Act6-103 恋香(れんげ)
本日六話目です。
不思議な気分だった。
俺は「俺」であるのに、「私」でもある。
「俺」にはなかった、いや「俺」のままでは使えなかった力が、「私」であれば使える気がする。
いや使えないわけがない。
だってこの力は「お母様」が「私」に授けてくれた力。「俺」が使えるわけがない。
「俺」が使えるのは、「私」の力の片鱗くらい。
だから「私」が使えるのは当然であり、「俺」なんかでは使えるわけが──。
「あ~、もううるさい!」
頭の中でごちゃごちゃと抜かす変な声を黙らせる。
というかなんだよ、「俺」とか「私」とか。
二重人格じゃないんだから、そんな妙なことを言ってどうする。
そんなくだらないことをごちゃごちゃと抜かす暇があれば、現状の打破ですよ、打・破!
まぁ打破もなにもすでに終わっているわけなんですけどね?
なにせもうプーレは死なないもの。
代わりにそう簡単には死ねなくなってもいるんだけども。
俺もよくわからないんだけど、プーレは俺の「巫女」になったらしい。
らしいというのは、兄貴たちにだいぶ端折られて説明されてしまったからだ。
「プーレちゃんはいま「約定」を果たそうとしている。「約定」については、そのうちわかるから、気にするな」
「とりあえず、「約定」という枷のせいでプーレちゃんは死ぬことになったって覚えていりゃいい。「大回帰」はその直接の死因にしかすぎねえ。原因は「約定」のせいだ。そのプーレちゃんを助けるにはだ」
「彼女をおまえの「巫女」にすればいい。「先方」よりも先にな」
「「巫女」にしてしまえば、「約定」は破棄されるから、とりあえずの問題はなくなるな、あくまでもとりあえずは」
「まぁ、「先方」からはぶち切られるだろうが、そこは「旦那さま」として頑張れ?」
「……「先方」って誰?」
「「水の神獣」」
「神獣さまかよ!?」
という会話でしたね。
端折られての説明すぎて状況はさっぱりわからなかったけど、一言だけ言えるのは、どうにも神獣さまに喧嘩を売ってしまったということらしいですよ?
……ちょい切れのときのガルーダ様も怖かったのに、ぶち切れた神獣さまってどれだけ怖いんでしょうね。いまからびくびくですわ。
というか水の神獣ってことは、リヴァイアサン様か。
ホエールとかいう魔物を通して海の安全を担っている方を怒らせるとか、今後は海に近づけない気がしてならないんですけど。
でもまぁ──。
「あ、あの「旦那さま」」
愛しい人の命を助けられるのであれば安いものかな?
プーレは唖然としつつも俺をじっと見上げている。
ほんのりと染まった頬がかわいいね。
いやプーレがかわいくないとかありえないから、ある意味ではあたりまえですけどね?
いや、うん、あたりまえなんだけども──。
「あ、あの?」
「……ちょっと待ってね? キュン死しそうだから」
「きゅん?」
「……ごふっ」
「ふ、ふわわわ!?」
いかん。
どうしてか知らんけど、プーレが普段の十割増しくらいかわいいぞ!?
いまだって首をかしげる仕草が堪らなく魅力的で思わず吐血してしまうレベルだ。
もともとプーレは少し幸が薄そうではあるけど、美少女だった。
でもなんかその美少女っぷりに磨きが掛かっていませんかね?
シリウスとは別のベクトルで愛らしいですよ。
あぁ堪らない。
いまも「ふわわわ!?」って慌てている姿はまさに対俺専用の殺人攻撃!
なんなん?
プーレは俺を殺したいん?
毎秒ごとにキュン死しそうですわ。
というか、そのね?
めっちゃキスしたい。
そしてキスされたい!
……いかん、なにこの煩悩まみれな思考?
普段の500%増し(当社比)になっていませんかね?
え?
普段からあまり変わらない?
うっさいわ!
俺はこんな煩悩まみれな子じゃないもん!
