Act6-89 「狼王祭」
どんな日でも朝はいつものように訪れる。
ドルーサ商会と対峙しているときも同じことを考えていた。
あの日もいつものように朝が訪れた。
どんな日であっても、その日になにが待ち受けていても日はいつものように昇る。それは誰にも変えようはない。
もしかしたら母さんであれば、この世界の創造主である母さんであれば変えることはできるのかもしれない。でも実際のところはよくわからない。
あの母さんであれば、あえていつも通りに朝を迎えさせるかもしれない。
実のところ、母さんがどういう人なのかはいまいちわかっていない。
話をしているからだいたいの人物像はつかめているのだけど、こういう人だと断定することはまだできない。十五年も離れ離れなうえに、相手は神さまなのだから無理もない。
窓の外は夜のままだけど、この国基準の朝に慣れてしまったので、いまが朝の時間であることはなんとなく理解していた。
まだ慣れない小さいベッドに横たわりながら、狭い窓をぼんやりと眺めていると──。
「わぅ、ぱぱ?」
腕の中で眠っていたシリウスがまぶたをうっすらと開いた。
俺が抱きしめたというわけではなく、シリウスがいつのまにか腕の中に潜り込んでいるだけだ。
だから他意はない。……他意はないということにしておいてください。
「おはよう、シリウス」
「わぅ、おはよう」
眠たそうに目をこすりながら、シリウスは小さくあくびを掻いた。
そんな仕草でさえ愛おしいのだから、本当に俺はシリウスを心の底から愛しているんだなっていまさらなことを思ってしまう。
「「旦那さま」、おはようございます」
扉が開き、レアがエプロン姿で部屋に入ってくる。その後ろにはやっぱりエプロン姿のプーレと眠たそうなサラさんが立っていた。
サラさんも新入りではあるけれど嫁の一員なんだが、先輩であるふたりとは違って俺の世話を焼こうとはしていない。
サラさん曰く朝は無理だということだけど、まぁ、そういうことにしておこうかな?
「おはよう。タマちゃんはどうしている?」
「一応起きていますよ」
「いつも通りではありますけどね」
レアもプーレもタマちゃんに関してはなにも言わない。
というかなにを言えばいいのか、わからないでいるんだと思う。
俺自身いまのタマちゃんになにを言えばいいのかはわからなかった。
「……まぁ、時間が解決してくれるかな?」
「そうですね」
「そうとしか言えません」
友達とはいえ、他人の色恋沙汰に首を突っ込む気にはなれない。
ただひとつだけ言いたいのは、希望が好きだとか言っていたのはどういうことだったのかということくらいかな。
もっともそのことだっていまは言えない。
言えるほどにタマちゃんは回復していなかった。
だからいまは放っておくしかなかった。
「とりあえず朝ごはんにしようか。シリウスもいいな?」
「わぅ~」
「朝ごはんですねぇ~」
シリウスはまだ寝ぼけているのか、目元をゆっくりとこすっている。
それまで黙っていたサラさんもご飯という単語に反応したのか、船をこぎながらだけど反応していた。
レアとプーレはふたりの反応に苦笑いしながら、キッチン兼ダイニングへと案内してくれる。
今日もいつも通りに六人での食事になる。
デウスさんの城で寝泊まりしていたときは、自分たちで用意することはなかったけれど、ここでは週貸しの家ではそういうわけにはいかなかった。
そう、いま俺たちはデウスさんの城から地球で言うウィークリーマンションならぬウィークリーハウスで生活していた。
理由は単純でタマちゃんがリストラされてしまったためだ。
リストラの理由は不明だ。
タマちゃんがなにかをやらかしたことは十分にありえるのだけど、それを聞ける雰囲気ではなかったのであえてなにも聞いてはいない。
デウスさんに聞こうにもデウスさんが「それを連れて出て行ってくれ」の一点張りだったため、話を聞くどころじゃなかった。
ただセレンさんの工房には相変わらず顔を出してくれている。でも必要以上のことはなにも言わない。
なにがあったのかはわからないまま、ついに祭りの当日を迎えることになった。
「このままなにもないといいんだけどなぁ」
レアとプーレの後を追いかけるようにして、シリウスと手を繋ぎながら寝室を出た。
その後タマちゃんを交えての朝食を終えてから、俺たちは全員でデウスさんの城へと向かった。
正確には城の前にある広場だね。その広場で祭りの宣誓が行われるからだ。
広場にはすでに人が多く集まっていた。
吸血鬼だけではなく、いろんな種族がいるし、人間も多くいる。
表情はみんな一様に祭りの開始を待ち望んでいるようだった。
そしてその時はあっさりと訪れた。
「よくぞ参った、他国の民たちよ」
デウスさんの城の最上階のバルコニーにデウスさんは立っていた。
バルコニーに立ちながら演説をしている。
実際は演説ではなく、始まりの言葉を口にしているだけなのだけど、その雰囲気はまさに演説のそれと思えてならない。
「今宵より一年に一度の祭りがはじまる。今年は様々な出し物を用意しておる。存分に楽しんでもらいたい」
デウスさんが流し目をしながら怪しく微笑んだ。その笑顔はとても魅力的なものだ。
デウスさんから匂い立つ色気をより増長させているように思える。
ただ普段とはちょっと違う。
普段からああいう風に笑うことが多い人ではあるけれど、ここ最近は様子がおかしい。それはいまも同じだった。
「さぁ、お堅い挨拶はこの辺にして、祭りをはじめよう。「狼王祭」を開催する」
デウスさんが高らかに宣言をすると、あたり一面から拍手が響いた。多少サクラもいるだろうけれど、ほとんどの人がみずからの意思で手を叩いている。
この日のために他国から赴いた人たちも多いだろうから、拍手をするのはある意味当然かもしれない。実際俺たちもみんな拍手をしていた。
ただタマちゃんだけはどこかぼんやりとした表情でデウスさんを見つめていた。
デウスさんは愛想よく手を振っている。
でもタマちゃんがいる俺たちの方には決して顔を向けない。
それがどういうことなのかはわからない。
わからないけれど、理解はできる。
「タマちゃん、一緒に回る?」
「そうですね。レンさんたちがよろしければ」
あはははと力なく笑うタマちゃん。なにを言えばいいのかはわからない。
わからないけれど、いまは一緒にいてあげることがタマちゃんの心を癒すことになるはずだった。
普段であれば「わぅわぅ」と鳴いてタマちゃんを攻撃することが多いシリウスも、ここ最近はタマちゃんを攻撃することはない。
気遣っているのか。それとも単純に飽きただけなのかはわからない。
わからないけれど、ここ最近はタマちゃんに対するあたりが弱くなっている。
「今日もきれいですねぇ」
タマちゃんはぽつりと呟いた。その目は悔恨の色に染まっていた。
俺がなにか言ってあげればいいのだろうけど、なにを言えばいいのかはさっぱりわからない。
それでも友達としてできることをやってあげたいと思った。
「……じゃあ、一緒に行こう」
「はい、そうですね」
あははは、とタマちゃんはまた力なく笑った。
力なく笑いつつも、その視線はデウスさんへと向けられている。
そのまなざしに宿る想いがどんなものであるのかをあえて見ないようにしながら、俺たちはタマちゃんが視線を逸らすまでその場にい続けたんだ。




