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Act5-71 魔狼フェンリル

 今週は無事に十六時更新できました。

 獣の雄叫びがやむ。


 そこにはシリウスがいるはず、だった。


「シリ、ウス?」


 そこにいたのは一頭の狼だった。


 銀色の毛を蓄えた大きな狼がいた。


 目はさっきまでのシリウスと同じで、禍々しい赤を覆うような黒だ。中心には縦に裂けた瞳孔が見えている。どちらもさっきのシリウスにあった特徴だった。


 逆に言えば、目の前にいるのは──。


「シリウス、なのか?」


 普段のシリウスとは似ても似つかない姿だった。


 これが本当にシリウスなんだろうか?


 冗談だろう?


 俺の娘がこんな姿になったのか?


 そのうえヤバいくらいに強い。


 魔竜バアルなんて鼻で笑えるくらいにいまのシリウスは強い。魔竜バアルよりも小さいのに、その存在感はすべてを圧倒するほどだ。


 それこそトカゲジジイやゴンさんに並ぶんじゃないかと思うくらいにいまのシリウスは強すぎた。


 少なくとも俺じゃ手も足も出ないくらいに強すぎる。


 どうしてこんなことに。


『主! 逃げろ!』


『ガルム?』


 ガルムからの念話があった。普段はあまりしないし、もっと冷静であるはずなのに、いまのガルムからは焦りしかなかった。それに逃げろだって? ガルムが確実に言わないはずの言葉だよな。誇り高い狼のガルムが逃げろと言う。それくらいにいまのシリウスは危険なのかもしれない。


『それはもうシリウスではない。それは古の魔狼「フェンリル」だ』


「フェンリル?」


 北欧神話における邪神から産まれた三匹の魔物の一角。俺が知っているフェンリルとはそういう存在だった。


 フェンリルは戦神の腕を噛みちぎるほどの狼だと言われていけど、この世界でもそのくらいに危険な存在なんだろうか?


「あれがフェンリル、だと?」


 マモンさんの声が聞こえた。マモンさんは珍しく冷や汗を掻いていた。いやマモンさんだけじゃない。この場にいる全員が汗を掻いていた。俺が口にした「フェンリル」というひと言を聞いただけで、全員が同じ反応をしている。それだけ「フェンリル」が危険極まりない存在だということなのか。


「マモンさん、フェンリルって」


「神代における最悪の化け物のひとつだ。すべてを破壊し喰らい尽くす、獰猛で狡猾な存在と聞いている。その獰猛さゆえに母神が滅ぼしたとされている」


 母神さまが滅ぼすほどの存在。それがいまのシリウスだって言うのか? でもシリウスはさっきまで人化したシルバーウルフだっただけなのに。なんでそんな古代の化け物なんかに。


「「刻」属性を身に宿した影響、だな。神代のフェンリルもまた「刻」属性を宿した狼だった。その力が暴走し、フェンリルという最悪の化け物と化した」


 ライコウ様が苦々しげに言っていた。その口調からしてシリウスが変化してしまったのは、ライコウ様も想定していなかったことだったのか。でも──。


「シリウスが「刻」属性を宿したのは、あなたが」


「……否定はしない。ただシルバーウルフになった以上、いずれあの子は「刻」属性を宿すことになる。いきなり宿すよりかは少しずつ体に慣らしていく方がいいと思ったんだが」


 ライコウ様はそう言って口を閉ざされた。言われていることは間違いとは言えない。俺がライコウ様の立場であっても、たぶん同じことをすると思うから。


 強力すぎる力をいきなり与えられるよりかは、少しずつ観察しながら慣らさせていく方がいいというのは、俺自身頷けることだった。


 頷けることだけど、その弊害がもろに出てしまっていた。いや悪影響と言うべきなのか。どちらにしろ、今回のことはあまりにも想定外のことだったというのはわかる。ライコウ様だってこうしたくてしたわけじゃないだろうから。


 それに罪の擦り付け合ったところで、現状を打破できるわけじゃない。シリウスはまだ動かない。けれどその目は爛々と光っている。まるで獲物を決めかねているかのように思えてならない。いや実際にいまのシリウスにとっては、俺たちは単なる獲物でしかないんだろう。大きく開いた口から赤い舌がなまめかしく動いていた。よだれが垂れていく。


「「堕ちる」だけであれば、まだやりようはあったんだがな。「フェンリル」になっちまった以上は、殺すしかないな」


「むしろ殺さないとこちらが食い殺されるな」


 スパイダスさんとマモンさんが言う。ふたりの中では、シリウスを殺すことは決定事項となっているようだ。でもそんなことは認められるわけがなかった。


「ふざけないでください! あれは俺の娘なんだ!」


「その娘は死んだと思った方がいい。むしろそう思わないと、カレンさんが死ぬぞ」


 マモンさんは淡々と言い切った。シリウスを殺すのではなく、化け物を殺すと思えと言っているんだ。娘じゃなく、ただの化け物が目の前にいるとそう言っているんだ。


「違う! シリウスは生きている! 生きてあそこにいるんだ! レア、レアだってそう思うだろう!? あそこにいるのはシリウスだって!」


「……わかっています。あれがシリウスちゃんだってことは。でも、ああなった以上は、もうどうしようも」


 レアは俯いていた。俯きながら掌を強く握りしめている。握りしめた掌からは紅い血が滴り落ちていた。レアもどうにかしたいと思っているんだ。だけど、いまのシリウスを助けることは難しいとレアは言っているんだ。いや、それどころか、もう助けることもできないと言っているのかもしれない。