もっとクールなナイスガールですもの。
『なぁにがクールなナイスガールですか? それは「私」にこそふさわしい言葉であり、あなたのような俗物にはふさわしくないです。さぁ、そこをどきなさい、「俺」よ。プーレとキスするのは「私」です!』
……なにやら毎日聞いているのに、いつもとは違う口調の声が、さっき脳内で響いていた声がまた聞こえてきますね。
『現実逃避している暇があれば、さっさとどきなさい! プーレとイチャイチャウフフするのは「私」の役目であってですね──』
『ふざけんなよ、この野郎!? どこのどなたかは、なんとなくわかりますけども!』
『え? わかるんですか? 「俺」のくせして生意気な。あなたは「私」のことなどわからずに怯えていればいいのに。あとは私がプーレとイチャイチャウフフフしているのを泣きながらかつ興奮していれば──』
『NTRとか勘弁してくれません? そういう性癖は俺にはない! NTRして成立するイチャイチャウフフフなど愚の骨頂です!』
『む。それはたしかにそうですね。イチャイチャウフフフはもとより自分の女とすることですし』
『うん。それな?』
『「俺」のくせにいいことを言いますね。というわけでそこをどいてください。プーレとの子作りの邪魔で──』
『だからふざけんなよ、この脳内ショッキングピンク!』
『しょ、ショッキングピンク!? そこは脳内ピンクでしょうに!』
『え? そこを突っ込むの?』
『それ以外のどこを突っ込めと?』
『……なんだ、この残念な人』
『残念度合いであれば、私よりもあなたの方が』
『いえいえ、お譲りいたします』
『いえいえ、ご遠慮なさらずに』
『いやいや』
『いやいや』
……うん。確信しました。この残念な脳内ピンクさん、俺だわ。
だからと言って、俺はここまで脳内ピンクではございません!
むしろ俺に脳内ピンクなところは皆無です!
俺は淑女です。
だからこんな脳内まっピンクとは一緒にしてほしくはありません!
『まっピンクとは失礼な。それよりもそこをどきなさい。プーレと子作りできないでは──』
『そんな物体Xは俺にはねぇ!』
『そんなのは気合いです!』
……うん。やっぱり俺だな、この人。
言っていることに親近感ががががが。
『まぁ、それはそれとしてだよ、脳内まっピンク』
『なんですか、脳内むっつり』
『誰がむっつりか。まぁそれはいい。よくないけど、いいよ。とりあえずあれだ。あんたも俺なんでしょう?』
『非常に遺憾ではありますが、その通りです。私はあなたであり、あなたは私です』
『半神半人としての力に目覚めたからか?』
『ありていに言えばそういうことですね』
『なるほど。で名前は?』
『必要ですか?』
『そりゃそうでしょう? 同じ「香恋」じゃわからんし、俺に違和感あるし』
『面倒ですね。でも一理ありますか』
脳内まっピンクではあるけど、話は通じるみたいだ。
正直これがどういう存在なのかはいまいちわからんけど、意思疏通できるのであれば名前があった方がわかりやすい。
『そうですね。では「れんげ」でいかがでしょう? 香恋を逆読みかつ宛字でれんげです』
『恋香ね。恋香がそれでいいならいいんじゃない?』
まぁ、俺にはその名を名乗る精神力はないが。
キラキラネームというほどではないけれど、わりと名乗るのは勇気がいる名前ですよね。
少なくとも俺はそう思うもの。
『そうですか? この字はお母様が選ばれたものなのに?』
恋香は理解できないという風に言う。
しかし香恋は母さんが考えた名前だったのか。
親父でなくてよかったとちょっぴり思ってしまったのは親父には秘密だ。
『さて、積もる話もあれなので、そろそろ交代を』
『だが断る』
『なぜですか!?』
恋香はそう言って騒ぎ出す。いくら騒がれようとも交代する気なんてさらさらないよ。
『いいじゃないですか、一晩くらい! 私だってプーレとギシギシアンアンしたいのですよ!』
『そのものずばりじゃなくなったからと言って、許すと思うなよ!? むしろその音でより一層許せなくなったわ!』
『なぜですか!?』
口調はとても丁寧なのだけど、恋香ってかなり残念な子だわ。
いろいろと物を知っていそうだけど、その分常識がかなり欠けている。
普通は他人の嫁とそういうことをしたいとか言いません!
まぁ恋香も一応俺だから、他人ってわけではないんだろうけれど、それでもダメなものはダメです。
『とにかくダメなものはダメ! そもそもプーレは俺の嫁なんだから、恋香は恋香で嫁を見つければいいだろう?』
『体がないのだから無理ですよ。だからちょっとくらい、ね?』
『ダメです』
『けちですね』
恋香は残念そうだったけど、どうにか退いてくれた。でもこいつ油断できないな。そのうち乗っ取られそうで怖いよ。
近いうちにこいつの体を作ってそっちに意識を移すとかしないといけないかもしれない。
できるかどうかはわからないけれど、俺半分神さまになったわけだし、やろうと思えばできるんじゃないかな?
まぁ、それまではこの面白おかしい同居人と仲良くしましょうかね。
『えー、嫌ですよ。香恋と仲良くスるとか』
『……そういう意味じゃねえよ』
かなり変態ではあるけれど、まぁ、これはこれでいいのかな?
そんなことを考えつつもプーレをしっかりと抱きしめながら、もう手放すことがないようにしっかりと抱き留めながらこれからのことに思いを馳せたんだ。
続きは十六時になります。




