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Act0-61 「蛇王」その二

PVが6900突破しました!

いつもありがとうございます!

「いい湯加減ね、ククル」


 エンヴィーは鼻歌混じりに言った。城にはもっと上等な浴場があるだろうに、わざわざギルドの地下にある、この浴場に入りに来るのは、いったいなんの目的があるのやら。


 ククルとしては、いくら安全な場所であるとはいえ、護衛もなしに来てほしくない。


 エンヴィーになにかあれば、それだけで「蛇の王国」は終わってしまう。そのことは再三忠告しているのだが、エンヴィーは聞いてはくれない。


 もっとも心配するだけ無駄とも言える。


 なにせ、この蛇王さまに勝てる者は、王国内には誰もいないのだ。ゆえに蛇王さまになにかあるということは、そのまま国の滅亡を意味している。


 そもそも蛇王エンヴィーに、害をなせる者がいるのであれば、見てみたいものだ。戦闘でも政治でも、この人は敵なしだった。


 敵はいないが、最強というわけではない。王国内には、エンヴィーに匹敵する者はいない。


 しかし国外であればいる。わずか六名ではあるが、たしかに存在している。それが残りの「七王」たちだった。


「七王」たちは、それぞれに強さの質が違う。


 だが、それぞれの強さにおいて、最強の名をほしいままにしている。


 そんな「七王」の一角であるからこそ、エンヴィーは護衛を連れずに歩き回っている。護衛など必要がないからだ。


 仮にエンヴィーに匹敵する強者が現れた場合、護衛など連れているのは、邪魔にしかならない。


 むしろ護衛とは名ばかりで、エンヴィーがその護衛を守ることになりかねないのだ。


 とはいえ、エンヴィーに匹敵する強者が、「七王」たち以外にいるわけがなかった。


 だからこそ、エンヴィーは護衛の存在を認めている。


 が、護衛に頼ることはしていない。頼る必要がないからだ。


 コアルスがそのことでよく愚痴を言っているが、こればかりはどうしようもないことだ。


 なにせ蛇王エンヴィーの足元にも及ばないのだ。


 エンヴィーにとってみれば、自身よりも、圧倒的に弱い相手を、頼れるわけがなかった。


 だからエンヴィーが、護衛を連れないことは、どうしようもないことだ。それに異を唱えるのであれば、エンヴィーよりも強くなるしかない。


 それがどれほどに難しいことなのかは、自分もコアルスも身に染みて理解している。


 どんな攻撃を繰り出しても、潰されてしまう。


 逆にエンヴィーの繰り出す攻撃は、防ぐことはおろか避けることさえも、自分たちにはできない。


 それどころか、エンヴィーが繰り出す攻撃は、エンヴィーにとっては、攻撃たりえていないのだ。


 ただ振り払うような行動でさえ、自分たちにとっては、致命的な一撃になってしまう。


 象と蟻という対比でさえも生ぬるいほどに、エンヴィーとの力量の差は離れていた。

 

 王と家臣の力関係は、「魔大陸」の各国では、あたり前のことになっているのが、頭の痛いところだ。


 たぶん、「七王」配下の首脳陣は、みな頭を抱えていることだろう。


 そしてそんな家臣の気持ちに、「七王」たちはみな気づかないでいる。本当に頭が痛いものだ。


 エンヴィーに、いろんな意味で憧れている自分でさえ、頭を抱えてしまうのだ。そうではない家臣たちにとっては、胃痛の原因だろう。


 少なくとも、コアルスはストレスで胃の調子を壊しているそうだし。ただコアルスの場合はストレス以外に、マバの大量摂取が原因とも言えなくはないが。


 どちらにせよ、大変な上司のせいで、体調を崩していることには変わりない。


「……大変な上司を持ったものです」


「あら? それは私のこと?」


 エンヴィーが首を傾げた。わかっていて聞いているのか。それとも本当にわかっていないのか。判断に困る。


「それ以外に誰がいますか? 私の上司はあなただけです」


「グランドマスターがいるじゃない」


「あんな俗物、誰が上司と認めますか」


 代々グランドマスターは、「聖大陸」のエルヴァニアにいる。


 エルヴァニアは、「聖大陸」一の大国ではあるが、その分闇が大きいようだ。


 今回のモーレ一派による人身売買は、最終的にエルヴァニアにまで行きつくようだ。ということは、元締めはエルヴァニアの上層部にいる誰かだろう。


 確かめることはできるが、その場合、エルヴァニアの闇とひとりで対峙しなければならなくなる。捜査はここで打ち切るのがベストだろう。


「魔大陸」では、発覚後即極刑である人身売買は、「聖大陸」でも禁じられているが、刑はせいぜい鞭打ち五回ほどだ。よほどのことがない限り、死ぬことはない。


 つまり「聖大陸」において、人身売買は、大した罪ではないのだ。


 せいぜい万引き程度の感覚でしかないのであろう。


 人の命を売り物にしておいて、万引き程度の感覚とは、エルヴァニアの上層部は、頭が軒並みおかしい。


 そんな上層部の一員である、頭のおかしいグランドマスターの部下なんて、誰がやっていられるものか。


 特に先代のグランドマスターは、ずいぶんと邪魔者扱いしてくれた。


「七王」のうちふたりからの、蠅王グラトニーと蛇王エンヴィーの署名入りの推薦状を持って、エルヴァニアの総本部で、ギルドマスターになるための修行をしていたことが気に食わなかったようだ。


