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Act6-23 プーレの想い~溢れる想い~

 本日二十三話目です。

 夜空がとてもきれいでした。


 デウス様のお城のバルコニーから夜空を見上げる。眼下に広がるのは「ラスト」の街並みです。お城にまっすぐに来たから、ちゃんと見てはいなかったけれど、「ラスト」の街は光に覆われていました。


 太陽の光ほど強いものじゃない。むしろ月や星の光のようにとても柔らかな光。その光が地上を染めている。そのうえで夜空の月や星の光が地上を照らす。そんなふたつの光が「ラスト」の街を彩っている。


「旦那さま」がきれいだと言っていた夜景は、たしかにとてもきれいなものでした。


 でもひとりっきりじゃすごく味気ないものです。誰かと一緒であれば、「旦那さま」と一緒であれば、もっときれいに見えたんでしょうね。


「……その「旦那さま」に言わなくてもいいことを言ってしまったのです」


 いま思い出すだけで自己嫌悪してしまいそうでした。言わなくてもいいことだったのに、言う必要のないことだったのに、私はついつい言ってしまったのです。私自身の嘘偽りのない本音を「旦那さま」にぶつけてしまっていました。


 そう、「旦那さま」のお嫁さんは私だけでいい。それはたしかに私の本音でした。だって本来夫婦というものはそういうものなんですから。まぁ、「旦那さま」は女性ですから、夫婦と言っていいのかどうかはわからないのですけど、それでも私と「旦那さま」の関係は夫婦です。そうお父さんとお母さんと同じ夫婦のはず、なんです。


 でも「旦那さま」には私以外にもお嫁さんがいらっしゃいます。


 ノゾミさんを筆頭にレア様、アルトリアさん、エレーンさん、そしてカルディアさん。


 アルトリアさんと私にエレーンさんはたぶん同じくらいの地位ですけど、ノゾミさんとレア様は別格でした。でもおふたり以上にカルディアさんは別格なのです。


 なにせカルディアさんはもうどこにもいらっしゃらないのです。お亡くなりになられてしまったのですから。だからなんでしょうね。「旦那さま」にとってカルディアさんはとても大きな存在となっているのです。


 ……私が仮に死んだとしても、きっとカルディアさんほど「旦那さま」にとって大きな存在となることはないはずなのです。


 だって私にはなにもないのです。


 せいぜいお菓子作りと中途半端な治療ができる程度。その程度しか私にはできないのです。そんな私が死んだところで「旦那さま」の心に私という存在が刻まれることはないはずなのです。むしろカルディアさんとは逆で、あっさりと忘れてしまわれそうです。


 それくらい私はちっぽけな存在でしかないのです。


 そんな私があんな大それたことを言ってしまった。きっと嫌われてしまったのです。それどころか──。


「おまえはもういらない。とっと国に帰れ」


 と言われても不思議じゃないのです。そう言われてもなにも言えないようなことを私は旦那さまに対して言ってしまったのですから、当然と言えば当然でした。だって悪いのは私なのです。私が我慢できなかったからいけないのです。


「どうして我慢できなかったんでしょうか」


 バルコニーに寄りかかりながら、深いため息を吐く。


「「旦那さま」がノゾミさんを大切にしているのは、わかっていることだったのに」


 そうです。「旦那さま」にとってノゾミさんはとても大切な人なのです。それこそお亡くなりになったカルディアさんよりも大切にされているのです。


 だからノゾミさんを誰かが奪おうとしていれば、「旦那さま」が堪えられるわけがなかった。だからあれは仕方がないことだったのです。


 でも仕方がないとわかっていても私は言ってしまいました。だってあの場にはノゾミさんはいなかったのです。いたのは私とシリウスちゃんだけだったのです。そのシリウスちゃんは眠っていて、事実上私しかいなかったようなもの。


 なのに「旦那さま」はノゾミさんのことばかり。「旦那さま」の治療をしたのも、看病をしていたのも、そしてあの部屋にずっといたのもノゾミさんではないのです。私なんです。私が全部していたのです。なのに「旦那さま」はノゾミさんのことばかり。最初にお礼を言ったきりで、それ以降は私に対してなにも言ってくれませんでした。


 だからなんでしょうか。私は爆発してしまった。


 もともと溜まっていたのかもしれません。最近はお師匠に修行をつけてもらう日々で、休む暇がなかったというのもありますが、なによりも「鬼の王国」から「旦那さま」たちが戻ってこられたことで、アルトリアさんからのあたりがとても厳しいものになったのが一番の理由です。


「私に同情だと? 何様のつもりだ!」


 シリウスちゃんとすれ違いを続けるアルトリアさんをフォローしようと声を掛けただけで、私は頬を叩かれました。そのうえまるで仇を見るような目でアルトリアさんは私を睨んでいました。それがあったのがちょうど食堂だったから、人の目が大量にある食堂だったからなにもありませんでしたけど、あれがもし人目につかない場所だったら、私はもしかしたら殺されていたかもしれない。そう思えるくらいにあのときのアルトリアさんの目はとても怖かったのです。ただ私にとっては幸運で、アルトリアさんにとって不運だったのは──。


「プーレママにひどいことをするな!」


 シリウスちゃんが私を庇ってくれたことです。それは同時にシリウスちゃんからの非難をアルトリアさんが受けたということでもあるんですけど。


 あのときの、シリウスちゃんから非難を受けたアルトリアさんはとても怖かったのです。泣きながら、私を睨んでいました。


 シリウスちゃんはそのことに気付いていたのか、それとも気付いていなかったのはわかりません。ただあれでより一層アルトリアさんとシリウスちゃんの仲には溝ができたようでした。そしてそれからです。嫌がらせを受けるようになったのは。


 嫌がらせと言っても誰の目から見て明らかなものではなく、ぱっと見ただけではわからないような陰湿で手の込んだものでした。


 洗濯した下着が消えたと思ったらギルドの前に落ちていたり、ケーキを作っていたら、なぜかケーキの中から入るはずのない石が出てきたり、と。下着は風で飛ばされたと言えるし、石だってみなさんにお出しする前に気付けたから問題はありませんでしたけれど、どれもこれも偶然と片づけるのは無理がありました。


 かといってアルトリアさんがしたというわけじゃないのです。そもそもアルトリアさんがしたという証拠はありませんでした。


 ただ決まって、アルトリアさんが庇ってくれたり、事情を聞いてくれたりしてくれました。一見それは善意のようには見えるのです。


 でもアルトリアさんの目はとても暗く澱んだものだったのです。それだけでアルトリアさんのせいだと言うわけにはいきません。


 だけどそんなことがよく起こっていたからこそ、私はストレスが溜まっていたのかもしれません。そのストレスのせいで「旦那さま」にあんなことを。


「……「旦那さま」に嫌われたのかもしれないのです」


 嫌われたくないのに嫌われてしまった。それも私のわがままのせいで。自己嫌悪がひどいです。それこそ──。


「このまま、ここから飛び降りれば楽になれるでしょうか?」


 そんなバカなことを考えてしまいそうになりました。でもそれくらい私は追い込まれているのです。どうしたらいいのか、さっぱりわかりません。


「どうしたらいいんでしょうか」


 誰に問うわけでもない言葉を洩らしながら、空をぼんやりと見上げていた、そのとき。


「プーレ!」


 いま一番会いたくもあり、会いたくない人の声が、「旦那さま」の声が聞こえてきたのでした。

 続きは二十三時になります。

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