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Act5-ex-4 星空の下で

 そう言えば、今日で一周年なんですよね。

 早いものだ←しみじみ

「やれやれ、ようやく落ち着いたか」


 ため息とともに聞こえてきた声に、意識を取り戻した。


 まぶたを開くとそこには満天の星空が広がっていた。あのときとよく似た星空だった。


「……どれだけ暴れていた?」


「三日三晩というところかな?」


「……そんなに暴れていたか」


「お陰で大変だったよ。一撃一撃が致死クラスの攻撃だから、防ぐので精一杯だったよ」


「……その割には余裕があるようだが?」


「そこは歳上の意地だよ」


「いくつも変わらんだろうに」


「それでも私が兄者であることには変わらんだろう?」


 兄者が笑った。似合わない仮面をつけながらだが、それでも笑っているというのがわかる。


 長い付き合いだった。


 親よりもはるかに長い付き合いを兄者とはしている。


 それはほかの「七王」たちとも変わらない。


「ここは?」


「「鬼竜の谷」だ」


「……よくここまで俺を運べたな?」


「グリード」近郊ではないことはわかっていたが、まさか国境近くまで来ているとは思っていなかった。


「この三日でなにかあったかな?」


「さぁな。さすがにそこまで気を回せる余裕はなかったよ。言っただろう、私もぎりぎりだったと」


「……そんな余裕がある顔で言われてもなぁ」


「だから余裕はないと言っただろう? 少なくとも、誰に見られているかわからない状況で、すべてなど出せるわけもない」


 兄者は淡々と、だが事実を言った。


 そう、この場には俺と兄者しかいない。


 だが、どこに目があるのかはわからない。だから、俺も兄者も全力は出していない、はずだ。


「俺は「あの力」を使ったか?」


「いいや。「震」までだ。そこから先は使っていなかったよ」


「そうか」


 少し安心した。


「震」までであれば、理性を失っても「震」までしか使わなければ、誰もがそれで限界だと思ったことだろう。


 実力を隠すという意味であれば、十分に目的を果たしていた。


「で?」


「で?」


「勝ったか? 負けたか?」


「自分の格好を見てみろ」


 兄者に言われた通り、視線を下げてみると、ずいぶんとボロボロになっていた。特に腹には大きな血の染みと大きな穴が服に空いていた。


「そうか、また負けたのか」


 言いながら肩を落とす。


 理性がない状況だったとはいえ、今回も勝てなかった。理性がない状況で勝ったところで意味はないが、勝ちは勝ちだった。


「いつになったら勝てるんだか」


「そう簡単には勝ちは譲らぬさ」


 兄者は剣を納めた。俺の武器は手には握られていなかった。見回すと武器の残骸が落ちていた。


 見るも無惨に壊れてしまっている。


「……怒られそうだ」


「というか説教だろうな」


「だよな」


 これからのことを考えるとひどく憂鬱だった。


 どうせまた嫌味をネチネチと言われるのだろうし。本当に嫌になる。


「なぁ、兄者」


「断る」


「まだなにも言っていないぞ?」


「おまえのことだ。「武器が壊れたから修理か新しいのを貰ってきてくれ」とでも言うつもりだったんだろう?」


「まぁな。俺はデウスが苦手だから」


「それを言うのであれば、私もだよ。あいつは昔からなにかと私に突っ掛かってくるし」


「……まだ理由がわかっていないのか?」


「考えてもさっぱりわからん」


 兄者は肩を竦めている。この人の鈍感はいつまでも治らないようだ。そもそもレア姉の好意にも気付いていなかったほどなのだから。


 レア姉はあんなにもわかりやすく想いを寄せていたというのに、あっさりと他の女に落とされてしまったのだから、この人はつくづく恋愛という意味では救いようがない。


 ただそんな兄者を理解したからこそ、レア姉はあっさりと踏ん切りをつけられたわけなのだが。


 ただデウスはそうではなかった。あれもさっさと諦めればいいのにいまだに兄者を狙っている。


 だが狙い方がなんとも子供っぽいというか、恋愛偏差値が低すぎるだろうと言いたい内容だった。


 どれだけこじらせば気がすむんだと言いたくなる。言ったら言ったで待っているのは説教なのだから、理不尽極まりない。


「……まぁ、いいさ。それにしても武器をどうするかだなぁ」


「おまえの膂力に耐えられる武器などそうそうあるわけがない。というよりも魔鋼製はやめたらどうだ? おまえの力に耐えられるのはアダマンタイトクラスではないと無理だろう?」


「わかっているんだがな」


 アダマンタイトはスパイダスたち一族の体だった。スパイダスは友だ。その友の一族の亡骸をくれというのは憚れる。そんな事情を兄者は知らない。だからこそアダマンタイト製の武器に替えろと言ってくる。知らないからこそ言える言葉なのだから、文句を言う気にはなれなかった。


「森の異変はこれで終わったのだろう? なら武器を新調しに「ラスト」でも行って来ればいい」


「……だが、俺は王であるわけで」


「レヴィアは普通に国を留守にしているぞ?」


「レア姉だから許されていると思うんだが」


「それはあるとは思うが、王という超越者はあくまでも役職にしかすぎん。王という生物ではないのだ。なれば少しくらい羽目を外しても問題はなかろう。おまえは特にこの国のために頑張っている。少しの間国を離れても問題はないだろうさ」


 たしかに部下からはたまには国を離れてもいいと言われていた。武器も壊れたことであるし、心配事も終わったのだから、一時的に国を離れるにはちょうどいいのかもしれない。


「それにだ。鍛冶王ヴァンの子孫が「ラスト」に向かったのだろう? 鍛冶王ヴァンの子孫であれば、おまえの膂力に耐えられる武器が作れるんじゃないか?」


 兄者はにやにやと笑っている。わかっていて言っているのだから、本当に性質が悪い。


「……それを言うのであれば兄者こそ、たまには看てもらいに行ったらどうだ?」


「私はあの人が苦手でな」


「俺だってそうだよ」


 ふたりも苦手な相手がいる「ラスト」へとわざわざ向かいたいとは思わない。ただ向かわないという選択肢は悲しいことに存在していなかった。


「気が重いなぁ」


「そういうな、マモン。これも必要なことだ」


 兄者が笑っている。他人事だと思ってのんきなことだ。そういうところはあの頃からなにも変わっていない。


「ねぇねぇ、マモン。僕は君が気に入ったよ。僕のところに来ないかい?」


 初めて同じ仕事をしたとき、兄者はそう言って俺を自身の商店へと誘ってくれた。商いのことなんて俺にはわからなかった。


 でもそんな俺でも兄者は必要としてくれた。誰かに必要とされること。それが堪らなく嬉しかった。あの出会いがあったからこそ、いまの俺がある。俺はもうあの頃のように誰かに必要とされたいと思うような子供じゃない。もうひとりっきりの子供じゃなかった。


「仕方がない。ルルドたちを送ったら、そのまま「ラスト」まで行ってくるか」


「デウスによろしくな」


「……ああ」


 考えたくないことをあえて言ってくれる兄者に向かって、俺は思いっきり渋い顔をしながら頷いた。

 これにて第五章は終了です。

 明日より第六章開始です。

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