Act6-108 シリウスとクオン
シリウスにお嫁さんができます←
リグディオンが砂漠を行く。
行きと同じで歩みはとてもゆっくりだけど、確実に目的地へと向かっていた。
目的地は「翼の王国」との国境だ。その「国境」との街に間もなくたどり着くらしい。
「ラスト」周辺の夜空はすでになく、頭上には憎たらしい太陽が幅を利かせています。
そう、俺たちはもう「ラスト」から遠く離れていた。
「もうじき「翼の王国」との国境の街アスモルドに着きます」
俺たちのリグディオンの前にはターバンとコートを身に付けた案内役がいた。
彼はリグディオンには乗らず、みずからの足でこの砂漠を歩いていた。
リグディオンはゆっくりと歩くけど、その脚は、常人では着いていける速さじゃなかった。
その速さに着いていくどころか、先頭を切っている。
それもそのはず、この案内役は人間じゃなかった。
その正体はケルちゃんさんの一族のひとりだ。つまりは人化の術が使えるケルベロスのひとりだ。
加えて言えば、国境付近を担当している人であり、俺たちにも馴染み深い人でもあった。正確には俺ではなく、シリウスとなんだけどね。
「そっか。もう着いちゃうんだ」
シリウスが耳と尻尾を力なく垂れ下げていた。その理由はシリウスの腕の中にいる。
「おわかれ?」
「わぅわぅ、仕方がないの」
「やだ」
「お姉ちゃんも寂しいけど、もともと住んでいる場所が違うんだよ」
「くぅん」
「……わぅ」
シリウスは腕の中にいる美幼女を抱き締めていた。
美幼女は以前のシリウスと同じ見目をしていた。すなわち灰色の髪と瞳の愛らしい女の子だ。その灰色の瞳はいま涙で濡れている。
シリウスの目尻にも光るものがある。お互いにわずかな間ではあったけれど、すっかりと仲良しになっていたから、別れを惜しむのは当然か。
この子はシリウスに懐いていたオルトロスの幼体、つまりは「妹ちゃん」だった。でもいまはオルトロスの幼体ではなく、グレーウルフにと進化している。
なんでオルトロスの幼体がグレーウルフに進化したのかは、俺にもよくわからん。いや、まぁ俺のせいみたいなんだけどね? シリウスに「妹ちゃん」の名前をつけてほしいと強請られちゃったんだ。
シリウス曰く、「この子が成長しても私にはすぐにわかる。でも名前がないのはかわいそうだもん」と言われてしまったんだよね。
俺自身、「妹ちゃん」は「妹ちゃん」のままでもいいんじゃないかなとは思っていた。
というか他人の子供に名前をつけるのは少々憚れたのだけど、シリウスがどうしてもと言うので、「妹ちゃん」の親御さん、ここまで案内役をしてくれたケルベロスさんに了承をえてから「妹ちゃん」に名前をつけてあげたんだ。その結果、「妹ちゃん」はグレーウルフに進化しました。
……ええ、大丈夫です。俺も意味がわからないから。
たしかにオルトロスの幼体であっても、狼の魔物であることには変わりないから、グレーウルフに進化したとしてもおかしくはないかもしれない。
けどさ? 普通オルトロスの幼体が進化しても、幼体から成体になるもんじゃないのかな?
オルトロス自体がケルベロスの幼体であるから、幼体の成体とかおかしことになってしまうけれど、普通幼体は成体になるもんだと俺は思うんだよね。
なのに「妹ちゃん」は名前をつけてあげたら、グレーウルフに進化しました。
……うん、やっぱりこうして考えても意味がわからん。
わからないけれど、「妹ちゃん」の親御さんはグレーウルフに進化したことを喜んでいたし、シリウスも「妹ちゃん」が自分のかつての種族になったことを喜んでいたね。
「ありがとう、パパ」
シリウスは嬉しそうに「妹ちゃん」を抱き締めていた。「妹ちゃん」は事情がよくわかっていなかったのか、不思議そうに首を傾げていましたけども。それからシリウスは「妹ちゃん」に人化の術を教えた。
「妹ちゃん」は憶えがよかったので、あっさりと人化の術を憶えてくれた。それ以来「妹ちゃん」は美幼女の姿のままで一日中過ごしている。
あ、ちなみに「妹ちゃん」の名前はシリウスたっての希望で、シリウスと同じ星の名前にしたよ。
せっかくなので、同じ冬の大三角の一角であるこいぬ座のプロキオンから名前を取りました。
けれどプロキオンじゃ女の子っぽくはない。むしろ男の子っぽい響きだった。
シリウスの場合は女の子であることを知らなかったから、シリウスと名付けたんだ。
でも「妹ちゃん」は女の子であることはすでにわかっているから、そのままにするわけにはいかなかった。
なのでプロキオンをちょっと捩って「クオン」にした。
まぁ、「クオン」でもまだ男の子っぽいけれど、女の子でもいそうな名前なので押し通すことにしたんだ。
で、そのクオンちゃんはいま大好きなシリウスお姉ちゃんの腕の中で泣いていますね。
シリウスもやっぱり泣いている。
もともとの種族はウルフとオルトロスの幼体という違いはあれど、進化したのはともに特殊進化個体であるグレーウルフという共通点があるからなのか、ふたりはまるで血の繋がった姉妹のように見える。
その姉妹を別れさせるのは、とても心が痛いが、こればかりはどうしようもないことだった。
「これ、クオン。泣いてばかりではならぬぞ?」
「でも、ぱぱ者」
「おまえがシリウス殿を姉のように思っていることは知っているが、シリウス殿にもおまえにもそれぞれの居場所がある。我ら一族は聖上のために存在する一族である。まぁ、おまえはケルベロスにはならなくなったが、それでもおまえが我らの血族であることには変わらぬのだ。血族としての使命を忘れてはならぬ」
「……はい、ぱぱ者」
クオンちゃんは灰色の尻尾をくるんとお腹に巻き付けながら頷いた。
クオンちゃんは目じりから大粒の涙を蓄えながら耐えようとしている。
クオンちゃんのお父さんも困ったような顔をしている。
クオンちゃんの家は「アスモルド」にある。
「ラース」にあるうちのギルドからもそこまで離れてはいないが、やっぱり大好きなシリウスお姉ちゃんと離れたくないようだね。
とはいえ、クオンちゃんを預かるわけにもいかないしなぁ。どうしたものかな?
