Act6-67 誘う言葉
引き続きデウス様ですが、乱暴な表現がありますのでご注意ください。
「あらあら「ギルドマスター」殿。そんなに汗を掻いていたら手元が滑るでしょう? 拭いてさしあげますね」
「いや、別に拭かなくても大丈夫だよ、じゃなくて大丈夫ですよ、蛇王陛下」
レヴィアは幸せそうに「旦那さま」とやらの世話を甲斐甲斐しくやっておる。
その後ろではプーレやサラが面白くなさそうな顔をしていた。
「むぅ~、レア様ばかりずるいのですよ。そもそもいまのレア様は「旦那さま」のお嫁さんであるレア様じゃなく、蛇王様として振る舞われているのですから、「旦那さま」のお世話をする理由はないのにですよ」
いかにも怒っていますというのを表情に表しながらプーレはいかにも遺憾であると言いたげな表情じゃな。
いくら嫁としての立場は同じであっても、レヴィアとそなたとでは世間での地位の差は比べくもないはずなんじゃがな。
対してサラはというとやはりプーレ同様に遺憾であると顔に書いてある。書いてあるのじゃが──。
「うぅ~、せめて「旦那さま」の肩を揉ませていただきたいですねぇ~。私も嫁入りさせてもらったのだから、そのくらいのことはさせてほしいですよぉ~」
なにやら自分の願望も口にしておるの。ただその願望は表向きじゃろうな。本来の目的はポイントを稼げるだけ稼いで、正妻の座を虎視眈々と狙っているというところかの?
カレン本人はサラが正妻の座には興味がないと思うておるようじゃが、明らかに騙されておる。妙なところで箱入りよな。
箱入りな旦那とは違い、同じ嫁であるからかプーレもレヴィアも騙されずに気づいておる。
つい先日になぜかふたりと一緒に飲むことになったのじゃが、そのときふたりはサラの危険性について熱く語っておった。
「彼女は確実に正妻の座を狙っていますね」
「一見、人のよさそうな顔をしていますけど、あの人は「狩る者の目」をしていたのですよ」
「そうね。それこそ「旦那さま」とふたりっきりにしたら──」
「ええ。隙がないように見えて、実際は隙だらけで押されると弱い「旦那さま」であれば──」
「確実に食われる(のです)」
プーレとレヴィアは意図したかのように声を合わせて言い放った。
そのときのふたりの表情はとても真剣なものであった。そう真剣なものであったのだが──。
「なぜに妾はそのようなことを聞かされなければならぬ?」
そう、そのとき妾はなぜかあやつらの話を延々と聞かされていた。妾は特に興味もないことだったのにも関わらずじゃよ。
プーレには酒ではなく、ジュースを用意していたはずなんじゃが、いつのまにか酒を飲んでおったよ。
……いや。わざとではないのじゃ。本当に気づいたらあの娘は妾の「穢れ知らぬ者」を飲んでおったのじゃ。
やはりジュースをコピトにしたのがまずかったかの?
「穢れ知らぬ者」とコピトのジュースはともに赤い色をしておるから、間違えてしまったのだと思う。
カレンは「トマトジュースだ」とか抜かしておったが、あやつの世界ではトマトと言うんじゃな。
まぁそんなことはよい。
大事なのはじゃ、妾の意図せぬ形にふたりとの飲み会は進行していったということよ。
正直な話、カレンが女であることが問題なんじゃよな。
あれが男であれば、嫁ができたら片っ端から孕ませれば、正妻がどうだの、序列がどうだのと言われることはなかったと思う。
孕んだ順番で序列を決めればいいだけのこと。
嫁ができたら片っ端からというのは倫理観的には問題大ありじゃろうけど、そうした方が面倒ごとはなにもなかった。ある意味では健全とも言えたとは思う。
レヴィアたちが言うアルトリアという名の吸血鬼の人魔族もおそらくは納得したであろうな。
ただ、その場合シリウスが疎まれることになった可能性は否定できぬの。
ほかの者たちであれば、シリウスも実の子同様に愛したであろうが、話を聞く限りアルトリアがどうだったのかは、妾にはわからなんだ。
アルトリアはいくらか狂気じみたところはあれど、たしかにシリウスを愛しておる。
話を聞くだけでそれがよくわかる。加えてシリウスの艶やかな毛並み。あれは定期的に、しかも長期間でブラッシングなどの手入れをしてもらっている証拠じゃの。
もとはただのウルフであったとは思えぬほどよ。うちのケルベロスどもとさほど変わらぬ、いや下手をしたらうちのケルベロスどもよりも毛並みがいいのだからな。相当に愛されているのは明らかじゃ。
おそらくはグレーウルフに進化する前から実の子同様に愛されておったのだろう。
そしてそれを成していたのは他ならぬアルトリアであろう。
いまや親バカであるカレンもウルフであった頃はシリウスを娘ではなく、ペットという扱いをしていたそうじゃ。……いまの親バカっぷりからは考えられない姿ではあるがな。
ゆえにカレンではなく、アルトリアが当時からシリウスの世話をしていたはず。
