Act6-ex-5 ふたつの恋を失うとき
星空が広がっていた。
少し前まではいくら眺めても飽きることのなかった空。妾が作り上げた吸血鬼たちの安住の空。それは妾にとって誇らしいものであった。
なにせ本来は吸血鬼たちにとって心地よい空であるはずなのに、ほかの種族たちにとってはロマンチックな夜景が常に楽しめるという、本来の用途ではないのに人気が出ることになってしまった。
それを逆手にとって、観光名所として大々的に発表したのはいま考えれば慧眼であった。さすがは妾じゃとな。
おかげで「狼の王国」は豊かな国になった。
もともとは砂漠しかない国であった。
その砂漠にもいろいろと酒類はあるが、いまほど砂漠が優良な資源が眠っているとは誰も思ってはおらなんだ。
ヴァンが戯れに砂漠を掘るまではの。
ヴァンが掘った場所からはちょうど良質の砂鉄が採取できた。
これはと思い、重点的に掘ってみれば、次々に良質の砂鉄がそれこそ山のように採取できた。
そのきっかけがあってから、砂漠全土をくまなく調査してみると、様々な資源が砂の中に眠っておった。
とりわけ多かったのが、近年ようやく発見できた魔鋼石の鉱脈であった。
それも大規模な鉱脈で百年、二百年では到底採取しきれぬほどの鉱脈じゃった。
おかげでベリアルのお株を奪うことになってしまったが、ベリアルからは「この野郎、やってくれるじゃねえか」と文句なのか、それとも挑戦状を叩きつけているのか。いまいちわからぬ連絡を貰う羽目になった。まぁ、妾とてやろうと思ってやったわけではない。
ただ偶然そうなっただけなんじゃがな。
まぁ、お株を奪った分、便宜ははかっておるからベリアルもそこまで文句を言ってはこぬのが救いじゃな。
あれが本気でぶち切れておったら、「爆炎鎧」で乗り込んでくるからの。
そうなれば妾でしかあれの相手はできぬ。相手はできるが、勝てるとは思うておらん。
もっともそれはベリアルとて同じであろうがの。
まぁ、軍同士での戦であれば、妾がまず間違いなく勝つが、個人戦となるとあれに少し譲る。
この身は一対一で戦えるようにはできておらぬからの。というか、そもそも一対一で戦うとか面倒すぎて嫌じゃし。
「あやつがおれば」
そう、あやつさえいれば、一対一であっても誰にも譲ることはない。
妾が全軍を指揮し、あやつが最前線で戦う。
役割を分担すれば、たとえほかの六国相手をしても負ける気はせぬ。
まぁ六国の王たちが戦場に出れば、妾が前に出る必要があるがの。
あやつであっても、ほかの「七王」たちと対峙することは敵わぬ。
一合も保たずに殺されることはないであろうが、死は確実であろう。
あれは妾のためであれば、自分の命さえ投げ出すに決まっている。
そんなこと妾が望んでいないことを理解しながらも、妾が傷つくのが見たくないとか抜かして、結果的に妾を誰よりも傷つけるのであろうな。
「……あやつらしいことじゃ」
そう、実にあやつらしい。
いつのまにか妾の心に住み着いたアホウ。
押し倒しはするくせに決定的なことはなにもせずに、キスマークだけは執拗に残すヘタレ。
ことあるごとにすぐ泣き喚いては逃げ出すくせに、いざというときは勇気を振り絞って対峙しようとする、英雄という字がよく似合う少女。
そしてなによりも、父様と母様が亡くなられてからはじめて、妾を狼王としてではなく、ただひとりの「デウス」として、私をひとりの女として愛してくれた愛し人。
「……あなただけでも幸せになって」
遠く離れてしまったタマモを想いながら煙管を咥え込む。
今日は酒を飲む気分にはなれない。
そばにはいつものように「穢れ知らぬ者」を置いているけど、傾ける気にはなれない。
ラスティアングラスの光沢がやけに眩しく感じられる。
その光沢の中にラースが写り込んだ。少し機嫌が悪そうに見える。大方、カレンをころされかけたことで腹を立てておるのであろうな。
