Act6-100 折れ砕けても、また燃え上がる
本日三話目です。
プーレが死ぬ。
俺を助けるために死ぬ。
はっきりと言いきられた言葉に頭の中は真っ白になった。
真っ白になりながらも真っ先に思ったのは、「なんで?」ということだけ。
そう、「なんで?」だ。
なんで、プーレは俺を助けるために死を選んだのだろう?
そもそも俺を助けるためってどういうことだ?
俺は助けられなければならない状況にあるってことなのか?
毅兄貴たちに言われている意味がよくわからなかった。
「どういうことなの?」
やっとの思いで口にしたのはたった一言。それ以外の言葉は出てこない。
頭の中では疑問符のついた言葉が列をなしているというのに、口から出るのはたった一言。
でも、これでもかと気持ちがこもっていた。いやこもらずにはいられなかった。
「どうしてプーレが死ぬことになるの? ねぇ、どうして? どうしてだよ、毅兄貴! 和樹兄!」
「言ったはずだ。おまえを助けるためだと」
「それだけじゃわからないよ! なんで俺を」
「おまえが死にかけているからに決まっているだろう?」
毅兄貴が顔をしかめた。ひどく機嫌が悪そうだけど、そんなことはどうでもいい!
「死にかけているってどういうことだよ!? 俺はこうして──」
「おまえはいま死後の世界に片足突っ込んでいるって言っているんだよ、バカ妹!」
毅兄貴が叫んだ。思ってもいなかった言葉だった。
「致命傷を幾度も受けた。そして治療魔法を弾く特殊な呪いを受けた。いまおまえは通常の治療魔法では癒すことができない状況にある。どちらか一方であればなんとかなった。だが両方となると取れる手段は限られてしまう」
「だからこその大回帰だ。すべてをあるべき姿へと戻す究極の治療魔法のひとつのあれでしかおまえを助けることはできねえ。だからこそプーレちゃんは命を捨てるのさ。愛する人のため。香恋、おまえのためだけに」
兄貴たちの言葉は聞きたくないものだった。耳を塞ぎたいという衝動に駆られるものだった。
でも耳を塞いでも現実は変わらない。目を瞑っても事実は覆ることはない。
「俺のせい、なの?」
「いや、そんなことは」
「俺のせいじゃん。俺がプーレを殺すんだよ? 俺がまぬけなせいで、プーレは死ぬんだよ!?」
視界が歪んでいた。歪む視界のまま、叫んでいた。
「……香恋」
和樹兄が悲しみで表情を歪ませる。本当に和樹兄は優しい。いつも俺のことを気遣ってくれる。
だけど、いまはその優しさは俺の心を抉る刃にしかならない。
「どうしてだよ。どうして俺は誰も守れないんだ!? どうしていつも守ると決めた人を助けてあげられないんだ!」
モーレもカルディアも守ると決めた。なのに俺は逆に守ってもらった。
どうしてだ? どうして俺はいつも守りたい人を守れないんだ?
どうして俺は大切な人を目の前で喪ってしまうんだ!
「俺がいるからなのかな?」
「え?」
「俺なんかが生きているから、みんな死んじゃうのかな? あははは、そうだよ、俺が死ねばみんな──」
「香恋、それは違う! おまえは──」
「こんの、バカ野郎が!」
やけになって笑うと、毅兄貴の拳が頬に突き刺さった。
体が回転しながら地面を何度もバウンドして数メートル転がされた。
「兄貴! やりすぎだぞ!?」
「うるせえ黙っていろ、和樹!」
本気の拳だった。
本気で毅兄貴に殴られてしまった。
「てめえ! ふざけたことばかり抜かすな! プーレちゃんはてめえを助けるために命懸けているんだぞ!?」
「プーレのことをなにも知らない毅兄貴になにが──」
「ああ、そうだ。俺はなにも知らねえよ。プーレちゃんのことはなにもわからねえ。この子がどういう子なのかもわからないし、どうしててめえなんざに惚れたのかもわからねえ」
「なら」
「だがな。この子がおまえをどれだけ愛しているかくらいはわかるわ!」
「なんで」
「なんで? アホか、おまえは! 普通に考えりゃわかるだろうが! どうでもいいと思っている奴のために自分の命を懸けようとする奴なんているわけがねえだろう!」
「それは」
「なのに、生きているからみんなが死ぬ? 死んでしまえばいい? ふざけんじゃねえ! てめえが言ったことはな、プーレちゃんの覚悟に泥を塗るようなもんだ! 惚れた女の気持ちを踏みにじる最低な行為だって言っているんだよ、このボケ!」
唾を飛ばしながら毅兄貴は激昂していた。でも言われていることは間違っていないことだった。
俺が口にしたことはプーレの想いを踏みにじるようなものだ。たしかに最低な行為だ。
だけど、だけどさ──。
「なら、どうすればいいんだよ! どうすればプーレを助けられるんだよ! もうやだよ、目の前で大切な人が死んでいくなんて、もう見たくないよ!」
モーレもカルディアも俺のために命を懸けた。
そしてプーレもまた命を懸けた。
俺のために自分の命を捨てようとしている。
もうやだよ。もうそんなことは見なくないんだ!
ぬくもりが消えていく体を抱き締めながら泣くなんて、もう嫌なんだよ!
「だから死ぬのか? もう味わいたくないから?」
「だって、嫌だもん。もうあんな悲しみはもう嫌なんだもん。あんなのをまた味わったら、壊れちゃうよ。俺が、「わたし」が、「わたし」でなくなっちゃうもん!」
「……香恋」
和樹兄が痛ましそうに見ている。それでも「わたし」は言わなきゃいけないんだ。もうあんな悲しみは──。
「逃げるな、香恋」
毅兄貴が「わたし」の襟首を掴む。さっきまでとは違う。怖い顔をしているけど、声はとても優しかった。けど言っていることは辛辣だった。
「逃げてなんて」
「いや、逃げているよ、おまえは。自分が辛い目に遭いたくないから、もう悲しい目に遭いたくないから、逃げようとしている。……おまえがこの半年で経験したことは辛いことだっただろうな。心がぼろぼろになってしまうことだっただろうな」
毅兄貴が「わたし」を抱き締めてくれた。温かい。すごく温かい。どこか寒々としていた心が暖まっていくのがわかる。涙かこぼれてしまいそうになる。
「でもおまえはそれでも逃げちゃならねえ。逃げちまったら、おまえはおまえを守ってくれた人の命を無駄にしてしまう。その命を汚してしまう。だから逃げちゃダメだ。どんなに心がぼろぼろになっても立つんだ。立って戦え。俺の妹は、俺の自慢の妹はそれができる子だ。違うか、香恋?」
毅兄貴は笑った。
毅兄貴らしい笑顔だった。
その笑顔に、その言葉に心の奥から音がした。なにかが燃え盛る音が聞こえてきたんだ。
続きは九時になります。




