Act6-14 レアの気遣い
本日十四話目です。
廊下からなにやら絶叫が聞こえてくるけど、こちとらそんなことを気にしている余裕はねえ!
というのも──。
「パパ! 私あれ嫌い! 噛み殺したいの!」
「落ち着け、シリウス! ほらひっひっふー」
「「旦那さま」、それは子供を出産するときに力むための呼吸ですよ?」
「そんなの知っているよ!」
いかん、レアからツッコミを受けることになるなんて!
でもそれくらい、いまは緊急事態です! なにせ、シリウスったらプーレを辱しめられた怒りのあまり、お目目が真っ黒かつ、瞳孔が縦に裂けつつあるんですもん! 心なしか、声が二重に聞こえるような気がするけど、きっと気のせいですよね!?
「し、シリウスちゃんが、なんだか大きくなっているのですよ!?」
プーレが慌てている。慌てながら事実を言ってくれます。ああ、もうはっきりと言おう。シリウスはデウスさんのおかげで再び「フェンリル」化しかけています。
うちのまいまざー、本当に頼りねえな!? なぁにが全状態異常を完全無効だよ!? 再び異常になっているやん!? それでも母神さまかよ!? 内なるツッコミは際限なくあるけれど、いまはそんなことをしている余裕は皆無だ。いまはどうにかシリウスを抑えこまなきゃいけない。いけないというのに──。
「あらあら、シリウスちゃんったら」
スパイダスさんの森で一緒に「フェンリル」と化したシリウスと対峙したはずのレアは、なぜかのほほんとしています。そんなことをしている余裕は皆無でしょう!?
「レアはなんでそんな余裕ですかね!?」
「実際余裕ですもの」
「どこが!?」
レアはわけのわからんことを言っているけれど、いまはそんなことを言わせている余裕はありません。
「とにかくレアもシリウスを止めて!」
「仕方がないですね。ほらシリウスちゃん、レアママのお胸ですよ?」
言うなりレアはなぜか胸元をはだけさせて、ってなにしているの!? そんなことでいまのシリウスが止まるわけが──。
「わぅ!」
裂けていた瞳孔が、というか大きくなりつつあった体が一瞬でもとに戻り、そのままシリウスはレアの胸のなかにダイブすると、顔をグリグリと押し付けて、尻尾をフルスロットルさせている。
「……ドウイウコトナノ?」
あんまりな光景に二の句が出ません。当のレアは嬉しそうに笑いながらシリウスを抱き締めていた。
「シリウスちゃんは本当にレアママのお胸が好きね。ふふふ、大きくなっても甘えん坊さんなのは変わらないのね」
「ち、違うもん! 私は甘えん坊じゃないもの!」
シリウスは顔を赤くしながら、レアの胸から顔を出した。その顔には至って遺憾であると書いてあるようだった。
とはいえなぁ、シリウスは実際甘えん坊だし。というか無類の胸好きというか。なぜに胸なんてものがそんなに好きなのか、パパには本当にわからないよ。
「なんでそんな胸なんか好きかね?」
「バカ! パパのバカ!」
シリウスがくわっと目を見開きながら、俺を睨み付ける。ぶっちゃけ怖いデス。
というか、なぜに俺は愛娘にディスられているのよ? 意味がわからないよ。
「えっと?」
「お胸はドリームなの! そこには夢がいっぱい詰まっているの! 私はお胸に顔を埋めながらその夢を追いかけているの! いわば夢追い人なの!」
「……ソウデスカ」
いかん。我が娘ながら言っている意味がわからないよ。
たしかにドリームは詰まっているかもしれないけど、具体的にはどんなドリームだよ?
うん。そろそろこの嗜好については矯正した方がいいかもしれない。他ならぬこの子のためにも。
「あ、あははは、私のことはおいてけぼりなのです」
なんとも言えない顔でプーレは胸元を押さえながら笑っていた。
でも笑っているように見えるだけで、本当に笑っているとは限らなかった。むしろ無理をして笑っているように見える。
でもなにを言えばいいんだろう?
プーレは辱しめに遭っていたわけで、そんなプーレを俺は守ることができなかった。そんな俺がなにを言えるというんだろうか?
「えっと、その、ごめんな?」
「……謝らないでくださいなのです。「旦那さま」はなにも悪いことはされていないのです」
プーレは笑っていた。笑いながらも、その手はほんのわずかに震えていた。その手の震えを見ないふりはできなかった。できないけれど、なにをしてあげればいいのか。なにをしてあげればプーレの恐怖を拭ってあげられるのか。俺にはわからなかった。
「……はぁ。シリウスちゃん、ちょっとお散歩しましょうか」
「わぅ?」
「いいからこっちよ」
レアはそう言ってシリウスを強制的に連行していく。そしてなにごともなかったかのように部屋を出ると──。
『少しの間は目をつぶってあげますから、プーレちゃんを安心させてあげてください』
念話越しでレアは面白くなさそうな顔をしながらそう言った。同時にぱたんと部屋の扉が閉まった。部屋のなかに俺とプーレだけが残る形になってしまう。
「……えっと」
「なんですか?」
プーレは少し距離を開けている。距離を開けながら俺をじっと見つめていた。なにを言えばいいのやら。というかすごく気まずい。プーレはレイプされそうになっていた。そんなプーレを俺は途中まで見ていることしかできなかった。
嫁と言っておきながら、その嫁を守り切れない失態を犯したのに、いまさらそのプーレになんて声をかけてあげればいいんだろう? なにを言えばプーレの心を救ってあげられるんだろうか?
「あー、その、あれだ。まず謝っておく。ごめんなさい!」
「え?」
プーレが不思議そうに首を傾げるも、俺はすぐに間を詰めてそのままプーレを強く抱きしめたんだ。
続きは十四時になります。




