Act5-ex-1 先代と当代~静止した世界で~
順調だった。
順調に強くなれている。
いや、順調に「力を得たよう」に見せられている。
それ事態はとても喜ばしいことだ。
ただ「我が君」を騙しているようで、あまり気は進まない。
でも、「我が君」を騙すなんていまさらだ。
この身はとっくに「我が君」を騙しているのだから。
そうだ。この身はすでに嘘にまみれている。
だからいまさら嘘が増えたところでなんてこともない。そう、なんてこともないはずなのに──。
「「我が君」は本当によきお方よな、継嗣」
「先代」の声が聞こえてくる。やはり「先代」はいつものように陰からこそこそと見守っていたようだ。
「言い方に刺があるのぅ?」
「気のせいじゃない?」
「……まぁ、そういうことにしておくかのぅ」
「先代」はため息混じりに「やれやれ」と肩を竦めているようだ。
……魂だけの存在がどうやって肩を竦めるのかは私もわからないけど。
「「我が君」にはご迷惑をおかけしてしまった。いずれ謝罪をせんといかんのう」
「そのまえに私に謝るのが筋じゃないかな?」
どう考えても「我が君」以上に私に迷惑を掛けたのだから、まずは私に詫びするのが筋ってもんじゃないのかな?
「アホウ。あれを宿すと最初に言うたのはそなたであろうに」
「先代」が呆れていた。それを言われると私はなにも言えなくなってしまう。
だって事実だもの。
私は進んであれを宿すことに決めた。「先代」にはギリギリまで反対されていたけど、強引に押しきった。というか宿すことはこの先のことを考えると必要不可欠だったから。
でも、予想以上にあれは強すぎた。
正確にはあれの憎悪は私が思っていた以上に強かったんだ。
その結果があんな無様を晒すことになった。
でもあれがあったからこそ、誰も私を疑わなくなったはずだ。
私をただのシルバーウルフだと思い込んでくれたはずだ。
そういう意味であれば、今回のことは想定通りと言ってもいい。……いくらか逸脱してしまったけれど、想定通りであることには変わらない。
「……まぁ、我らの想定通りであることは否定せぬよ。想定通りと言うには逸脱してしまったが、ああなるのは計算の内ではあったが──」
「なにさ?」
「「ぱぱ、どこ!?」だったかな?」
「っ!?」
「くくく、久しぶりに笑わせてもらったわ。なんだかんだと偉そうなことを抜かしよるが、やはりそなたはまだまだ小娘よな。六のにからかわれるのも無理はないのぅ」
「先代」が楽しそうに笑っていた。
このジジイ。ふざけたことを言ってくれるね。
「あれは「我が君」に私が見た目の通りであることを誤認させるためのものであって──」
「そうかそうか、えらい役者になったものよな? 迫真の演技過ぎて、てっきり我は本気でそなたが乗っ取られそうになっていると思うたよ」
高笑いをする「先代」に、私は唸ることしかできなかった。
「ゆえにじゃ、継嗣よ。そろそろ諦めてもよいぞ?」
「先代」の口調から穏やかさが消えて、真剣な声色になった。またその話のようだ。
「その話なら何度も言っているけど、諦める気はないよ」
「だがなぁ、継嗣。我にはそなたが無理をしているようにしか思えぬ。そんな無理をしても意味はなかろうに。最初にも言うたが、別にそなたでなくてもよいのだぞ? そなたはただの子供に戻ってもよいのだ」
「その子供時代を奪い取ったのになにを言っているんだか」
「それとて何度も警告した結果であろう? 我らとて何度も止めたではないか。それをそなたが頑として譲らなかった結果ではないか」
「……忘れたよ。そんな大昔の話なんて」
「千年も経っておらんのに、忘れるわけがなかろう?」
「どうだろうね? たしかに千年はまだ経っていない。でも私はもう何百年も過ごしているんだ。すでに私の中では大昔のことになっているよ」
そうだ。あのときのことはもう何百年も昔の話だ。だから忘れたという体にしても問題はない。私が子供でいられた頃は、なにも難しいことは考えずにいられた幸福な日々は、もうとっくの昔に終わってしまっているのだから。
「それでも私は進むよ。だって私は「我が君」を、パパを守りたい。守るために私はいまここにいるんだ」
「……それで本当によいのじゃな? 継嗣。いやシリウスよ」
「それでいいよ。それでいいんだよ、先代「ロード・シリウス」」
「先代」、いやロード・シリウスはそれ以上なにも言わなかった。ただ「わかった」と。苦渋に満ちた声で「わかった」とだけ言った。私の答えがロード・シリウスの望むものではないことはわかっていた。それでも私はこの道を進むと決めた。だから私にはもう迷いはないんだ。すべては「我が君」を、パパを守るためだけに。パパの幸せを守るために私はここにいるのだから。
「おぬしの強情なところははたして誰に似たのやら。血の繋がりはなくとも、やはり親子なんじゃなぁ」
「……私の方がずいぶんと年上になってしまっているけれど、そうだね。私はたしかにパパの娘だもの。ね? パパ」
背中にいるパパに向かって声を掛ける。でもパパはなにも言わない。穏やかな顔のまま空を見上げていた。セピア色の空をレアママと一緒になって見上げている。ここで過ごし始めてもう「何年」経っているだろうか? 時間の経過はとうにわからなくなっている。
「……ごめんね、パパ。でもまたすぐに会えるからね。だからもうちょっとだけ時間をちょうだい。もうちょっとだけ我慢してね、パパ」
大好きなパパを真正面から抱きしめる。パパはなにも言わない。ぬくもりもその心臓の鼓動さえ聞こえない。でもパパは生きている。それはレアママも同じ。ただ時が止まっているだけ。この時の止まった世界に私はいる。
「頑張るからね。だからまた会えたら、いつもみたいに頭を撫でてね、パパ」
歪む視界の中、私は大好きなパパに向かってねだった。パパが答えてくれるわけがない。それでも私はたしかにパパにお願いをしたんだ。それがこの世界で過ごすための支えになってくれると信じて、私はそっとパパから離れた。そして「この姿」ではなく、「本来の姿」へと戻った。
「始めよう、ロード・シリウス」
「うむ。今日こそはロード化じゃ。よいな。シリウス」
「お願いします」
目の前にはいないけれど、たしかに存在するロード・シリウスへと向かって私は頭を下げ、特訓を始めた。またパパたちに会うために。そのことだけを支えにして私は今日も一日頑張ることにしたんだ。