「レア。なにを言っているんだ。あれは」


「わかっています! だけど殺さないと殺されるのは私たちになるかもしれないんですよ!?」


 レアは泣いていた。レアだって助けられるのであれば助けたいと思っている。思っているけれど、どうしようもないと思っているんだ。いやわかってしまっているのかもしれない。強者であるからこそ、理解できることがあるんだろうな。


 でも認められるかよ。あれはシリウスだ。俺の娘なんだ。だってその証拠に尻尾にリボンが結われていた。母さんが進化のプレゼントとして贈ってくれた、あのリボンが──。


「リボン?」


 シリウスの尻尾を見やる。そこにはたしかに母さんが贈ってくれたリボンが、回数制限なしですべての状態異常を無効化するリボンが結われていた。どうやらあのリボンは状態異常を無効化するだけじゃなく、サイズを自動調整するみたいだ。とことん孫煩悩だな、母さんは。でもそのおかげで光明が見えた。


「……ライコウ様。「フェンリル」化するのは、状態異常のようなものですか?」


「なに?」


「「堕ちる」ってことは精神的な状態異常になったってことでしょう? それがシリウスの場合は「刻」属性の力が暴走してああなった。つまりは精神的な状態異常と暴走が合わさっていまの状態になっているってことでしょう?」


「たしかにそう言えるかもしれんが」


 そこまで言ってライコウ様も俺が言いたいことを理解したみたいだ。そしてそれはレアも同じだ。


「そうか、あのリボンなら」


「いまはなにかしらの理由で効力が発動していないみたいですけど、それを再発動させられれば」


 ライコウ様とレアは俺と同じ光明が見えたようだ。ただマモンさんとスパイダスさんは置いてけぼりになっていた。ふたりして怪訝な顔をしていた。


「いったい、なんの話だ?」


「あのリボンがいったい」


「あれは回数制限なしの全状態異常無効のアイテムです」


「はぁっ!?」


「そんなの、神器レベルじゃないか!?」


 マモンさんもスパイダスさんも予想通りの反応をしてくれた。まぁ、誰だってそうなるわな。完全なチートアイテムだもの。でもそのおかげでシリウスを助けられる光明が見えた。


「あれをどうにか再発動できれば、シリウスを助けられるかもしれません」


「再発動って。あれをどうやって」


「おそらくは血だな。アンデッドどもの血を浴びすぎてしまい、アミティーユの力を阻害している。であればその血を祓い、新しく触媒を用意すれば再び再発動するはずだろう」


「触媒ってなにを用意すれば」


「そなたの血があればいい。アミティーユの実の娘であるそなたの血があれば、どうにかなるはずだ。ただし、あれがそうたやすく事を為させてくれればの話だがな」


 ライコウ様が静かに構えた。同時に背筋が震えるような殺気が飛んできた。シリウスが目をゆっくりと細めていた。狙いは──。


「……私みたいですね。ふふふ、大きくなってもママが大好きなのは変わらないみたいですね?」


 レアが軽口を言うけれど、そんな余裕のある状況じゃなかった。


「レア。そんなことを言っている場合じゃ」


「大丈夫ですよ。私はあの子のママですもの。情けないことを言ったママではありますが、それでもあの子への想いは本物です。だからこそ私はあの子のために頑張ります」


「レア」


 レアは本気だった。本気で時間稼ぎをしようとしてくれている。その気持ちを俺は酌まなきゃいけない。だって俺はあの子のパパなのだから。


「……共同作業って奴かな」


「ええ。ふふふ、式を挙げる前にそういうことができるとは思っていませんでした」


「挙式するとは言っていないぞ?」


「あら、つれない」


 レアは残念そうに言った。わりと危険なフラグを踏んでいるようでもあるけれど、ここまで乱立すれば回避もできるはずだ。


「挙式をするのであれば、ちゃんと生き残れよ」


「……ふふふ、そう言われたら本気で生き残らないといけませんね」


 レアが明らかにスイッチを入れてしまった。明らかに「やる気」だ。どういう意味なのかはあえて考えないようにしようか。


「仕方がない。我らは蛇王の援護だ。稼げるだけ時間を稼ぐぞ」


 ライコウ様の言葉に全員が頷いた。同時にシリウスが雄たけびを上げて、地を蹴った。異様に速い。でも手に負えない速さではなかった。


「力を貸してください」


 俺はみんなに頼みながら、シリウスに合わせて地面を蹴った。なにがあっても助けてみせる。決意しながら俺は愛娘相手に本気の戦いを挑んだんだ。

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