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Act6-94 絶体絶命

 恒例の土曜日更新です。

 まずは一話目です。

 文字通りの絶体絶命ですね。

「旦那さま」が私によりかかられている。


 普段であれば、「旦那さま」によりかかられただけで胸が高鳴った。


「旦那さま」はいつもノゾミさんと一緒にいられることが多いので、私がこうして「旦那さま」によりかかられることなんてなかった。


 けれどこうしてよりかかられても、私の胸はまるで高鳴りはしなかった。


「旦那さま」への想いがなくなったわけじゃなく、単純にそんなことを考えている余裕がなかったから。だって「旦那さま」は──。


「よかったぁ」


「旦那さま」は小さく、それこそ虫の羽ばたきのような小さい声で言われました。


 いつもの「旦那さま」では決して出さない声量でした。


 いつもの「旦那さま」の声量はもっと大きい。


 でも大声というわけではなく、どこか安心できるような声。この人のそばにいられれば、なにも心配はいらないと思える声。


 だけどいまの「旦那さま」の声にはそんな安心感はかけらも存在していなかった。


「「旦那さま」、ダメ、ダメなのですよぉ!」


「旦那さま」の呼吸はいま止まっても不思議じゃない。呼吸が止まってしまってもおかしくないほどに、とても弱弱しい。


「「旦那さま」、「旦那さま」!」


 体を揺さぶるわけにはいかない。


 黒い騎士の剣はいまだ「旦那さま」の胸を貫いていた。


 いま下手に動かせば、それだけで助けることはできなくなる。


 いまできる最善は声を掛け続けることだけ。そう声を掛けることしかできないのに──。


「聞こえているよ、そんなに名前を呼ばなくてもいいよ」


 力なく「旦那さま」は笑われている。


 お顔はとても青白い。


 血が抜けている証でした。


 見れば「旦那さま」の胸からは、胸を穿った剣からは紅い血が滴り落ちていた。


 傷が塞がっていない証拠であり、いますぐに傷を塞がないと危険だった。


 けれど傷を塞ごうにもいまの私にはそんな上級の治療魔法なんて使えない。


 けれどこの場には私しかいない。


 目の前の黒い騎士は呆然としている。


 呆然としながら剣を握ったまま、一向に動こうとしていない。


 まるで信じられない光景を見たかのように。その体は静止していた。


 だからと言って、黒い騎士を無視するわけにはいかない。


 この騎士がいるかぎり、「旦那さま」の治療をすることは叶わない。


 治療をしようとしたところを襲われかねない。


 だからと言って「旦那さま」を見殺しになんて絶対にできない!


「癒しの力よ、その力を以てその身を癒せ」


 治療魔法の中級「活性」、私が使える一番効果の高い治療魔法。


 自己治癒力を一時的に高めて、傷を治す魔法。


「活性」を使えるようになってはじめて治療師を名乗れるようになる。私はそうお師匠に教わりました。


「「活性」をもう使えるようになるとは。プーレは本当に天才肌だねぇ」


 お師匠は嬉しそうに笑っていました。笑っていたけれど、その笑顔はとても怖かったのは置いておくのです。いまはそんなことを言っている場合じゃない。


「プーレ。逃げて」


「活性」を使い、「旦那さま」のお顔の色は少しだけよくなりました。でもすぐにその口からは大量の血を吐き出されました。


 ダメなのです。「活性」を使ったことでかえって体にダメージが出てしまっているのです。


 自己治癒力をどんなに高めたところで、胸に大穴が空きっぱなしじゃ意味はないのです。


 それでも私が使える一番効果の高い治療魔法なのです。「活性」に懸けるしかありませんでした。


「癒しの力よ、その力を以てその身を癒せ!」


 ありったけの魔力を込めて「活性」を放つ。


 意識が少し遠ざかりそうになりましたけど、私がいま意識を手放したら「旦那さま」がどうなるかなんて考えるまでもないのです。


「俺のことは、いいから」


「癒しの力よ!」


「旦那さま」の呼吸は徐々に小さくなっていきます。


「活性」がなんの意味もない。「ラスト」で筋肉さんたちに使ったときは、瞬く間に治すことができたのに。


 どうして「旦那さま」には無意味なの? 


 治療魔法なら、胸に大穴が空いていたってどうにかするべきなのです。


 でなければ治療魔法なんて、なんの意味もないじゃないですか! 


 大好きな人を助けられないのであれば、私の力になんて意味はないのですよ。


「逃げて、プーレ。君だけでも逃げろ」


「旦那さま」は震える手で私の体を押した。


 思わずよろけてしまうほどに強い力でした。


 私によりかかる形でしか立つことができなかったというのに、そんな状態で私を押してしまえば──。


「ごほっ」


「「旦那さま」!」


「旦那さま」の胸に刺さっていた剣が抜ける。


 同時に「旦那さま」は吐血されてしまいました。


 いままでは胸を貫いた剣がかえって栓となっていたのです。


 その栓が抜け出せば止まっていた血が一気にあふれ出してしまう。


 実際「旦那さま」の胸からはおびただしいほどの血が溢れていきます。「旦那さま」の命が溢れだしていく。


「大丈夫だよ。俺は死なない」


 震える腕で「黒狼望」を「旦那さま」は振り抜かれました。


 黒い騎士はとっさに後ろに飛んで避けましたが、兜の一部を「黒狼望」は切り裂きました。


 黒い騎士はとっさに顔を隠しました。


 切り裂いたのはちょうど目の部分。その一部が欠けたことで黒い騎士の目が、赤い瞳が露わになりました。


「一矢報いたぞ」


「旦那さま」が笑いながら「黒狼望」を掲げ、そして四方からお腹を剣が貫きました。冒険者のみなさんと戦っていたほかの黒い騎士たちが「旦那さま」を攻撃したのです。


 血が舞う。「旦那さま」の体から血が噴きだし、舞っていく。その血を頭から浴びながら、私は叫ぶことしかできませんでした。

 まさしく絶体絶命のピンチになった香恋でした。

 続きは二十時になります。

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