Act6-30 疲れた朝での問いかけ
本日二話目です。
「そう言えば、そなたらはどうしてこの国に訪れたのじゃ?」
朝からひどく疲れてしまった。
それでも朝になった以上は今日を始めなければならなかった。重たい体を引きずりながら、ダイニングに向かうと、すでにデウスさんが朝食を取っていた。
朝食と言ってもチーズなどのつまみと琥珀色の液体が入ったグラスを眺めていただけだったけど。どうやらデウスさんの朝は酒とつまみのようだ。朝から酒を入れるのはあまり体によくないですよと言いたかったけれど、デウスさんはぼんやりとしながら、グラスを揺らしていた。なにかを考えているのか、声をかけるのは憚れた。
声をかけられないままでいると、メイドさんのひとりが近寄って来て、「考え事をなされているときの陛下にはお声を掛けない方がよろしいですよ」と教えてくれた。なんでもデウスさんが考え事をしているときには声をかけないのがこの城での不文律だそうだ。
もっともその不文律を平然とタマちゃんは破り続けているそうだけども。ただそれは下手したら「殺してください」と言っているようなものであり、タマちゃんだからこそ許されている節があるとそのメイドさんは言っていた。
まぁ、つまるところ考え事をしているときのデウスさんには声を掛けない方がいいということだ。だからこそデウスさんにはあえて声をかけずに俺たちはそそくさと用意された席に腰掛けたところでデウスさんがグラスから目を逸らして言ったのがそのひと言だった。
「どうしてと言われても。そもそもどうしてというのであれば、俺たちもなんですけど」
「うむ?」
「いや、「アスモ」との間の砂漠で会ったときに「待ちわびたぞ」って言っていたじゃないですか。なんで俺たちが「狼の王国」に来ているのを知っているような口ぶりだったのかなって」
「獅子の王国」や「鬼の王国」に向かったときとは違い、今回連絡は入れていない。そもそも連絡をしていたのであれば、迎えが来て然るべきはずだ。
実際「獅子の王国」でも「鬼の王国」でも迎えが来てくれたもの。まぁ、迎えというか王さま自らがお出迎えなのは、いま考えればどうなんだろうと思うけれど。
とにかくあの二国に関しては連絡を入れた結果、王さま自らが出迎えに来てくれた。ただ今回は仕事でも休暇でもなく、プーレの慰労と鍛冶王ヴァンの子孫に会うために来ただけであって、連絡を入れるほどの用事はなにもなかった。
だから連絡を入れずに「ラスト」まで来たのだけど、どうしてデウスさんはまるで俺たちが来るのを待っていたみたいに言っていたんだろう? というかいつ気づかれたのやら。そのあたりがまるでわからないんだよね。
「ああ、そのことか。別に大したことではない。単純にこの国の領域すべてにまで妾は目を光らせ、耳をそばだてているというだけのことじゃ」
「つまり、各地に密偵がいるということですか?」
「そのとおりじゃ。妾の国と言えど、この国は広い。いくら妾でもこの国のすべてをこの目と耳だけで知るのは不可能よ。なれば妾の目となり、耳となる者を放つのは当然のこと。そしてその目や耳からの情報を妾という頭が処理し、行動を決める。この国に広がる砂漠は街と街の繋がりさえも断絶しかねぬ。その断絶が砂嵐によるものであればいい。嵐がやむのを待ってから再び繋がればいいだけのこと。しかしそれがもし嵐でなければ? 魔物の群れの襲撃によってであったら? 大規模な盗賊に襲われてしまってであれば? すぐに対処できればいい。しかしすぐに対処できなければ、妾の所有物がいたずらに傷を負うだけであるかのう」
グラスを傾けてデウスさんはひと口含んだ。飲酒によるものなのか、ほんのりと肌が紅く艶めかしかった。
「所有物、ですか?」
「うむ。この国とこの国に住まう民のことじゃ。それらはすべて妾の所有物よ。ゆえに妾は妾の所有物を守らなければならぬ。幸福になるように導かねばならぬ。それが妾の責務であり、妾の楽しみでもある」
デウスさんは酔っているのか、いくらか饒舌だった。しかし所有物ゆえに、か。考え方は傲慢と言えば傲慢だけど、その根底にあるのは深い愛情と大きな優しさだった。ただ素直にそれを言うのが恥ずかしいから所有物とか言っているんだろうな。
そう言えばレアが何度かデウスさんを素直じゃないとか言っていたような。たしかにデウスさんは素直じゃないな。
でもそういうところもまたこの人の魅力なんだろう。少なくとも俺にはそう思えるよ。
「まぁ、そのことはいい。とにかく妾がそなたらのことを知ったのは各地に放った目と耳によるものよ。ただそれでわかったのは、あくまでもそなたらが砂漠を旅して「ラスト」へと向かって来ているということ。この時期じゃから理由はだいたいわかるが。なにかしら武具でも用立ててほしいのかの?」
「はい。実はこの国に人を探しに来ました」
「ほう? なんという鍛冶師かえ?」
「よくわかりますね、鍛冶師って」
「さきほども言うたが、この時期この国、しかも「ラスト」に来るということは「狼王祭」が目的じゃろ? そして「狼王祭」での時期で人探しとなると鍛冶師くらいであろう。違うかえ?」
「いえ、合っています。俺たちは鍛冶師を探しに来ました。あとはプーレが最近頑張っているので、その慰労として夜景を見せてあげようかと」
「なるほど、なるほど。鍛冶師はともかく慰労かえ。まぁ、慰労とは言うものの昨日の様子からでは、はたして慰労になるかの? むしろ昨日の今日じゃ。一晩中オタノシミであったのではないかの?」
デウスさんは喉の奥を鳴らすようにして笑った。たしかに昨日の段階であればそういう風に思われても仕方がない。でも忘れてもらっちゃ困るのですよ。
「ふふふ、私がいてそんなことをさせるとでも?」
「……そうであったな」
デウスさんは笑うのをやめた。憐れむような目を向けてくれました。見ないで。そんなかわいそうなものを見る目で俺を見ないでください。これでも幸せなんですよ。
「……まぁ、それはいい。それでじゃ。どの鍛冶師を探しておる? 紹介状を書いてやってもよいが」
「えっと鍛冶王ヴァンの子孫って方です。名前まではわからないんですけど」
俺の言葉に、「鍛冶王ヴァンの子孫」という言葉にデウスさんは驚いたような顔を浮かべた。
二十四話連続更新後の二話更新はわりときついですね←しみじみ
明日は十六時に更新できればいいなぁと思います。




