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Act6-88 訣別の時

 久しぶりにだいぶ遅くなりました←汗

 いろいろとしていたら、こんな時間になっていました。

 なわけで早速どうぞ。前半ちょっとそういう描写があるのでご注意をば。

 青い空だった。


 はじめて見た、狭い屋敷の外ではじめて見た空はきれいな青い空だった。


 すべてを失った。


 住む場所も、食べるものも、なに不自由のない生活も、そして大好きな母さまも。


 私は私を形成するすべてを一瞬で失った。


 それでも空の色はすべてを失った私を祝福するかのように群青に染まっていた。


 はじめて見た穢れひとつない青はどこまでも美しく、そして悲しかった。


 あの空はもう数えきれないほど時間が経ったいまでも忘れられない。


 その空はいま私の頭上にはない。私の、妾の頭上に広がる空は、漆黒の闇に覆われている。


 漆黒の空を眺めながらぼんやりとしていると、どさりと妾の体の上に駄メイドはのし掛かりおった。


「……満足したかえ?」


 汗だくになって妾にのし掛かる駄メイドの髪を手櫛でといた。


「もっと」


 駄メイドは一言だけ呟くと顔を近づけてきおった。


 唇が重なる。


 口内が熱くなった。


 駄メイドが体重を掛けてくる。


 その背に腕を回した。駄メイドが目を細めながら妾を、いや私を見つめている。


 部屋の中でおよそ響くことなどない水音がこだまする。


 駄メイドは、タマモは止まらない。


 貪るように私を求めてくる。


 息づき以外では私に熱を与え続ける。その姿はまるでなにかにすがっているかのよう。


 そうしないと息をすることさえできないと言っているかのようだ。


 そんなタマモが愛おしい。カレンたちの前では、いままで通りを演じている。


 だが、ふたを開ければ関係は変わっていた。


「デウスさん、声を聞かせてください」


 タマモが私の首筋に顔を埋めた。


 わずかな痛みが走る。なにをされたのかは確認するまでもない。


「見えるところはやめよ」


 息を整えながら注意する。したところで意味はないのだろうけど、言わないよりかはましなはずだ。


「素の口調であれば、って痛い」


 調子に乗ったことを抜かす駄メイドの背中をつねる。


「ひどいですよ」とか言うているが、少し許したやった程度で調子に乗るこいつが悪い。


「あまり調子に乗るな」


「……そんな余裕のかけらもない顔をされてもね」


 くすりと駄メイドが笑う。笑いながら首筋に顔を再び埋めてくる。


「こ、こら、場所を考え──っ!」


 血を吸われるかのような感覚だった。


 駄メイドは丹念にそこへと吸い付き、私の肌に刻み込もうとしている。


「私の所有者」が誰なのかを。


 私自身に教え込みながら刻み込んでくる。


 か細い声が漏れる。


 私のものとは思えない、細すぎる声が漏れ出ていく。


 その声を聞きながら駄メイドはどこか楽しげだった。


 調子に乗るな。


 そう言いたいのに、口から発せられるのは私の意思をまるで介していない声。言葉にならない上澄みのような声だけ。


「かわいい」


 くすくすと上機嫌に笑う駄メイド。


 言い返してやりたいと思ったが、言い返そうとしたときには口を塞がれた。


 口の中が再び熱くなる。


 唇の端から唾液が漏れ出ていく。


 漏れ出た唾液を駄メイドは、甘露の水を舐めとるかのようにゆっくりと味わうように舐め取っていく。


「かわいいよ」


「ボクのデウス」駄メイドは陶酔したように、上気した顔で私を見つめている。……それがどこまでこいつの本心であるのかはわからない。


 言動すべてが嘘であるのかもしれないし、すべて事実なのかもしれないし、わずかな嘘が混じっているのかもしれない。


 なにが事実でなにが虚言であるのか。


 そのすべてを理解することは私にはできない。


 いやさせようとしていないのだろう。


 必要以上に自身の内部へと踏み込ませないようにしている。


 その代り私の中には無遠慮に入り込んで来ようとする。


 その時点でこいつの言動が嘘かどうかなどは考えるまでもない。


 大方、この行為も私の心を奪うためのもの。


 私をみずからの絶対的な味方にするためだけのもの。


 心の通じ合った者同士のすることではない。そんな悲しい夜伽でしかない。


「悲しい、か」


 我ながらなにを言っているものやら。


 駄メイドが怪訝そうな顔をしている。


 あえて聞こえるように言ったのだから、その反応は当然と言ってもいい。


「どうしたの?」


 駄メイドは私を、いや、妾を見つめている。


 ひどく気安い言い方だった。普段であれば首をはね飛ばしてやりたいところだが、あえて許そう。


 体を許した以上、そういうことをされるのもありえたのだから。


 わかったうえで妾はこやつに体を許した。


