Act0-55 衝撃
PV5100突破しました!
いつもありがとうございます!
「本来であれば、いくらお姉さまからの紹介状だったからとはいえ、飛び級までです。したがって、Dランクまでの魔物しか「討伐」許可は出さなかったんです。それを「特別」にCランクまでの魔物の「討伐」許可を出してあげていた。それがどういうことなのか、わかっていますか?」
「……Cランクまでの魔物の「討伐」とDランクまでの依頼でどうにか稼げってことですよね」
「その通りです。Cランクの依頼やBランク以上の魔物の「討伐」ができれば、金貨十枚を稼ぐことは十分に可能でしょう。Cランクの魔物の「討伐」を許可するまでで金貨を三枚稼げている。あなたの能力がEやDランクで終わる程度ではないことのいい証拠でしょう」
淡々と、だが、初めて聞いたギルドマスターからの俺の評価。エンヴィーさんが紹介してくれたから、特別扱いしてくれていると思っていたけれど、それだけではなかったようだ。少し嬉しい。でも嬉しいです、と返事をするような雰囲気ではなかった。
「ですが、拙速は危険です。あなたとしては、危険を承知でお金を得たいのでしょうが、ギルドマスターが私でなかったとしても、許可は出さないでしょう。あなたには才能がある。けれど才能がある者が、常に高ランクの冒険者になれるとは限りません。むしろ才能があるからこそ、挫折や慢心の末の死亡が多いのです。かつての私が仲間たちを犠牲にしてしまったように」
ギルドマスターは真剣な表情を浮かべている。いままで事あるごとに、散々俺に「死ね」と言っていた人と同一人物とは思えないほどに、俺のことを気遣ってくれている。それがはっきりとわかる。それでも俺は──。
「……私が見たところ、あなたはここ五十年で見たことがないほどの才能があります。ダークネスウルフを単独かつEランクで、ほぼ無傷で「討伐」したというのが、その証拠です。正直な話を言えば、数年ほど私が直々に鍛えて差し上げたいところです。あなたの数年をくださるのであれば、その代りに私の権限でBランク、いえ、Aランクの冒険者に飛び級させても構わない、とさえ思っています。だからこそ忠告するのですよ。現段階で、これ以上の無茶はやめなさい、と。それ以上無茶をすれば、どうなるのかなんて、言わなくてもわかるでしょう?」
ギルドマスターは、正論を言っている。そして本当に俺のことを気遣ってくれている。普通Dランクの冒険者をここまで気遣うようなギルドマスターなんていないだろう。
この人は横暴なことを言うけれど、間違ったことは言わない。あとは、脳内が真っピンクであることを除けば、エンヴィーさんたち同様に、素直に尊敬できる人なのだけど、まぁ完璧な人なんていやしないから、こういう欠点があった方が、かえってとっつきやすいと言えなくもない。最近のエンヴィーさん以上に、口うるさい人だけど、それもすべては俺のことを考えてのことなのは、聞くまでもないことだった。
「思えば、金貨十枚を一か月で稼ぐ。竜王さまも無茶なことを言われたものです。ですが、いまならまだ条件を緩くしてもらえるのではないでしょうか?」
「どういうこと、ですか?」
「つまり諦めなさい、ということです。金貨十枚はやはり無謀だと、三週間かけても金貨三枚がせいぜいだったと言えば、いえ三週間で金貨三枚を稼げたのだと言えば、彼の方も条件を見直してくださるかもしれません。むろん、私もその際には書状を認めましょう。竜王さまと蛇王さまに宛てたものを。私単独では、無理かもしれませんが、蛇王さまの口利きもあれば、彼の方もきっとお認めくださるでしょう」
思いもしない言葉だった。いや、ギルドマスターの立場を考えれば、そう言うのは当然かもしれない。なにせ期待の新人をこんなところで潰すわけにはいかない。だからこその提案。ギルドマスターの目は、俺を試そうとしているものじゃない。いまにもその書状を出されたところで不思議じゃない。それくらい本気の目だった。なにせエンヴィーさんを「お姉さま」ではなく、蛇王さまと言ったんだ。いまの言葉が本気であるのは、うかがい知れた。だからと言って、俺が頷く道理はなかった。
