Act6-97 愛するあなたへ捧げる歌
「旦那さま」は呪いに蝕まれているようです。
お師匠も言っていました。呪いは治療魔法とは相容れぬものだと。その相容れぬ呪いに「旦那さま」は侵されているそうなのです。
でもどんなに呪いを浮けようとも治療魔法を使い続ければどうにかなりそうだと思うのです。でもレア様は静かに首を振られました。
「そんな簡単なことですめばいいんだけどね」
レア様の表情はとても暗い。レア様らしからぬお顔でした。まるでどうしようもないと言っているかのように思えてならないのです。
「論より証拠ね。プーレちゃん、もう一度「治癒」をお願い」
「はい」
言われるままに「治癒」を使いました。「治癒」の光が「旦那さま」の体を包み込みましたが、その光は滞るばかりで「旦那さま」の体を治すことはありませんでした。
「……やはりね。この呪いは治療魔法を弾くみたい。致命傷を与えて確実に対象者を殺す呪い。さしずめ「確殺呪」というところかな?」
「「確殺呪」」
効果自体はそこまですごいものではありません。
けれど致命傷を負わされてしまえば、その傷を癒すことができない。
たしかに確殺呪と呼ぶにはふさわしいものなのです。
もしかしたら「活性」がダメージを与えたのも、その呪いのせいなのかもしれません。
「その呪いを「旦那さま」はいくつも体に受けている。これじゃ」
レア様が俯かれました。なにを言われようとしていたのかは明らかでした。
「パパ、助けられないの?」
シリウスちゃんがその場に座り込みました。呆然とした顔で目には光がなくなっていました。
「……助けられます。いえ、助けます。助けてみせます!」
シリウスちゃんの声に誰も答えない。けれど私は諦めません。諦めてたまるもんか!
「傷を癒せ、「治癒」!」
治療魔法を弾く? なら弾けなくなるまで治療し続ければいいだけなのです。
何度だって治療し続ければいい。
「旦那さま」をお救いできるまで魔力が、いえ、私の命が続く限り治療を使い続ければいいだけなのです!
「「治癒」、「治癒」、「治癒」!」
口の奥から血の味がしました。けれど「治癒」を使い続ける。魔力はとうに尽きている。血の味がしているのは、魔力ではなく命を使っている証拠でした。
それでも私は「治癒」を使い続けました。でなければ「旦那さま」をお救いすることができないから。だから私は──。
「届いて、「治癒」!」
私は必死に「治癒」を使う。
けれど何度使っても呪いは「治癒」の光を弾き続ける。
「治癒」じゃダメなんだ。たぶん「快癒」でも同じ。
「活性」でもダメなのだから、それ以下の魔法ではなにをしても無駄なんでしょう。
だからと言って諦めるわけには──。
『諦めなくても大丈夫だよ、プーレ』
声が聞こえてきました。「あの方」の声なのです。
『僕が力を授けよう。そうすれば君の「旦那さま」は助かるよ?』
『本当なのですか?』
『ああ、もちろんさ。ただし条件があるよ』
『条件?』
『「約定」を果たせ。それで君に力を授けよう』
「あの方」が提示した条件。それは「アクスレイア家」が「あの方」と結んだ契約でした。私自身「あの方」に教えてもらうまで知らなかったもの。
でもそれは「旦那さま」との別れを意味するものでした。だけど──。
『「約定」を果たせば、「旦那さま」を助けられるのですか?』
『僕は冗談を言っても嘘は吐かないよ。特に「アクスレイア家」の者とはね。さぁ、どうする? プーレ』
『……「約定」を果たすこと、ここに誓います』
『ずいぶんとあっさり決めたね?』
『この命を懸けることはすでに決めていたのです』
『ほう?』
『私は私のすべてをこの人に捧げているのです。だからこの人を助けるためであれば、この命燃やし尽くしても構いません』
『……僕が言うことじゃないけどさ、本当にいいんだね?』
『お願いいたします。どうか、この命を以て』
『よかろう。では、そなたに究極の治療魔法を授ける。受け取るがいい。そして理を歌え、プーレリア・フォン・アクスレイア』
「あの方」のお声はそこで聞こえなくなりました。
代りにとても大きななにかが私の中で生じた。
まるで体の内部が爆発しているかのような奔流。圧倒的なエネルギー。そして浮かび上がるのはいままで知らなかった一節。その一節を私は歌った。
「海よ、大地よ、そして空よ。我は紡ぐ。我は祈る。我は癒す。たとえこの命を燃やし尽くそうとも、たとえこの命が一度の輝きとなろうとも、たとえこの身が滅び去ることになろうとも。我は紡ごう。我は祈ろう。我は癒そう。我が愛おしき者、その命を我は救わん。大いなる海神よ、この言の葉を、この祈りを、この想いを聞け」
「ぷ、プーレちゃん、なぜその魔法を知っているの!? それは禁忌の──」
レア様の声が聞こえる。でも私は止まらない。止まる気なんてない。
だって私は「旦那さま」を助けるのだから。もう一度その笑顔を見たい。だから私は──。
「生きてください、「旦那さま」」
私は力を振り絞って、その名を紡いだ。
「究極治療魔法「大回帰!」
あなたを助けます。この命を燃やし尽くしても。あなただけでも助けたい。だって私は──。
「あなたを愛しています、「旦那さま」」
歪む視界の中、私は最愛の人に向かって精いっぱいの笑顔を浮かべるのでした。
続きは今夜十二時です。