「よかったの」
「なにがだ」
「カレンは死なずにすんだ」
「そうだな」
返事がやけに短い。相当に頭に来ておるようじゃ。
こやつはこやつで面倒な性格をしておるの。
「……獲物をとられかけて、憤っておるのかえ?」
「獲物ではない。あれは贄である。我らの目的を「神殺し」をするための贄。だがそれはいまではない。「破壊神」が出てくるまで、あれには生き抜いてもらわぬと困る。さしものあれも娘には弱いようであるし。あれが出て来てからではないと、「神殺し」などできぬ。「破壊神 」とはいえ、神は神ゆえな」
「……そうであるな」
ラースの口調は捲し立てるようなものだ。それはまるで自分にそうしなければならないと言い聞かせているかのようでもある。
おそらくはラース自身、カレンの死を望んでいるわけではないのだろう。
その手で殺めた想い人の面影を持つ少女の死を願うほど、これは壊れているわけではないのだ。
だがかつてのような優しさはない。
優しさをラースは捨てた。
だからこそ、ラースはラースとなった。ベルセリオスではなくなったのだ。
だが、いまのラースはベルセリオスのようにも見える。
いまのラースはいったいベルセリオスなのか、それともラースなのか。
妾にはわからない。
少し前までであれば、親身になって考えただろうが、いまはもうそんな気にはなれない。
この男の中にはいまだに「英雄エレン」が住んでいる。それを覆すことは誰にもできはしないのだから。
だからこの男に拘ることはやめた。いや、やめることができたのだ。
すべてはあやつが、タマモがいてくれたから。
タマモが私に新しい一歩をくれたから。だけど、彼女とともに歩む道は存在しない。
私は私を捨てなければならない。
この身は大逆を為す。
その大逆に彼女を巻き込むわけにはいかない。
「のぅ、ラース」
「なんだ?」
「貴様は妾を抱けるかえ?」
「おまえを? 考えたこともないな」
「……であろうな。妾も貴様なぞに抱かれたくない」
「本当におまえは私に厳しいな。なにかしたかな?」
ラースが腕を組んで考え込む。
変なところで真面目なのは昔からなにも変わらぬ。
だからこそ腹が立つ。
タマモも腹を立てさせてくれたが、それでもタマモはそのひとつひとつが愛しおかった。
「貴様のそういうところが嫌いじゃよ」
「……本当に私はなにをしたんだ?」
「自分で考えればよかろう」
「わからないから言っているんだが」
頭を抱えるラース。以前までであれば、愛しさはあったであろう。けれどいまこうして見ると、こやつが本気で考えていないことは明らかだった。
どうでもいいのだ。
なにもかもがこやつにはどうでもよく思えているのであろう。
いま生きているのは、ただ暇だからなのだ。
目的を達成するための長くわずかな時を、暇で仕方がない時間をただ生きているだけにすぎぬ。
こやつはとっくの昔に死んでいるのだ。
ゆえになにを言っても心の奥底にまでは響かぬ。
だからこそわからないのであろうな。妾の怒りがどういうものであるのかを。
哀れではある。だがそれ以上の感情を向けることはできぬ。
「さて、私は行くとしよう。彼女のギルドに言伝てをせねばならぬし」
「せいぜい妾のせいにするがいい。実際妾が頼んだからであるからの」
「そうさせてもらうよ」
それだけを言ってラースは妾の部屋を出て行った。
その姿だけはかつてのそれと同じだった。
「さぁ、行こうか、お宝さん」
背中を向けてかつての奴は笑っていた。返り血に染まる顔で笑う奴は恐ろしくもあり、そして美しかった。
「タマモ。あなたのことは忘れない。だけど私のことは忘れてほしい。あなたの心にすむ資格なんて私にはないのだから」
視界が歪む。
頬が熱くなる。
頬を伝う熱を拭わぬまま、私は初恋と二番目の恋を同時に失った。
これにて第六章はおしまいです。
次回より第七章のはじまりです。




