Act6-91 パパいじめはダメなんだからね!(Byカレン
タマちゃんはここ最近元気がなかった。
そんなタマちゃんを慰めようと一緒に回っているのだけど──。
「おぉー!すごい、スゴいですよ、レンさん!」
タマちゃんははしゃぎながら、お祭りを楽しんでいるみたいだった。……あくまでも見た目は、だけど。
「ほら、見てくださいよ! 射的がありますよ、射的! ここは超絶スナイパーと言われたボクの腕を見せてあげるのです!」
タマちゃんは射的の屋台を見つけると突撃していく。
たしかに見た目は射的だ。落とすための景品はある。あるけれど、肝心のコルク銃がなかった。
この世界での射的はコルク銃を使わない。そう、この世界での射的は──。
「あれ? 銃がないですよ?」
タマちゃんはキョロキョロと辺りを見回すも、目的の物はなかった。
屋台のお兄さんも銃を探すタマちゃんを見て笑っていた。
「コルク銃はないよ」
コルク銃を使う射的も一応はこの世界にもあるらしい。
まぁ異世界人がコルク銃を一から作って広めたという話だけど、詳しいことは俺も知らない。
ただこの世界の一般的な射的は、元の射的とは別物と化しているんだよね。
「それじゃあどうやって──」
「この世界だとコルク銃ではなく、魔法で落とすんだよ」
タマちゃんの隣に立って、料金を払う。料金は十回挑戦で銅貨十枚だ。
「毎度」と屋台のお兄さんが「十」という表示がされているカウンター付きの腕輪を渡してくれる。
この腕輪をどちらかの腕に着けて、魔法を放つ。
魔法はどの属性でもいいけど、初級魔法しか使っちゃいけないというルールだ。
魔法を一回使うごとに、カウンターの数字が減っていって、ゼロになった時点で終了というのがこの世界の基本的な射的のやり方だ。
「へぇ~、魔法がある世界はそんな感じなんですね」
タマちゃんは感心したように俺が着けた腕輪を見つめている。
「パパ、勝負だよ」
俺の隣にシリウスが立ち、屋台のお兄さんに銅貨十枚を渡していた。
「ほほう? 小生意気なことを言いよるの、シリウスちゃんや」
「いままでの借りを返すの」
「ふふふ、戯れ言を。こてんぱんにしてやるわ」
「今回は負けないもん」
シリウスの目に闘志が宿る。そう、シリウスとはこの射的で以前に勝負をしていた。
「エンヴィー」と「プライド」の両方で戦い、俺の全勝です。
当時はまだグレーウルフだったこともあり、うまく魔法を使えなくて俺に完敗していたんだよね。
涙目になりながら、魔法を放つシリウスのかわいいこと、かわいいこと。
おかげでついつい本気でやってしまい、結果──。
「ぱぱ上なんて嫌いなの!」
泣きながら拗ねさせてしまったもの。拗ねたシリウスを希望が抱っこしながらあやしていたのは言うまでもありません。
「あんた、大人げなさすぎ」
希望はシリウスをあやしながら、呆れていましたね。
でもあれは仕方がないんですよ。
だって涙目のシリウスがめちゃくちゃかわいいかったんだもん。
嫌いなのとか言いつつも、「ぱぱ上のことは嫌いなんだろう?」と言うと、やっぱり涙目になっていましたね。
うん、あれはかわいかったなぁ。本当にうちの娘はかわいすぎて困るね。
「……レンさん、それはさすがにひどいような」
「愛情表現ですよ」
「……愛情表現?」
タマちゃんの笑顔が固まっている。なぜにそんな固まった笑顔なんてしているんだろうね。
そんなタマちゃんを置いてけぼりにして、シリウスは淡々と魔法で景品を落としていた。
って、あれ?
「し、シリウスちゃん? なんか魔法の操作がお上手になっていませんかね?」
つい数ヵ月前までは、「球」系の、それもミミズのような細くてのろのろとした「球」系しか使えなかったはずなのに、いまや「球」系の魔法ではなく、「球」系の魔法をいくつも組み合わせただろう緑色の狼が景品に向かって貪欲に駆け抜けていく。
しかも狼は回数分以上、十匹は軽くいた。
シリウスをまるで守っているかのように出番が来るまでは、伏せて待っていた。
それもすべての狼がだ。ずいぶんとお利口さんなワンちゃんですね。
たださ、ひとついい?