 こやつの言葉がどこまで本気であるのかを確かめる。


 それだけのために妾は妾の身を差し出した。その結果は、悲しいものであった。


「控えよ、駄メイド」


「え?」


「控えよ、と言ったぞ?」


 体を起こす。駄メイドはとっさに妾の体を押さえこもうとしていたが、はね飛ばしてやった。


 ……はね飛ばすといっても、あくまでも逆に押し倒す程度ではあったが。


 それだけで十分すぎるであろうよ。こやつを殺すには、な。


「なにを──っ!」


 駄メイドの首を掴み、力を込めていく。駄メイドが苦しそうに顔を歪めるが、力を緩めてやる義理はなかった。


「苦しいか? まぁ、そうであろうな。妾はおまえを殺そうとしているからの」


「な、んで」


「……偽りの愛には飽いたからの」


 呟きつつも、不意に涙がこぼれた。


 これがどういうことなのかはあまり考えたくない。


 考えるとそれだけで手が緩んでしまいそうだ。


 こいつを許してしまいそうになる。


 だから考えたくない。


 考えずに殺す。


 それが一番いい。


「妾は体を許した。妾のような絶世の美女が体を許したのだ。当然溺れるだろうな。しかしそなたは溺れなんだ。「証」は刻んでも奪いはせんかった。「証」であれば妾もその気になる。妾の心に住み着けると思ったのであろう?」


 駄メイドはなにも言わない。


 呼吸を許さない程度で首を絞めているのだから無理もない。


 本音を言えば殺したくはない。


 だがこやつはここで殺した方がいい。


 あくまでも勘程度のものでしかないが、その勘が囁いていた。


 早めに始末しろ、と。


 その囁きに妾は耳を貸した。


 今回のことはその程度のことであった


「口にしていない事情を説明せよ。であれば同じ殺すであっても「飼い殺す」程度にしておこう。ゆえに言えよ、貴様はなにが目的じゃ?」


 目を細める。駄メイドは顔を顰めながらも、妾の腕を強く掴んだ。


「友達のために、なにかをするのはいけないこと、なの?」


「……悪くはないさ。ただ限度もあろうよ」


「あなたがそれを言うの? 「軍神」デウス」


「……懐かしい名を口にするのぅ」


 妾のかつての名を、「六聖者」と謳われた頃の名を駄メイドは口にする。


 こやつの背後には母神がいる。


 だから知っていたとしても不思議ではない。


 不思議ではないが、その名を妾は呼ばれたくないのじゃよ。


「「六聖者」はみな死んだ。英雄ベルセリオスとともにその「半端なあり方」と訣別した。ゆえに妾は「軍神」ではない。妾は「狼王」デウス。真祖たる吸血鬼の女王。たとえこの血の半分が人間であったとしても、いまの妾は真祖にして吸血鬼の女王。その事実が変わることはない」


 そうじゃ。妾は吸血鬼の女王であり、真祖である。たとえ産まれた頃はそうでなくても、いまはそうなっている。


 それはほかの「六聖者」たちも同じだ。


 彼らもまた半分は人間の血が流れた者たち。


 だからこそ妾たちの繋がりは深い。


 どれほどの時間が経とうともこの絆を切り捨てることは誰にもできはしないし、させもしない。


「それほどの絆が貴様とカレンにはあるのかえ? たかが数年の絆で妾たちの数千年の絆に勝るとでも?」


「……ある。少なくともボクはレンさんをかけがえのない友達だと思っている。だからこそ助けたい。礼を返さずにはいられない。あの人ともっと一緒にいたい。それは紛れもない、ボクの本心だ」


 駄メイドは汗だくになりながらも叫んだ。


 言動は嘘塗れであっても、その目だけは事実を物語っている。


「……そうか。であれば、数か月と言わず、あやつがこの国を出るのと同時に出て行くがよい。貴様のような駄メイドがいてもいなくてもこの城のありようは変わらぬ。むしろ経費を削減できて助かるからの」


 力を緩め、駄メイドの上から降りた。


 駄メイドは首元を押さえながら荒い呼吸を繰り返していた。


「……ボクを殺さないんですか?」


「誰も本当に殺すとは言うておらぬ」


 本心を見せなかったら、本気で殺すつもりだったが、一応本心は見せたのだ。殺さずともよかろう。


「……あなたこそなにが目的なんですか?」


「「神殺し」じゃよ」


 伝える必要はないかもしれぬ。


 だが伝えても構わぬじゃろう。


 どうせお互いに目的は同じなのだから。


 ただやり方は異なるがの。


「させません。レンさんが犠牲になる方法なんてボクが許さない」


「そうか。ではこれで訣別よな」


「……そうですね」


 駄メイドの目に、わずかに悲しみが帯びた。


 それがどういう意味なのかは深く考えないことにしよう。


 考えるだけで無意味じゃ。胸が痛くなる。


「達者でやれ、タマモ」


「……お世話になりました」


 タマモはそれだけ言って頭を下げた。床がわずかに濡れていく。濡れる床をぼんやりと眺めながら、

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