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Act0-59 逃避行 その三

PV5700突破です!

いつもありがとうございます!

 足音が聞こえてきた。


 自分の足音ではない。間違いなく、誰かが、大通りに出てこようとしている。


 とっさに近くの屋台の中に隠れた。できるかぎり、音は出さないようにかつ、迅速に行動した。


 昼間であれば、とうていできないことだったが、夜だからこそできた。ただその弊害もある。昼間であれば、屋台の中に置かれた荷物が体を隠してくれるが、いまはその荷物はない。


 誰もいない夜の大通りに、荷物を置いておくなんて、ぬすんでください、というようなものだった。だから荷物がないのは、仕方がないことだが、いまだけはそれが忌々しい。


 警備兵が、大通りを見に来た程度であれば、隠れきる自信はあった。


 しかし移動のために、大通りに来たのであれば。もし反対側の裏道に向かうために、大通りを経由したとなれば、見つかる可能性が高い。姿を隠してくれる荷物はなく、屋台の内側に張り付くようにして、身を隠しているいま、警備兵が周囲を見渡してしまえば、その時点で気づかれる。


 そうなったらなったで、喉を掻っ切ってやればいい。


 この国の警備兵は、マーメイドと人間の混血児が多いからか、地上での動きはいまひとつだった。が水上ないし水中では、獅子王軍や鬼王軍をも上回る。ある意味、今回のことは不幸中の幸いと言ってもいいかもしれない。これが逃げ場のない船上であれば、こうして逃げ続けることはできなかっただろう。


 だが、いま自分がいるのは逃げ場のない船上ではない。蛇王軍が力を発揮しきれない地上だった。地上であれば、やりようはいくらでもある。


 そのためには、まず大通りに出てきた警備兵をやり過ごす必要がある。ひとりということはありえない。基本的に警備兵は、ふたり一組で行動する。となれば、どちらも始末するしかない。


 まずはひとり目をきっちりと殺す。その後、動揺している隙を狙って、即座にふたり目の喉を掻っ切る。それで終わりだ。モーレは静かに息を整えながら、聞こえてくる足音に耳を傾ける。


 だが、不思議なことに足音はひとつしか聞こえない。警備兵ではないのだろうか。いや、単純に離れているだけなのかもしれないが、これはこれで好都合とも言える。ひとりを引きずり込んで殺せば、もうひとりも勝手に近づいてきてくれる。そこをひとり目同様に、引きずり込めばいい。


 愛用のダガーナイフを、「狼の王国」製の魔鋼のダガーナイフを静かに握りしめる。


「まずはひとりめ」


 順序を改めて、頭の中で確認しながら、足音が近づいてくるのを待った。ほどなくして、足音が屋台のすぐそばにまで聞こえてきた。そのとき。


「モーレ! いるか!?」


 思いもしなかった声が聞こえた。思わず、声が漏れた。するとその声の持ち主は、屋台の内側に入り込んだ。


「あ、見つけた!」


 無駄に大きな声でそう言ってくれた。


 モーレは慌てて、声の持ち主を、カレンを引きずり込み、口を塞いだ。カレンがうめき声を上げながら、なにかを言っているが、そんなものはすべて無視だ。そんなことよりも、いまの大声のせいで、警備兵がこちらに来ないかを確かめるのが先決だろう。


 耳を澄ます。


 カレンがなにかを言っているのは、とてもうるさいが、それでも警備兵の足音が聞こえなくなるわけではない。


 近づいてくる足音は聞こえないし、歩哨の声もやはり聞こえてはこない。


 どうやらたまたま巡回している警備兵がいない区画だったようだ。それでも完全に安心しきることはできないが、ひとまず安心はできた。


 大きく息を吐くと同時に、カレンが自分から離れて立ち上がろうとする。いくら巡回していない区画とはいえ、立ち話をしているのを見られるのは勘弁してもらいたい。


 立ち上がろうとするカレンを、再び引きずり込み、とても小さく声をかけた。


「こんなところで、なにしているのさ、カレンちゃん!?」


「……俺にもわかんねえよ」


 小声で叫ぶという、自分でも器用なことをしつつ、カレンに詰め寄る。カレンも合わせてくれていて、消え入りそうな声で呟いていた。気を利かせてくれるのはありがたいが、なら最初から大声を出さないでほしいものだ。


「いや、わかんないって。わからないわけないじゃない。私のことを捕まえに来たんでしょう?」


「そんなつもりはないよ。そもそも捕まえに来たのであれば、ギルドの職員のお兄さんたちも引き連れているよ」


 たしかに、ひとりっきりで自分の前に姿を現している時点で、捕まえに来たというわけではないのだろう。


 だが、それならばなにをしに来たのだろうか。


 自分は犯罪者だ。その犯罪者を捕まえるのは、冒険者の仕事のひとつだ。


 なのに、カレンはそれを放棄する同然のことを言った。

 

 この子はなにを考えているのだろうか。

 

 この数週間、誰よりも長く一緒にいたが、それでもこの子の考えをいまだに把握しきれない。


 むしろ長くいればいるほど、この子の考えが読めなくなっていく。


 辺境の村出身とは言うが、それにしては、あまりにも一般常識が欠けすぎている。辺境の村出身だからとはいえ、「魔大陸」の植生くらいはわかっていそうなものだが、それさえもこの子は知らなかった。


