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Act6-96 呪い

「プーレちゃん、「旦那さま」は!?」


 レア様が駆け寄ってくる。いまだお体は蛇身のままでしたけど、誰もがそんなことを気にしている余裕はないのです。


「レンさん、しっかりしてください、レンさん!」


 駄メイドさんが「旦那さま」をお呼びしている。けれど「旦那さま」はなにも答えませんでした。それどころか目さえも開けてくれませんでした。


「パパ! 目を、目を開けて、パパ!」


 シリウスちゃんが元の大きさに戻って「旦那さま」のお体を揺さぶろうとする。それを私は慌てて止めました。


「ダメ! シリウスちゃん、「旦那さま」には触れちゃダメだよ!」


 つい大きな声が出てしまい、叱りつけるような言い方になってしまいました。でもそうしないといけない状況だったのです。シリウスちゃんはびくんと体を震わせ、恐る恐ると私を見つめていました。


「プーレ、ママ?」


「いまは触れちゃダメなのです。それだけで致命的なことになりかねないのですから」


「でも」


「プーレママに任せて」


 シリウスちゃんと目線を合わせて笑い掛ける。シリウスちゃんは唇を噛みしめながら、静かに頷いてくれました。


「プーレちゃん、お願いしますねぇ~」


 サラさんは手を組み、まるで祈っているかのようでした。状況はどう見ても最悪です。


 でも誰ひとりとて「旦那さま」のご無事を祈っているのです。私が諦めるわけにはいかないのです。


「プーレちゃん、お願いね」


 レア様がすがるようなお顔で私を見つめられていました。その気持ちは痛いほどわかるのです。


 だって私とレア様は同じ人を、「旦那さま」を愛しているのですから。


「任せてくださいなのです」


 なにができるのかはわからない。わからないけれど、「旦那さま」の治療を私は始めました。


 まずは脈の確認です。


 「旦那さま」の手を取り、手首に指を当てる。


「旦那さま」のお顔は蒼白なものとなっている。


 あたり一面は血の海が広がっているけれど、致死量の血が流れて出てしまったわけではないはずなのです。


 いえ、流れ出てしまっていないでほしかった。


 手首に指を当てると脈はほとんど感じられなかった。けれどたしかに、そう、ほんのわずかに脈があったのです。いまにも止まってもおかしくないほどに弱々しい脈があったのです。


「……ずいぶんと弱々しいのです。でもまだ脈はあるのです」


 私の言葉にみなさんは喜びました。でもレア様だけは難しい顔をされていました。


「……まだ脈がある。でもそれはいつ止まってもおかしくないってこと?」


「……残念なことですけど、その通りなのです。でも、なんとかなるかもしれないのです」


「活性」ではかえってダメージが出てしまいます。さっきもそれで「旦那さま」はダメージを傷を負ってしまったのです。


「「活性」は便利だけど、時と場合による」


 お師匠が教えてくれたことの中に、そんなお言葉がありました。教えてもらったときはどういうことかはわかりませんでしたが、あれはこういうことだったのでしょう。


「「活性」では「旦那さま」は助けられないのです」


「活性」は私が使える治療魔法の中で一番効果が高いものですが、この状態ではきっと逆効果になります。いまするべきなのは、「活性」ではなく、違う治療魔法を使うこと。となれば──。


「命の源よ。我が命の一滴を糧に、その輝きを見せよ。「命輝」」


 親指を咥え、表面を噛みちぎる。あふれ出す血を「旦那さま」のお体へと垂らし、治療魔法「命輝」を放つ。


「命輝」の効果は命の源である血を新しく作り出すものです。ただそのためには媒介として、使用者の血が必要でした。


 血は一滴でも事足りますが、念のために数滴ほど使いました。


 お師匠が言うには人の血は、複数の種類があり、同じ血でなければ輸血をしても意味はないということでした。


 ただ「命輝」を使用すれば違う種類の血であっても、問題なく作用するらしいのです。


 私自身まだ「命輝」は使ったことがなかったのですが、うまく発動してくれたみたいです。


 でも血を作りだしても傷があってはどうしようもないのです。だから同時進行で「治癒」を連続で発動させます。


「治癒」ではなく、その上位にある「快癒」の方を使いたいのですが、「命輝」に思った以上に魔力を持って行かれてしまい、「治癒」を使うしかありませんでした。


 加えて言えば「活性」を何度も使った弊害がいま出てしまっているのです。


 正直気が飛びそうですけど、それでも「旦那さま」を救うためならば、これくらいのことは──。


「プーレママ、ダメ、パパが!」


 シリウスちゃんの声に「旦那さま」を見やると、「旦那さま」のお顔は青白いままでした。それどころか「治癒」で治しているはずの傷が塞がっていないのです。


「なんで?」


 たしかに大きすぎる傷ではあります。けれどさっきのように胸に剣が突き刺さっていたわけではないのです。なのになんで治療魔法の効果がないのでしょうか。


「……これは呪いか?」


 聞いたことのない声が聞こえてきました。顔をあげると、そこには毛皮を鞣して作った服を身に着けた男の人が立っていたのです。


「えっと」


「俺は鬼王マモンだ」


「お、鬼王さまですか!?」


「そんなことはいい。プーレさんだったな? カレンさんの胸の傷あたりがどうにもおかしいようだが」


 まさかの鬼王さまのご登場でした。


 なにか言うべきなのでしょうけど、鬼王さまは挨拶よりも「旦那さま」の傷の方を心配されていました。


 目を凝らしてみるとたしかに「旦那さま」の胸の傷はおかしかった。


 血に塗れていますが、よく見ると胸の傷が黒く変色しているのです。


「これは?」


 初めて見る症状なのです。こんな傷は初めて見ました。


「おそらくは呪いだと思うが。こんな呪いは初めて見たぞ。レア姉は?」


「……私も初めて見る。こんな呪い、存在したのね」


 鬼王さまの言葉にレア様も傷口を覗き込むと息を呑まれました。「旦那さま」の傷は呪いに侵されているみたいです。

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