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Act5-82 欲しい言葉

 本日九話目です。

「……わぅ? ぱぱ?」


 空を眺めているとアジュールからシリウスの声が聞こえてきた。


 もぞもぞとアジュールの中でシリウスが動く音が聞こえる。


 アジュールの中にはいまシリウスとレアしかいない。


 じいちゃんは狩りに出てしまっているのでいない。


 ついでにサラ様を呼びに行くと言っていたので、たぶん獲物を抱えてサラ様と一緒に帰って来るんだろうな。


 じいちゃんは相変わらず淡々としているだろうけど、サラ様はそんなじいちゃんに呆れていそうだ。


 正直な話、じいちゃんとサラ様ってどういう関係なのかな?


 浮気でもしているのかな?


 本当に浮気をしていたら、おばあちゃんに言いつけてやりたいとは思うけど、いまはそんなことを言っている精神状態ではなかった。


「あ、パパ。そこにいたの?」


 シリウスが俺を見つけたようだ。


 まぁアジュールを出てすぐのところで、空を見上げているだけだから、すぐに見つかるとは思っていたので、驚きはなかった。


 ただ、いまは誰の声も聞きたくはないのだけどね。それは愛娘であるシリウスとて例外じゃなかった。

「パパ、いつから起きていたの?」


 シリウスが草を踏み分けながら近づいてくる。


 でも俺はなにも答えない。


 答える気になれなかった。


 シリウスが「わぅ?」と不思議そうに言いながら近づいてくる。


「それ以上近づくな」


 できるだけ平静を装いながらシリウスを呼び止める。


 シリウスが「え?」と言って足を止めた。


 雪解けの風が肌を撫でる。心の底まで冷たくなるような風が吹き荒ぶ。


「……私、パパが嫌がることをしちゃった?」


 しばらくして、シリウスは恐る恐ると言った。


 怖くて振り返ることができない。シリウスがどんな顔をしているのかはわかる。気丈に笑っているはずだ。でも目だけは悲しみを帯びたものになっているはず。


 わかるよ。


 だって俺はシリウスの「パパ」なのだから。だからこそ、シリウスがいまどんな顔をしているのがよくわかる。


 そう、理解していてもなお、俺はいまだけはシリウスを含めて、誰であろうとそばにいてほしくなかった。


「……違う。いまはひとりにしてほしいんだ。ひとりっきりでいたいんだよ」


 星空を眺めながら呟く。これで納得してくれればいいのだけど──。


「わぅ。わかった」


 そう言うとシリウスはなぜか草を踏み分けながら近づいてくる。そして──。


「パパには話しかけないから、膝を貸してね」


 俺の膝の上に座った。尻尾をふりふりと振りながら、俺と一緒に星空を眺めていく。


「……えっと、これってひとりっきりって言わなくないか?」


「話しかけていないから、パパはひとりっきりだもの」


「いや答えていたらひとりっきりではないような」


「だって無視したら、パパは傷ついちゃうもの」


 さらりとシリウスは言い切った。その言葉を否定することは悲しいことにできない。


 実際シリウスに無視されたら俺は泣く自信があるからね。


 ……その娘に近寄るなと言ったくせにどの口で言うのかとは思うけど、事実なのだからどうしようもなかった。


「……それにいまのパパはひとりっきりにしちゃダメだと思うもん。ねぇ、そうでしょう、レアママ?」

「そうね。いまのパパはひとりにしちゃダメね」


 クスクスと笑う声とともに後ろから抱き締められた。いつもどおりの香り。レアの香りに包まれていく。


「シリウスちゃん、いつレアママがいることに気付いたの?」


「進化したら、いままで以上に鼻と耳がよくなったから。だからわかるの」


「そう。じゃあ今後はシリウスちゃんを後ろから抱き締めることはできなくなるなぁ。シリウスちゃんが不思議そうに「わぅ?」と鳴くのを見るのが好きだったんだけど」


「……私、「わぅ」なんて鳴かないもん」


「なにを言っているの? いつも「わぅ」って鳴いているじゃないの」


「わぅ! そんなことないもん!」


「ほら、いまも鳴いている」


「わ、わぅ!?」


 シリウスが動揺していた。どうやら「わぅ」は無意識のうちに鳴いていたみたいだ。あざとかわいいです。