 かと言えば、ビジネスマナーをわかっている。見た目は完全な美少女のくせして、中身はほぼ男だ。それもかなり粗暴な。なのに、年上相手にはきっちりと敬語を使っている。それまでとのギャップ差が激しい。


 本人曰く、頭が悪いそうだが、その割には、金銭感覚がとてもシビアだった。特に湯沸かしの仕事での賃金上げについては、宿屋で会計を担当していた妹のひとりが舌を巻くほどに狡猾なものだった。曰く、慌てた時点で負けていたとのことだ。


 ほかにも武道家クラスのくせに、魔法が使えるし、脳筋チックな発言をするくせに、記憶力がいいし、と。自分程度では、測れない子だった。だからこそこの子が考えていることは、自分にはわからない。


 おそらくすぐに考えが読めるような子であれば、ここまで入れ込むこともなかっただろう。早々に切り捨てていた。なにせカレンの境遇は、「獲物」にふさわしい。ギルドマスターのお気に入りということが、気にはかかるが、それ込みでも、これ以上とない「獲物」だった。少なくとも、最初の内は。


「聞いていると思うけど、私は犯罪者なんだよ。十歳児だと思わせていたけれど、実際は二十八歳の大人なんだよ。それもカレンちゃんのようなかわいい子を、酷い目に遭わせるゴミのような大人だよ。そんな私になにか用があって来たんでしょう? ほら、本当のことを言いなよ」


 これ以上この子と一緒にいると、なにもかもが狂ってしまう。


 最初から自分は狂っているようなものだが、それがより一層狂いそうだ。それを避けるためには、これ以上この子と一緒にいるわけにはいかない。さっさと離れるべきだった。


 なのに、この子と対話をしてしまっている自分がいた。話をするべきではない。この子は自分が近づいていい子ではない。そうだ。この子は自分のような汚れきった大人と一緒にいるべき子ではなかった。さっさといなくなってほしい。そして二度と顔を見せないでほしい。そう言えばいい。


 だが口は動かなかった。いやそういう風に動いてくれなかった。なぜかここに来た本当の用件を言えなんて、自分でも聞く意味がないと思うことを尋ねていた。


 違う。そうじゃない。そう思うのに、言動が一致してくれなかった。


「理由なんてないよ。でも、あえて言うとすれば」


「すれば?」


「モーレともう一度話がしたかったんだ」


 言葉を失う。よく言われるフレーズではあるが、これほどまでに、そのフレーズを言うにふさわしい状況も、そうそうないだろう。


 自分なんかともう一度話がしたかった。それだけのために、追ってきた。なんてバカバカしいのだろうか。バカバカしすぎて、呆れることさえもできない。


 ああ、そうだ、自分は呆れているのだ。呆れすぎて、顔に血が集まっているのが、よくわかる。


 決して恥ずかしがっているわけじゃない。呆れ果てて、怒っているからこそ、顔が熱いのだ。そうだ、そうに決まっている。だから静まれ、心臓よ。


 年甲斐もなく、喜んでいるわけがない。十三も下の小娘の言葉に、赤面するなんてありえないだろう。平常心だ、平常心。モーレは大きく深呼吸をする。が、なぜかカレンが顔を近づけてきた。頭の中が混乱していくのが、はっきりと理解できる。


「な、なに?」


「モーレはここから逃げるんだよね?」


「そりゃあ、そうだよ。逃げないと、私殺されるし」


 人身売買は、「魔大陸」の各国では違法だった。


「聖大陸」でも禁じられてはいるが、エルヴァニアでは、堂々と看板に掲げている店もある。エルヴァニアは、天王剣クロノスが安置される、歴史のある大国ではあるが、その分闇がどこまでも大きい。その闇の恩恵にあずかっている自分が言うことではないだろうが。


 とにかく、「魔大陸」で人身売買をしていたのだ。捕まれば、極刑は免れない。逃げるしかない。しかし、それもこうしてカレンと一緒にいては難しい。


 ここいらが潮時なのだろう。弟妹たちがまだ生きているかどうかは知らないが、散々他人の人生を食い散らかしてきた、その責を負うべきときが来たのだろう。


「……でも、まぁ、このままじゃ逃げきれないだろうね」


 警備兵の足音は聞こえない。だが、それもいつまで続くかわからない。駆け去ろうにも、カレンと話しているうちに、その気力もなくなってしまった。逃げたところで、素性が割れた以上、もうどうしようもない。完全に詰んでしまっていた。これ以上無駄に粘るよりかは、さっさと諦めた方が潔い。


「俺に考えがあるよ、モーレ」


 カレンが言う。なにを言い出すんだろう、この子は。カレンを見やると、とても真剣な表情を浮かべている。考えと言われても、ここからどうやって逆転しろというのか。モーレにはさっぱりと理解できなかった。


「カレンちゃん、気休めは別に」


「気休めじゃないよ。気休めかどうかは俺の話を聞いてから判断してよ」


 まっすぐに見つめて来るカレン。そんなカレンのまなざしに、気づいたら話すように促していた。カレンは嬉しそうに頷きながら、カレン自身の考えを口にした。

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