Act6-51 この子がいるだけで
「狼の王国」でもみずから面倒事に首を突っ込むことが決まってしまった。
……その後にレアとひと悶着があったけれど、まぁいつものことです。この頃女の子でよかったとしみじみと思います。
俺がもし男であれば、毎日のように搾り取られてしまっていただろうし。なにがとは言わんけど。
……アダルトゲームの主人公であれば、問題ないのだろうけど、残念ながら、あのような男は存在しないのですよ。毎回あんなんだったら普通死ぬわと言いたいです。
だから女の子でよかったと思います。男だったら毎晩のようにあんな展開だろうから、いまごろ頬がこけていそうで怖いです。
でもレアはスッキリとした顔をしていそうだよね。……いかん、たやすく想像できたぞ。
ここはあまり考えないことにしよう。あったかもしれない可能性を考えても意味はないのです。大事なのはいまであり、いまを積み重ねてできあがる未来なのだから!
その未来でもレアに追いかけられる姿をたやすく想像できたことは考えないことにしようかな。
だってさ、この頃は毎日のように追いかけられているし。この先もそうなるだろうなと思うのは当然だと思うんですよね。
レアをないがしろにしたわけじゃないのだから、そんなヤキモチばかり妬かなくてもええやんと思うんですよ。
言ったところでレアが話を聞いてくれるとは思いませんけど。
でもなんだかんだでレアに追いかけられるのも嫌ではないんだよね。
それだけレアが俺を愛してくれている証拠だもの。
言う気はないけど、正直嬉しいよ。ただもうちょっと手加減してくれるとカレンちゃん、マジ嬉しいです。それこそ言うだけ無駄でしょうけどね。
まぁ、とにかくだ。
レアとのお約束になりつつある逃亡劇を終え、いま俺はプーレとシリウス、それにサラさんを連れて「ラスト」の外にいた。正確には「アスモ」の外にある砂漠に来ている。
目的は砂の採取だ。
もっと言えば砂の中の石英を取りに来たんだ。
まぁ砂漠の砂に必ずしも石英があるとは言えないけど、地球だとサハラ砂漠の砂はほとんどが石英だという話だ。
セレンさんが言うには、「アスモ」の外に広がる砂漠の砂からガラス製品を作っているというそうだ。たぶんが多く含まれているって話だった。ということは「アスモ」の外側の砂漠地帯は石英質なんだろうね。
それまでに通ってきた砂漠の砂がどうかは知らないけど、おそらくは似たような性質だと思うけど、実際どうなのかはわからない。
こんなことなら記念として少しずつ確保しておけばよかったよ。
まぁ後悔先に立たずとも言うから、いまさら後悔しても遅いよね。
とにかく現時点でできることをしようか。
「パパ。石英ってどれなの?」
シリウスはシャベルとバケツを手に首を傾げている。
見た目だけを言えば、潮干狩りに来た小学生のようだよ。とてもプリティーです。
実際は潮干狩りではなく、砂集めなのだけど、その姿もきっと絵になるんだろうね。まったくうちの愛娘と来たら、どうしてこんなにもかわいいのだろうね。マジ天使だよ。
「恥ずかしいことを言うパパなんて嫌い」
……うん、死にたい。
むしろ、死ぬ。
死んでしまいそうです。
「あらあら、シリウスちゃんはツンデレさんなんですねぇ~」
サラさんののんきな声が聞こえるけど、いまの俺には返事をする余裕なんて皆無ですよ。
返事をする余裕があるのであれば、どうすればシリウスが「パパのお嫁さんになる」と言ってくれるような最高のパパになれるのかを考えることにだね。
「パパ、気持ち悪い」
シリウスがドン引きしたような顔をしている。
でもおかしいな? 視界が歪んでいるよ。
ふふふ、限界突破したダメージを受けた気分ですよ。
「シリウスちゃん。あまりパパを苛めたらダメなのですよ?」
プーレがため息を吐きながら、シリウスを諌めてくれているけど、シリウスはパパが嫌いなんだから聞いてくれるわけがないよ。
だってさ、気持ち悪いって。気持ち悪いって言われたんだもの。
ふふふ、いつから俺はこんな気持ち悪いパパになってしまったんだろうね。涙が出ちゃうよ。
あぁ、昔のシリウスはこんなことを言わなかったのに、あの頃のシリウスは「ぱぱ上大好き。お嫁さんにして」と言ってくれたのに──。
「……そんなこと言った記憶なんてないよ」
シリウスがどうしようもないもの見る目をしている。
ふふふ、もうそんな視線くらいじゃぱぱにはダメージなんてないさ。
もうとっくにライフはゼロなのだから。
「カレンさんが親バカさんなのは知っていましたがぁ~、ここまですごいんですねぇ~」
しみじみとサラさんが呟いていた。
なにを言われてもいまの俺には通じないよ。
「シリウスちゃん?」
「……私悪くないもん」
「でも心にもないことを言ったのは本当だよね?」
「……本当のことだもん」
「じゃあパパがシリウスちゃんなんて娘じゃないと言ったら──」
「っ! やだ! パパは私のパパだもん。パパは誰にも──あっ」
「本当に素直じゃないよね、シリウスちゃんは」
くすくすとプーレが笑っていた。
プーレの言葉にシリウスは顔を真っ赤にしてしまう。
「どんなに好きな人でもね? 嫌なことを言われたら嫌なんだよ? それくらいはプーレママが言わなくても、シリウスちゃんならもうわかっているよね?」
「……わぅ」
「じゃあわかるよね?」
プーレはやや中腰になってシリウスと話をしていた。
シリウスは小さく「わぅ」と頷くと──。
「ごめんなさい、パパ」
申し訳なさそうに謝ってくれた。尻尾が力なく垂れ下がっていた。その姿さえも愛おしい。
でもここで暴走するわけにはいかない。
抱きしめてあげたいところだけど、我慢して頭を撫でるだけで留めた。
指通しのいい髪がとても心地よかった。
「気にしないでいいよ、シリウス。パパも少し調子に乗っちゃったからな」
ははは、とできるだけ明るく笑い掛ける。シリウスは「わぅ」と鳴くだけだった。
それだけでも十分だった。十分なほどに胸の奥が温かくなる。
もう痛みなんてなにもない。
この子がそばにいてくれる。
それだけで俺には十分だった。
それだけで俺は誰よりも強く一歩を踏み出せるのだから。
「さぁ、仲直りも済んだことですしぃ~、砂堀りと行きましょうぅ~」
サラさんが空気を読んだのか、それとも空気をあえて読まなかったのか。ちょっと判断に困る行動をしてくれた。
でもサラさんの言動に間違いはない。というかここに来たのは砂を掘って集めるためなのだから。
「よぉし、シリウス。パパとどっちがより砂を集められるか、勝負だぞ」
「わぅ、負けないよ」
サラさんのおかげでシリウスもいつものシリウスに戻ってくれた。
ぶっちゃけ、落ち込んでいたのはポーズだったんじゃないかと思えるくらいの立ち直りの速さだけど、そういうところも俺には愛おしい。
そばで見ているプーレはおかしそうに笑っている。その姿はとても母親らしいものだった。
そうして俺たちは砂漠を掘り、砂を集めて行ったんだ。
続きは今夜十二時からです。
ちなみに今回の更新祭りはちょっと変則的にするつもりです。
具体的なことは一話目にて。