「お気持ちだけ、いただいておきます」
「……バカな子ね、あなたは」
「ええ。バカなんです。知っているでしょう?」
「わかっていますよ。あなたがおバカなことは。そしてそんなあなたを、さらに危険な目に駆り立てようとしてしまう私自身もまた、ね」
ギルドマスターがまたため息を吐いた。そして切り出した。
「カレン・ズッキー。略式ではありますが、これよりCランク冒険者として活動してください」
「え? でも、この前Dランクになったばかりですよ?」
Dランクに昇格してから、まだ一週間も経っていなかった。その間、常駐依頼をこなしてはいたが、まだ昇格分の貢献度は溜まっていないはずだ。
「本来、常駐依頼であれば、あと二、三十件分はこなしてもらわなければなりませんが、今回は二件大きな依頼をこなしてもらいましたのでね。その分、貢献度を大きく稼ぐことができました。加えて、十数人の盗賊をひとりで殲滅できた。そんなDランク冒険者なんているわけがありません。二件分の貢献度に加え、私からの推薦で、Cランクに昇格できました。あと二件分の依頼と合わせて、金貨十枚達成できましたよ。後ほど受付で報酬をもらってきてくださいね」
言われた意味がうまく理解できない。大きな依頼を二件こなした。なんのことだろうか。俺が今回したのは、独断でモーレを助け出しただけだ。
だが、一件はわかる気がする。
ギルドマスターは、盗賊十数人をひとりで殲滅した、と言っていた。実際俺が潰した盗賊たちは、十数人ほどだった。おそらくあいつらを殲滅するという依頼があったのだろう。Cランク以上の依頼票は見ていなかったが、ギルドマスターの口ぶりからして、たぶんそのことのはずだ。
しかしそれでは一件だけだ。ギルドマスターは二件と言っていた。もう一件がなんのことなのか、俺にはさっぱりと理解できない。
「二件のうち、一件はあなたが殲滅した盗賊たちのことです。どうやら「獅子の王国」から流れてきた盗賊のようでしてね。「獅子の王国」でも、いろいろとめんどうなことが起きているそうですから、その余波で流れてきた盗賊たちのようですね。あちらで主流となっている「蒼炎の獅子」と折り合いが悪かったか、もしくは縄張り争いで負け、吸収され、追い出されたかのどちらかでしょうね」
「「蒼炎の獅子」ですか?」
「ええ、いま「獅子の王国」を騒がせている、大規模な叛徒兼自称義賊の盗賊団ですよ。まぁ、獅子王さまと獅子王軍が本気でかかれば、一昼夜で滅ぼせる程度だという話ですから、規模だけ立派な烏合の衆というところなのでしょう。まぁ、彼らのことはさておき。うちの国に流れてきた盗賊たちは、流れ者であり、この国で再起を図ろうとしていたのでしょうね。もっとも彼らが流れてきていることは、すでにわかっていましたので、こちらとしても手配票を貼り出していましたから。そのうち殲滅されるのは、目に見えていましたが」
手配票。そういえば、そんなものもあった。通常の依頼とは違うが、手配票のおたずね者を生死問わずに、ギルドまで連れてくるないし、証拠を持ってくれば、懸賞金を貰えるというシステムになっている。が、通常の依頼よりも危険度が高い。その分報酬と貢献度が高めに設定されていた。しかし魔物を「討伐」する常駐依頼とは違い、手配票のおたずね者たちは、基本的に人間が相手だった。
俺はいままで人間を殺す気にはなれなかった。いや同じ人間を殺してまで、金を得ようと思っていなかった。だから手配票を見ようともしていなかった。
その手配票に、あの盗賊たちは貼り出されていた。手配票のおたずね者を連れて来ることもまた依頼扱いされる。そして俺はあの盗賊連中を全員殺した。殺した証拠は持ってきていない。が、ギルドマスターの口ぶりからして、なにかしらの方法で俺があの連中を殲滅したのを確認していたのだろう。ギルドマスターもエルフ系の種族らしいし、精霊の力を借りたと言われても納得はできた。
