐには信じられない。
異世界人です、と言われて、すぐに信じられるはずがなかった。
それは相手がカレンであっても変わらない。
そう、変わらないはずなのに、自分は信じようとしてしまっている。
カレンの言葉を、いや、カレン自身を信じているからこそ、信じてしまっている。
そんな自分に呆れそうになりながらも、モーレは恐る恐ると口を開いた。