「いつからそんな魔法を?」
声が自然と震えていた。
だってさ、明らかに俺に勝ち目ないよね?
シリウスが使役しているワンちゃん方、百発百中だもんよ。外れることなく、景品に食らいついているもの。
食らいつくと言っても、景品をボロボロにしているわけではなく、単純に的を外すことなく当てているってだけのことなんだけどね。
とんでもない命中率です。
俺はいままでの二回でだいたい八割くらいの命中率だった。
がシリウスは明らかにパーフェクト達成しそうな勢いです。どう考えても勝ち目ないんですけど?
「レアママに教えてもらったんだ」
にっこりと笑うまいどーたー。その笑顔の先にはまいわいふことレアが、これまたにっこりと笑って親指を立てております。
あー、レアに教えてもらったのか。だから「炎蛇」とか「蛇水流」とかにそっくりなわけか。
レアの場合は蛇だったけど、シリウスは狼になるのね。
……うん、もうひとついいかな?
「これ、ルール違反じゃないんですか!?」
ルール上は初級魔法だけのはずだ。
なのにシリウスったら初級魔法じゃなくて、複合魔法を使っているもの。これは明らかにルール違反のはずだ!
というかこんなことをしていたら、お店だって立ち行かないはず!
つまり今回は俺の不戦勝になるはずで──。
「え? ルール上は問題ないですよ?」
お店のお兄さんはなにを言っているんだろう、この子みたいな顔をして首をかしげていた。
いや、ちょっと待ってくださいよ。
明らかにルール違反じゃないですかね、これは!?
だってさ、シリウスは初級魔法なんて使って──。
「いや、使っているじゃないですか。複合魔法であっても元が初級魔法であれば、なんの問題もありませんよ?」
「ナニソレ」
初耳なんですけど!?
なにそのシリウスに絶対的に有利なルール。
以前まではなかったはずで──。
「いえ、このルールは昔からですよ? 射的とは、自身の魔法をどれほどに鍛え上げているのかの発表の場のようなものですから。ゆえに初級魔法をいかに効率的かつ高精度ないし高威力にできるかを問われるものです。その点お嬢さんの魔法は見事なものですね。精度も高ければ威力も高い。感服しました」
屋台のお兄さんは笑っている。とても嬉しそうにだ。
ここからどうやってもシリウスの反則負けに持っていくことはできそうにはなかった。ということは?
「さぁ、パパ。私の準備運動はおしまいだよ?」
後ろからとても楽しそうなまいどーたーの、かわらしい声が聞こえてきます。
恐る恐ると振り返ると当然のように笑っておりました。
でもその笑顔はとても攻撃的なものでありました。笑顔ってもともと攻撃的なものって言うからね。
「……え、えっと」
「勝負だよ?」
にっこりとシリウスが笑っている。よく見るとこめかみに青筋が。
nどうにもいままでの射的のことを根に持っているみたいだ。
「仕方がないのですよ。だって「旦那さま」のあれは一歩間違えたら、虐待みたいなものですし」
「だからこそ、私が手ほどきをしたんですよ?」
いかん、嫁ふたりは完全にシリウスの味方と化している。
nだがここにはまだタマちゃんという俺の戦友が──。
「レンさんを擁護したら、ボクの神経が疑われるのですよ」
あっさりと戦友に見捨てられました。するってーと?
「覚悟はいいよね? パパ」
シリウスが笑っている。とてもかわいらしく笑っている。
でも普段であればかわいらしいそれが、いまの俺には悪魔のそれに見えてならなかった。
「お手柔らかに」
「うん、無理」
「デスヨネ~」
愛娘からの死刑宣告を受けた俺は、結果の見えた勝負の舞台にやや強引に上げさせられることになったんだ。
結果は、まぁ、言うまでもありません。
でもその結果があったからなのか。
タマちゃんが笑ってくれた。いつもの笑顔とは違う。
でもタマちゃんらしい笑顔を浮かべてくれた。だから、まぁ、おおむねOKかな?