だが、それでもまだもう一件の謎が残っていた。手配票のおたずね者を殲滅した。それが一件。しかしそうなると、もう一件がなんなのか。モーレの両親が、俺があいつらを殲滅している間に、ギルドに依頼でもしたのだろうか。というか、それ以外には考えられなかった。
「おかみさんたちが、依頼を出したんですか?」
自分で口にしてなんだけど、ありえないかなぁとは思っていた。なにせ依頼になるまでが早すぎるし、そもそもギルドマスターの言う、「大きな依頼」にはさすがになりえない。人ひとりが誘拐されたんだ。地球であれば、大事だった。
しかしこの世界では、人ひとりが誘拐されたという程度は、大したことじゃなかった。日本とは比べようもなく、治安が悪い。なにせ剣と魔法、そして魔物が跋扈する世界だ。そんな世界では、誘拐なんてものは、よくある話らしい。
まぁ、王族や上級貴族の子息、子女が誘拐されたのでれば、大事に発展するが、今回は町娘が誘拐されただけだ。その程度では、大事にはならない。そりゃあご家族にとっては、大事だろうが、大きな目で見れば、その国において、町娘のひとりやふたりが誘拐されたとして、なんの影響が出るというのだろうか、ってことになる。俺にしてみれば、王族も貴族も町娘も同じ命じゃないかと思うのだが、そう思うこともまたこの世界では、常識知らずってことになってしまうようだ。全体的に言って、命の価値が軽い。それがこの世界だった。
そんな世界で、町娘でしかないモーレを助けることが、どうして大きな依頼になるのだろうか。あるとすれば、実はモーレが上級貴族の娘だったという可能性だが、ラノベやゲームでもあるまいし、そんなご都合主義があるわけがなかった。
でもそうなると、いったい俺はどんな大きな依頼をこなしたのだろうか。やはり見当はつかなかった。
「彼女たちが依頼人となることはありえません。捕縛した犯人が依頼人になるわけがないでしょう?」
「……えっと、いまなんて?」
ギルドマスターが口にした言葉。その意味をうまく理解できなかった。誰が犯人とこの人は言ったのだろうか。モーレの両親が犯人。なんのことだ。というか、この人はいったいなにを言っているのだろうか。
「カレンさんには、感謝していますよ。雲隠れを続けていた、誘拐犯たちを、一網打尽にするきっかけをくれましたからね。隠ぺい系の魔法を使われていたとはいえ、まさかあんなにも堂々と宿屋を営業しているとは。さすがに思いませんでした。ギルドも国も、騙されに騙されてきましたからね。せいぜい行商人を疑う程度で、宿屋の一家を疑うなんて、考えてもいませんでしたよ」
なにを言っているのか、やっぱりわからない。まるでモーレたちが犯罪者だと言っているように聞こえる。でもそんなことあるわけがない。
だってモーレも、モーレのご家族もみんな優しい人ばかりだ。モーレに至っては、まだ十歳児だ。十歳児だからって罪を犯さないってわけじゃない。
でもあんなにも純粋無垢なモーレが、「勇者と七人の仲間」を聞かせると喜んでくれたあの子が、犯罪者だなんてあるわけがなかった。あっていいわけがない。あの笑顔が、罪に汚れたものなんて、考えたくなかった。けれどギルドマスターは、それが真実だと言っているかのような、口ぶりだった。
どっちを信じて、信じないかって話じゃない。俺はどちらも信じている。だからどちらがより信じられないかなんて言われようとも、答える気はない。
しかしギルドマスターは、まるでどちらを信じるのかと尋ねてきているように思える。なんでこんなことをするのか、俺にはまるで理解できない。
「ギルドマスターは、なにを言っているんですか?」
「事実を口にしています。あなたが認めたくないであろう事実を」
「認めるも認めないもないです。だってモーレはまだ十歳で」
「彼女の本当の年齢は、二十八歳ですよ、カレンちゃん」
声が聞こえた。振り返れば、そこには一糸まとわぬ姿になったエンヴィーさんが立っていた。




