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Act6-90 想いは言葉に乗って

 あやつはどこにいるだろうか?


 だいたいの場所はわかる。だがあえて見えないようにしていた。見ないべきだった。見てしまえば、情が沸き立つ。


 情は捨てるべきだ。捨てなければならない。捨て去らなければならない。でなければこの非道はなせないのだから。


「……ずいぶんと入れ込んだな」


 声が聞こえた。振り返るまでもなく、誰が背後にいるのかはわかっていた。以前までであれば胸が高鳴った相手だ。わからないわけがない。


 だが、いまはもうその高鳴りを思い出すことはできない。この胸を高鳴らせられるのはもうこの男ではないのだから。


「なんの用じゃ?」


 唇を動かさぬまま、返事をした。


 かなり面倒なことではあるが、念話よりも便利なときがある。


 いまがそうだ。念話はああ見えてわりと集中力が必要だ。


 片手間にできることではなかった。


 まぁ、妾の場合は片手間にできる程度のことでしかないが、それなりに集中力が必要となることだった。


 いまは祭典の途中じゃ。


 他国の民どもに愛想を振る舞わなければならぬ。ほかのことに気をやるわけにいかぬ。


「釣れないな。私とおまえの仲だろうに」


「そなたと特別な関係になった覚えはない」


「昔からの友人だろうに」


 奴が肩を竦めている。


 懐の刀を抜き放ちたいという衝動に駆られる。


 いままであれば、そんな苛立ちを感じたことはない。


 だが、いまはこの男からは苛立ちしか感じられぬ。


 腹立たしいのだ。


 なにもかもが。


 この男の存在自体が妾には腹立たしくて堪らない。


 いっそ殺してやろうか。そうすればこの苛立ちも治まりそうだった。


「私で八つ当たりをするなよ」


「八つ当たりなどしておらん」


「しているだろうに。おまえは昔からそうだ。なにか気に食わないことがあればすぐに癇癪を起す。そのせいでみながどれだけ迷惑をこうむったことか」


「忘れたわ」


 やれやれとため息混じりの声が聞こえてきた。


 ああ、まずい。まずいのう。


 殺したくてたまらない。


 どうしてじゃろうな? 


 少し前までであれば、この声を聞くだけで胸がときめいていた。


 でもいまはときめかぬ。


 理由などわかっている。


 わかっていても思ってしまう。


 どうしてこうも妾は変わってしまったのじゃろうな。


「……あの狐の少女かな?」


 くすりと奴が笑う。とっさに懐に手を入れてしまった。が、ぎりぎりのところで自分を抑えこめた。


「黙れよ、ベルセリオス。次なにか抜かしたら、殺す」


「……本当に入れ込んだものだ」


 ベルセリオスが苦笑いをしている。


 殺すと言ったばかりだが、いまこの場では殺すことはできない。


 悔しいことだが、ここは耐えるべきか。


「……貴様は妾に耐えさせることばかりさせるの」


「そうだな」


「……あなたのそういうところが本当に嫌いだよ、ベルセリオス、いや「竜王」ラース」


「……そうだろうな。余もそういうところを嫌われていると思うている」


 ベルセリオス、いやラースは笑っている。振り返るまでもなくわかる。


 ずっとラースを見つめ続けてきたのだから。だからわかる。


 だがもうそれは終わりにするべきなのだろう。


「ラース」


「うん?」


「手を貸してくれぬか?」


「どういうことだ?」


「妾に気づかれておらぬと思うている輩がおるようだ」


「反乱かな?」


「そのような大それたものではないさ。不平不満を撒き散らす馬鹿どもがいるというだけのこと。普段であれば殺すのは容易い」


「「狼王祭」の期間を狙ってか」


「うむ。「狼王祭」の期間であれば、人質も取れるうえに、大規模な魔法も使えぬ。やつらにとってみれば、おあつらえ向きの状況であろうよ」


 面倒なことではあるが、的確な行動をしてきている。


 誰の入れ知恵なのやら。


「余になにをしろと?」


「蘇った英雄として名を挙げさせようかの?」


「いまか?」


「どうせ密やかに動いたところで、「奴」には気づかれておる。ならばここらで大々的に名を売ればいい。そうして名を売り、カレンのギルドへ堂々と冒険者として登録すればよかろう。そうすれば「奴」も手駒を動かすであろうよ」


「動かすかな?」


「動かすであろうよ。すでに手駒を入れているのだ。貴様が動けば「奴」も動かさずにはおられまい。まぁあえて動かさんということもありうるだろう。だが」


「だが、なんだ?」


 ラースが「穢れ知らぬ者」を勝手に注いで飲む。こやつ、本当にふざけた男であるな。


 あれとは大違いじゃな。


「だが、「奴」の手駒は動くであろう。カレンに惚れぬいておるそうじゃし。それはそなたが一番わかっているであろう?」


「そうだな。彼女であれば間違いなく動く。父親に、当代の聖王に言いつけられているだろうし」


「なんじゃ、気づいておったのかえ?」


「最初はわからなかったよ。あまりにも以前に会ったときとは、印象が違いすぎていたし、人魔族だとも聞いてはおらなんだ」


「だが気づいたのじゃな?」


「あぁ。まさかあんなにも速く彼女と接触させるとは思っていなかったがな」


「くくく、そなたの想定外のことを徹底的にやってきておるな」


「おまえも人のことは言えぬぞ?」


「言えるさ。妾はあえて泳がせただけのことじゃ。一網打尽にできるしのぅ」


「口ではどうとでも言えるさ」


 ラースが舌打ちしながら「穢れ知らぬ者」を一息で飲み干した。


 らっぱ飲みではないことを祈りたいの。高いから、ちびちびと飲んでほしいものじゃよ。


「口だけではないことを証明しよう」


「……健闘を祈るよ」


 乱暴にグラスを置く音と、扉を閉める音が聞こえてきた。


「癇癪を起こすのはどっちじゃよ」


 やれやれとため息を吐きながら、視線をいままで見なかった方へと向ける。


 すでにその姿はない。


 だがたしかにいたのじゃ。


 あの愛おしいちんちくりんがたしかにそこにいたのじゃ。


「……これ以上、巻き込みたくなかったんだ」


 嫌ってなどいない。


 殺す気なんてなかった。


 ただこれ以上は踏み込んでほしくなかった。


「私はあなたに幸せにしてもらう資格なんてない」


 彼女は言った。私を幸せなお嫁さんにすると。だけど私にはそんな資格はなかった。


「幸せになって。私の分までも。あなただけでも幸せになって、タマモ」


 いなくなってしまった想い人へ私は精一杯の告白をした。

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