「……ふふふ」


「あ、パパ笑ってくれたね」


「そうね。ようやく笑ってくれたね」


 シリウスとレアがやれやれとため息を吐いていた。


 どうやら俺を心配してわざとやってくれていたみたいだ。


 レアだけじゃなく、シリウスにもこれからは頭が上がらなくなるように思えてならない。


 まぁ威張り散らした挙げ句に奥さんや子供にも手をあげる父親になんざなりたくないから、これはこれで仕方がないかな。……父親としての威厳はご臨終確定ですけども。


 それにいまの俺には威厳もなにもないからね。いまさらなにを言われたところで、特に響くことはないよ。だって俺は──。


「ねぇふたりとも?」


「わぅ?」


「なんですか?」


「……俺が人間じゃないと言ったら、どうする?」


 じいちゃんに言われたことを、ぼかしながら尋ねた。尋ねたところで意味なんてないのはわかっていた。


 それでも俺はふたりに尋ねていた。


「どういうこと?」


「少し意味がわからないですね」


 ふたりは言葉の意味を理解できていないようだ。突然そんな質問なんてされれば誰だってこう言うのに決まっている。わかっている。わかっていたんだ。こうなることくらいは。それでも俺は聞きたかった。言ってほしかった。ふたりに気にしないと言ってほしかったんだ。


「たとえばの話だよ。俺が人間じゃなかったら、ふたりは」


「気にしないと言ってほしいんですね?」


「パパ、わかりやすすぎだよ」


 レアは苦笑しながら、シリウスは呆れた風に。らしいことを口にしつつ、俺の欲しい言葉をふたりは理解してくれていた。


「……「旦那さま」になにがあったのかは知りません。いままでのあなたのありようを覆すようなことがあったということはわかります」


「それくらいのことがないと、パパはそんな意味のないことは言わないもの」


 ふたりは俺のことを理解してくれている。その言葉だけでどれほどに俺を理解してくれているのかがわかった。


「余計な前置きなんていりません。心の赴くままにあなたが思うことを仰ってください」


「そもそもパパはそういう駆け引きはへたっぴだから、余計なことは言わないでいいよ」


 レアはともかくシリウスはいくらか辛辣ではあるけど、俺のことをちゃんとわかってくれている。……パパとしてはいかがなものかと思うけども。


 それでもふたりの言葉は嬉しかった。


「……俺は普通の人間じゃないんだって。人間なのは半分だけみたいなんだ」


「つまり人魔族だと?」


「違う」


「じゃあ魔物?」


「そうでもないよ。俺の半分は神さまなんだってさ」


 笑った。笑い声の中にいくらかの荒廃があるのを自分でも理解できた。荒廃を感じながらも俺は笑うことしかできなかった。


「神さま?」


「うん。そうみたい」


「つまり、母神さまの娘ということですか?」


「みたい、だね」


 実感なんて欠片もない。


 それでも俺が母さんの娘であることはたしかだ。


 だけど、なんで母さんが母神さまなのかがわからない。


 だって母さんは、アミティーユという名前の巫女姫であって、母神さまではなかったはずなのに、なんで急に母神さまが母さんになるんだろう?


 俺は騙されていたのか?


 それとも騙されているのか?


 わからない。


 俺はもう自分がなんであるのかがよくわからない。


 ただ人間ではないことだけはたしかだ。


 俺は人間じゃない。なら俺はなんなんだろうか? 俺は化け物なのだろうか?


「俺はなんなんだろうね? 俺という存在はいったいなんなんだろう?」


 聞いたところで意味はない。それどころかふたりを困らせるだけだ。そうわかっていても、俺は聞かずにはいられなかった。尋ねずにはいられなかった。聞いたところでただ空しくなるだけだとわかっているのに。それでも俺は聞かないままではいられなかった。


「……そんなに大事ですか?」


「え?」


「「自分が何者なのか」ってそんなに大事なことですか?」


 レアはそう言っていままで以上に俺を強く抱きしめてくれた。

 レアさんのメインヒロインっぷりが止まらないですね、やっぱり←汗

 続きは二十一時になります。

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