 修行中、気に掛けているふりをしつつ、こちらの脚を引っ張ることばかりしてくれた。


 まだ「聖大陸」のほかの大国の王からの推薦状であれば、態度もだいぶ違っていただろうが、「魔大陸」の二国の王からの推薦状は、先代のグランドマスターには面白くなかっただろう。


 だが、対外的には、「七王」たちには、「聖大陸」の王たちは逆らうことができない。王でさえそうなのだから、冒険者ギルドのグランドマスター程度では、逆らうことなんて以ての外だろう。


 だからこそ、表面上は気を掛けつつ、こちらが失脚するように、裏では手を回していた。


 推薦状はあくまでも推薦状でしかない。失脚した者でも、ギルドマスターにしろ、という命令書ではないのだ。


 もっともそんな先代のグランドマスターの思惑なんて、すべて乗り越えてやった。というか、あの程度の嫌がらせで、自分をどうにかできると考える時点で、底が知れる。


 その妨害ゆえなのか、先代のグランドマスターはあっさりと失脚し、いまのグランドマスターに成り代わった。


 いまのグランドマスターは、年齢がわからない。いつも真っ白な面体で顔を隠しているので、顔さえもわからない。せいぜい女性であることくらいしかククルにはわからなかった。


 当代のグランドマスターについては、エンヴィーも少し警戒しているようだった。そしてそれはいまのエルヴァニア王にも同じことが言える。


 もっとも当代のエルヴァニア王は、典型的な小物であるので、警戒はしても、それはあくまでも勇者アルクに対して、不利益になるような指示を出してこないかどうかだった。いままでは。


 いまは、勇者アルクに加え、カレンもそこに加わっている。


 カレンは、エルヴァニア王が召喚した異世界人だった。

 

 小物ではあるが、悪知恵の働くエルヴァニア王のことだ。カレンに対して、なにかしらの術式を施している可能性は高い。


 カレンをエンヴィーは、とても気に入ってい。


 聞けば、カレンを気に入っているのは、竜王ラースに蠅王グラトニー、獅子王プライドもらしい。


 獅子王と蠅王はわかるが、まさか竜王ラースもカレンを気に入っているとは思わなかった。


 そのままのことをエンヴィーに言うと笑われてしまった。


 笑っていたが、とても辛そうな笑顔に見えた。


 なんでそんな笑顔を浮かべるのかを聞くことはできなかった。なにせエンヴィーは、すぐにいつもの笑顔を浮かべてしまったからだ。


 あの笑顔は、見間違いなのか。それとも本当にエンヴィーが浮かべていたのかは、確かめようのないことだった。そう、あの笑顔についてであれば、確かめようはない。


 だが、別のことであれば、確かめようはある。というよりも、確かめておきたいことがあった。


「お姉さま、ひとつお聞きしても?」


「なにかしら?」


 エンヴィーは、長い髪をかき上げた。


 洗髪料の香りとエンヴィー自身の香りが、ふわりと漂ってくる。


 それはとても蠱惑的な香りで、エンヴィーに抱き着きたくなる衝動に駆らせてくれる。まるでサキュバスを相手にしているかのような気分だ。


 しかしエンヴィーの種族は、サキュバスではない。が、サキュバスを思わせるほどに、相対する者を誘惑してくる。


 それでも、まだ歌われていないだけ、ましだった。エンヴィーが、本気で相手を誘惑するとき、彼女は間違いなく歌うだろう。それが彼女の種族的特徴なのだから。


 ゆえにいま歌っていない現状、彼女は自分を誘惑しているわけではない。誘惑していない状態でも、サキュバス並みに蠱惑的というだけのことだ。しかも無自覚なのが、性質が悪い。


 ククルにできるのは、ただ衝動を抑え込むことだけだった。



 エンヴィーの部下になってから、七十年以上経つが、いまだにエンヴィーのこの雰囲気にはなれない。


 もしかしたら、それさえも、エンヴィーは理解したうえで、自身の魔性の魅力を振りまいているのかもしれないが、どちらにせよ、性質が悪いことには変わりない。


「どうしたの?」


 エンヴィーが、首を傾げた。


 少し子供っぽい仕草であるはずなのに、なぜか似合っていた。


 誰もが振り返るような美人なのに、かわいらしさもあるというのは、正直反則ではないだろうか。おかげでこっちだけが、ドキドキさせられるという、ある意味不条理な状況に陥ってしまう。


 だが、いまはそんな不条理さえもあえて受け止めて、聞かねばならないことがあった。

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