だが、それは同性であるがゆえに子供を為せぬがために、シリウスを娘代りとしていたから。いわば代替行為にしかすぎぬ。
仮にカレンが男であれば、アルトリアもそれほどまでにシリウスを愛することはなかったじゃろう。
たとえ「まま上」と言われていたとしても、その愛情はおそらくペット以上のものにはならなかったはず。いまのように実の娘へと向けるものにはならなかったはず。
シリウスもおそらくはそれに気付いているじゃろうな。
アルトリアが自身へと向けていた気持ちは代替行為にしか、アルトリアにとっては産むことができない娘の代りでしかなかったということを。
だからこそアルトリアへの思慕は少しずつ小さくなっていったのじゃろう。……あくまでも表向きは。
実際はまるで違う理由があるようじゃがの。さすがの妾もそこまでは読めぬ。ただわかることはある。
シリウスは決して見た目通りではない、ということがの。
あれは見た目通りの少女ではない。
それこそ妾たちとさほど変わらぬ時の流れを生きる一匹の獣であることはな。
その獣がどうして少女として生きているのかまではわからぬがの。
レヴィアもそのことには気づいておるだろう。
だがそれでもレヴィアにとってシリウスが娘であることには変わりない。愛おしい娘が密やかに重いものを背負い続けていることを、レヴィアはただ見守っている。
その姿は母さまを思い出させてくれる。妾を捨てたクソ親父とは違い、母さまは最後の最期まで妾のことを案じてくださっていた。
『本当に母親というものは強いものよな』
『……念話で話しかけて来るのは、なんのつもり?』
シリウスに念話で語り掛ける。シリウスはプーレと手を繋ぎながら妾の方を一切見ることなく答えている。
シリウスが見ているのはカレンのみ。その目もその表情もすべてカレンへと注がれている。
なかなかの演技力よな。まぁ演技ではなく単なる素であることも考えられるが、どちらにしろ、この小娘は見た目相応ではないことは明らかよな。
『なぁに、少しばかり話をしてみたかったのじゃよ。「零の座」の獣、「原初にして最後の力」を司りし最初の神獣と同じ名前を持つそなたとな』
シリウスはなにも答えなんだ。だが答えぬことが答えである。
『まぁよい。いまは答えずともな。ただ今宵妾の部屋に来てくれぬか? そなたの腹積もりを聞きたくての』
『……行かないと言ったら?』
『そなたの大好きなパパを今宵殺す』
『っ!?』
『嫌であれば来い。来なければ妾がそなたらの部屋へと赴こう。そしてそなたの目の前でパパを殺し、プーレママを今度こそ辱めてやろう。あぁ、そうさな。どうせであればそなたが欲しがっていた妹とやらを妾が作ってやろう。女に飢えた眷属どもが何人もおるからの。そいつらに任せればすぐに妹ができるぞ。よかったの』
喉の奥を鳴らして笑う。シリウスからわずかながら殺気が漏れ出ていた。
念話の内容を知られるわけにはいかぬからこそ、漏れ出ないようにしているのじゃろう。
ふむ。その殺気の質からして全力で戦うに相応しい相手じゃな。
少なくともクソ親父よりかは強い。周囲への被害は、「今度」は街を隔てる程度ではすまんじゃろうな。
『……いつ行けばいい?』
『そうさのぅ。今宵、そなたのパパとママの食事に媚薬を混ぜ込む。副作用などのないものじゃが、一度や二度では収まらぬ程度に強いものを混ぜ込んでおこう。そうすればそなたのパパとママは勝手に盛るからの。その間に来るといいさ』
『……わかった』
シリウスはプーレと手を繋いでいない方の手を固く握りしめていた。
『待っておるぞ、シリウス』
シリウスからの返事はない。ただ小さな、だがたしかな歯ぎしりの音が聞こえてきた。その音を返事として、妾はシリウスとの念話をやめた。
カレンは相変わらずレヴィアに甲斐甲斐しく世話をされている。その姿をプーレやサラは羨ましそうに見つめている。
これはこれで穏やかな光景ではあった。その穏やかな光景に一石を投じる。いつまで経っても慣れぬものよ。
「ほれ、いつまでイチャコラしておる? さっさと仕事をせぬか」
「あ、はい。すみません」
「むぅ、いいところでしたのにぃ」
カレンが申し訳なさそうに頭を下げ、レヴィアは不満げに頬を膨らます。
すると待っていましたと言うかのようにプーレとサラが突撃していく。
当然のようにシリウスもカレンの元へと向かう。
「レンさんは本当にモテモテですねぇ~」
やれやれと駄メイドが肩を竦めている。たしかにそうではあるが、あれはあれで苦労しているようには思える。妾が庇い立てする理由はないがの。
「駄メイド。喉が渇いた。水を持て」
「はい、わかりました」
駄メイドが手持ちのアイテムボックスから水を取り出す。
取り出された水を受け取り、少しずつ呷りながら、にぎやかなカレンたちの様子を妾はただ眺めていった。
次回デウス様とシリウスのデート(殺伐)です。




