Act0-64 とある守備隊隊員の話 その二
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「アルカ。蛇王さまに隠し子など、不敬にもほどがあるぞ」
大門の警備には、自分と隊長がつくことになった。
本来隊長は詰め所で構えているべきだとは思うが、この隊長は変わり者で、指揮官こそ、前線に立つべきだという考えがあるようだ。
指揮官は、後列で指揮をしていた方がいいと思うのだが、そういう考えが、この隊長にはない。
本当に変わり者だ。
もっともあの件があるまで、蛇王に悪態を吐くなんて、大それたことをしていた自分が言うことではない。
似た者同士と言える。それもまた無理もないことなのだが。
「わかっていますよ、姉さん」
隊長と自分は姉妹だった。
義理の姉妹というわけではなく、血の繋がった実の姉妹だ。
変わり者の姉の妹だからこそ、自分も蛇王に悪態を吐くなんて、大それたまねをしていたのだろう。つくづく変な血筋だとは思う。
いま思えば、蛇王も隊長の妹だからこそ、名前を憶えていてくれたのかもしれない。
だが、名前を呼ばれたことは事実だ。
笑顔を向けていただいたことも。そして頭を撫でてくださったことも、すべて事実である。
あの感動はいまでも忘れられない。
不敬なるこの身が、蛇王さまに触れてもらえた。
両親に言ったら、泣いて喜ばれたほどだ。
姉も喜んでくれたが、嫉妬されてもいた。それもまた自分にとっては、これ以上とない快感となっていた。
その蛇王の片腕であるコアルスからの指示。
コアルスからの指示は、基本、合理的なものだ。
たまに無茶な指示もあるが、大きな目で見れば、そうするしかないということもわかる。
ただ今回の指示は、たぶんコアルスの考えによるものではないだろう。
なにせ、合理的なことはなにひとつないのだ。
むしろ不可解しかないことだ。
こういう指示が出るということは、その指示を出したのは、間違いなく、蛇王だろう。
蛇王の考えを理解することは、自分にはできない。
それは姉も、いや、おそらくはコアルスでさえ、理解しきれないだろう。
それほどまでに、蛇王の考えは、ある意味突飛なものだった。
しかし突飛でありながらも、たしかな理由が存在し、そして確実に成果がある。
今回の指示もなにかしらの成果があるからこそのものなのだろう。
それがどういうものなのかは、自分には理解できないことではあるが、蛇王の考えを忖度すること自体が、不敬だった。
むしろ忖度するよりかは、完璧に遂行することを考えるべきだろう。
蛇王さまの指示を完璧に遂行すること。それがいま自分たち姉妹に託された使命である。
姉も小狡いものだ。
コアルスの不可解な指示が、蛇王からの指示だということに気付いていたのだろう。
たぶん、他の隊員のうち、何人かは気づいているだろう。
だが、配備に関しては、隊長である姉が決定権を握っていた。
ゆえに守備隊の隊員は、隊長である姉の決定を覆すことはできない。自分はそのおこぼれをいただく形になっている。
「今回は、蛇王さまにどうお褒めいただけるのでしょうね、姉さん」
「さて、な。実際に蛇王さまのご指示かどうかもわからぬ」
「確信しているくせに」
笑うと姉もまた笑っていた。
あまり大声で笑うと、他の守備隊の隊員に怪しまれるし、仕事中に隊長みずからが私語をするのもどうかとは思う。
だが、明日の朝のことを考えれば、姉が私語をしてしまうのも無理はなかった。
かく言う自分も、明日の朝が楽しみであるのだ。
今度はどう褒めていただけるのか。考えただけでも、興奮してくる。
「ん? あれか?」
姉が目を細めて言う。見れば、小柄な体格をしたふたり組が向かってきていた。
おそらくは、あのふたりが、コアルスの言っていた少女ふたりなのだろう。
暗がりだから、顔は見えない。
いや、ふたりとも顔を隠していた。
ひとりは、エプロンドレスのようなものを着て、頭になにかしらの布をかぶせて、俯いていた。
もうひとりは、フードのついた、真っ黒なロープを身に着けている。
フードのおかげで顔はちゃんと見えないが、両方ともたぶん少女だろう。体つきが男ではない。
ずいぶんと対照的な服装だった。
「……逃避行ですかね?」
「かもしれん」
服装から察するに、どこかのお屋敷勤めの少女と一緒に逃げようとしているのだろう。
同性愛というものを、否定する気はない。
恋愛なんてものは、当人同士のものなのだから、他人が騒ぎ立てるのは、筋違いだろう。
当人同士が納得しているのであれば、それでいい。
とはいえ、それでも騒ぎ立ててしまうのが、恋愛の持つ不思議さなのだろう。
とにかく、これで事情は理解できた。
「逃避行の手伝いですかね」
「であろうな。まぁ、いい。見たところ、人族同士だが、若いふたりのこれからの幸福を思えば、一肌脱ぐのもありだろうさ」
姉がため息混じりに、通用門を開ける。
ふたりの少女は驚いた顔をしているが、通れと示すと、ロープを身に着けた少女が、頭を下げた。
エプロンドレスの少女は、なにがなんだかわからないという風ではあったが、ロープの少女に手を引かれて、通用門を駆け抜けていく。
ふたりの少女が通用門を潜り、暗がりの道を駆け抜けていくのを見届けてから、門を閉めた。
「お褒めいただけますかね? 姉さん」
「……無理だろうなぁ。この程度のことで、お褒めいただけるとは思えぬ」
「ですよね」
「だがまぁ、若いふたりの幸福の手助けをしてやれた、と思えばいいのではないか?」
「幸福とさきほどから仰っていますが、本当に幸福になれますかね?」
「それこそ、私が知ることではないよ。あとは、あのふたり次第であろうさ」
少女ふたりの逃避行の手伝い。
悪いことというわけではないだろうが、あまりにも簡単すぎる内容だった。
この程度で褒めてもらえるとは思えなかった。
姉は、幸福の手伝いをしたと思えばいいとは言ったが、はたして本当にふたりが幸せになれるのだろうか。
人族の少女ふたりが、出奔して幸せになるなど、不可能だろう。
どう考えても、魔物の餌になるだけだ。
よくて、盗賊に襲われて、売り飛ばされるかだ。
なんの後ろ盾もなく、少女ふたりが「魔大陸」で生きていく。
どれほどまでに、過酷なことなのか。想像するまでもない。
それでもなお、蛇王はあのふたりを出奔させた。らしいことだった。
想い合うのであれば、この程度の障害など、乗り越えてみせろ。
言葉にして言えば、そういうことなのだろう。
本当にあの方らしいことだ。
まぁ、あの調子であれば、問題はないだろう。
どんなことがあっても、乗り越えられるはずだ。ただ気になることがあった。
「ところで、姉さん」
「うん?」
「ロープの少女は、どこかで見覚えがあるような気がするのですが」
「ああ、それは私も思ったな。どこかで見た記憶があるんだがなぁ」
そう、ロープの少女は、フードで顔を隠していたが、どこかで見憶えがある気がする。
だが、どうにも思い出せなかった。
「まぁ、思い出せないのであれば、それでいいのではないかな?」
「そうですね。思い出せないってことは、大したことではないのでしょうし」
本当に大切なことであれば、思い出せるはずだ。
それができないということは、大したことではないのだろう。たぶん、何度か街中で見かけたという程度だろう。
「さて、では、このまま朝まで見張りだな」
「お褒めいただけないのに、面倒ですね」
「それを言うな」
姉がため息を吐いた。同じくため息を吐きながら、誰もいない大通りをじっと見つめ続けた。