「……クオン。帰りに会いに行くよ」
シリウスが穏やかな顔でクオンちゃんに話しかけた。クオンちゃんは顔をあげて「本当?」と尋ねている。
これから俺たちは「翼の王国」へ向かうわけだけど、「翼の王国」での厄介ごとが終わってもそのまま「ラース」へ戻るわけじゃない。
「翼の王国」へ向かうのは、デウスさんの依頼があったからだ。
だから「翼の王国」の厄介ごとが終わったら、まず「ラスト」へ戻って事の報告を終えてから、「ラース」に戻るということになっている。「アスモルド」は「ラスト」へ戻る際には必ず通る街だ。
だからクオンちゃんに会いに行くことはそんなに難しいことじゃなかった。まぁ、「翼の王国」の厄介ごと次第ではあるんだけどね。
でも泣き続けているクオンちゃんに本当のことは言えないしなぁ。
約束を破ることになるかもしれないけど、シリウスもそれをわかったうえでクオンちゃんを泣き止ませようとしている。
……ほんの少し前までは、シリウスもクオンちゃんみたいにかわいらしいわがままを言っていたのだけど、クオンちゃんと接しているうちに「お姉ちゃん」としての自覚が出てきたのかもしれない。
嬉しい反面少し寂しくもあるね。
「本当だよ。シリウス姉さまはクオンに嘘は吐かないから」
「……やくそくだよ?」
「うん、約束する。「翼の王国」でのお土産も持ってくるから、それまで待っていてくれる?」
「……くぅん、わかった」
「うん、いい子だ」
シリウスがクオンちゃんの頭を撫でている。
クオンちゃんは嬉しそうに笑っている。クオンちゃんのお父さんもほっと安心していた。
「やくそくやぶったら、クオンをねえさまのお嫁さんにしてね」
が、クオンちゃんの思わぬ言葉にクオンちゃんのお父さんの表情が固まった。
いや固まったのはクオンちゃんのお父さんだけじゃなく、俺もなんだけど、シリウスもクオンちゃんもすでにふたりの世界です。
シリウスったら「じゃあ、結婚するための指輪でも持ってくるね」とか言っていますし。
えっとシリウスちゃんや? あなたいつのまにそんなスケコマシになりました?
プーレとレアが「血の繋がりがないはずなのに、「旦那さま」との血の繋がりを感じます」とか言っていますけど、あえて無視します。いまはそんなことを言っている場合じゃなくてだね──。
「やくそくだよ、シリウスねえさま」
「うん、約束するね、クオン」
そう言ってシリウスはクオンちゃんのおでこにキスをしていた。
クオンちゃんはシリウスを恋する乙女のようなお顔で、頬を赤く染めて熱視線で見つめております。
「クオン、そんな早く婿を見つけなくても」
クオンちゃんのお父さんは嘆きつつも、俺をとても鋭いおめめで見つめられています。
「あんたのところの娘はどうなんっているんだよ」と顔に書いておられますが、そんなん知らんよ!
シリウスがこんなにもタラシだったとか思っていなかったもん!
「やっぱり「旦那さま」の娘ねぇ」
「はい、そっくりなのですよ」
プーレとレアは深いため息を吐いています。風評被害がひどい。けれどどうしてか反論できないです。俺は別にタラシじゃないよ。
でもそんな俺の嘆きを聞く人は誰もおらず、ただシリウスとクオンちゃんのイチャイチャする声を空しく聞くことしかできなかった。
シリウスとクオンのやりとりを書いていたら、いつのまにかそれだけで一話が終わっていた。
……めっちゃ楽しかったデス←ヲイ
とりあえず、次回で六章の本編はラストです。めいびー←マテ




