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Act5-70 在りし日の記憶

 本日二話目です。

 シリウスの体は血生臭かった。


 むせかえるような血の臭い。それでも構うことなく抱きしめる。その細い体を強く抱きしめた。シリウスが息を呑んだ。でも──。


「違う。パパは、パパは、私を」


「俺がパパだ」


「違う! おまえは偽物だ! 放せ、放せぇぇぇ!」


 シリウスが唸り声を上げた。同時に右肩に鋭い痛みが走る。シリウスが右肩に噛みついていた。いや噛みつくだけじゃない。右肩を食いちぎろうとしている。


「シリウスちゃん!」


 レアの声が聞こえた。振り返るとスパイダスさんのそばにレアが立っていた。どうやら他のアンデッドどもを殲滅し終えたようだ。いやアンデッドだけじゃなく、黒騎士たちの殲滅を始めている。色とりどりの刃が、無数の六色の刃が黒騎士たちの頭上から降り注いでいる。黒騎士たちは為すすべなく、次から次へと倒れ伏していく。増援よりも殲滅する速度の方がはるかに速くなっていく。


 現に俺たちの周りには黒騎士はもういない。すべて物言わぬ屍になってしまっている。その中をレアは向かって来ようとしている。でも──。


「来るな、レア!」


 俺はレアを止めた。俺がここにいる以上、レアにはセイクリッドウルフを監視してほしかった。セイクリッドウルフがなにを狙っていてもそれを止められる位置にいてほしかった。それに──。


「娘のやんちゃをいつまでもママ頼りにしていたら、パパ失格だろう?」


 その娘は現在進行形で肩を噛みちぎろうとしているけれど、些細なことだ。娘のやんちゃくらい笑って受けとめてあげられてこそのパパだと俺は思う。


 だからなにをされても笑っていよう。笑ってこの子の行為を受けとめよう。じゃないとシリウスがいつまで経っても落ち着いてくれないからな。


「でも」


「大丈夫だよ。ちょっと反抗期が早めに来ただけだよ。だから」


「わぅ~!」


「っ、だから大丈夫。俺はこのくらいじゃなんともない」


 牙が肉を抉っていく。ひどい痛みだけど、耐えられないほどじゃない。ううん、耐えてみせる。この子の想いをすべて受け止めてみせる。それができなくて、なにがパパだよ。どうして愛していると言えるんだよ?


「でも、「旦那さま」」


「大丈夫。俺はもう取りこぼすことはないから。もう誰も目の前で喪わせなんてしないから」


 精いっぱいの笑顔を俺は浮かべていた。レアは複雑そうな表情だったけれど、最終的にはわかりましたと頷いてくれた。これでレアはもう問題ない。あと残すのは──。


「放せ、放せよ。噛み殺すぞ!」


 物騒なことを言い続けているシリウスを諌めることだけだった。


「……物騒なことを言うなよ、シリウス」


 右腕でどうにかシリウスの頭を撫でた。想いを込めながら、優しく髪を梳いていく。


「……パパの撫で方?」


 シリウスが俺を見上げながら言った。


「いつもこうしているからな」


 肩は痛いけど、いつものように笑いかける。シリウスが目を見開き、「パパなの?」と聞いてきた。


「パパのことを忘れたのか?」


 もう一度頭を撫でてあげた。シリウスが「パパ」と呟いた。


 呟きながらも信じられないものを見る目で俺を見つめている。ようやく俺だということを認識してくれたみたいだ。これなら話は──。


「違う。パパじゃない。私がパパにこんなことをするわけがない。私がパパを傷付けるわけがない!」


「シリウス?」


「違う、違う、違うっ!」


 シリウスの目の色がより変色していく。涙を流しながら、より禍々しい色へと変わっていく。


「私は、私は、私はぁぁぁーっ!」


「シリウスっ !? 」


 シリウスが吼える。吼えると同時にとんでもない衝撃が走った。踏ん張ることもできずに近くにあった木まで吹き飛ばされてしまった。


 木の幹に背中をしたたかにぶつかり、一瞬肺が潰れた。呼吸がわずかな間だけできなくなってしまう。


「香恋!」


 ライコウ様の声が聞こえた。殿はなく、呼び捨てだった。


 見ればライコウ様は、残りの黒騎士たちを切り捨てながら駆け寄ってくれていた。


「しっかりしろ、香恋!」


 ライコウ様は慌てていた。こんなライコウ様を見るのは初めてだった。


「ライコウ、様。慌てすぎですよ」


 どうにか笑顔を浮かべるも、右肩に鋭い痛みが走る。シリウスに噛み疲れた場所がひどく痛んでいる。


「アホか、おまえは! 肩の傷は一生ものになりかねんと子供の頃に叱って教えただろうが!」


「……え?」


「忘れたのか!? おまえがあの子を、「のんちゃん」を守ろうとしているのは子供の頃に誤って」


「なんで、それを?」


 ライコウ様が知るよしもないことをなぜ知っているんだろう?


 ライコウ様の言うとおりだ。


 俺が希望を守りたいのは、俺が昔希望に怪我をさせたからだ。


 それも右肩に怪我をさせてしまったんだ。


 怪我と言っても脱臼だったけど、骨折よりも脱臼の方が痛いし、下手したら癖になることもある。そんな怪我を俺は希望に負わせてしまった。


 ちょうど木登りをしていたときだ。いや、木登りを無理やりさせてしまったんだ。


 希望が子供の頃に大切にしていたリボンを勝手に解いて、公園にあったそこそこ高い木の枝に結びつけてしまった。


 希望は泣きながら返してと言っていたけど、俺は自分で取りに行けと言ってしまった。


 なんでそんなことをしてしまったのかはわからない。


 本当に大した理由はなかった。


 ただちょっとした意地悪をしたかっただけだったんだと思う。


 それが自分を苦しめることになるとは知らずに。いや想像さえもしていなかった。


 希望は泣きながらリボンを取りに木に登った。


 何度か失敗したけど、失敗するたびにやり方を教えてあげた。教えるくらいであればおまえが取りに行けよと、いまなら思うけど、当時の俺はよくわからない理屈で、希望にリボンを取りに行かせたかった。希望はどうにかリボンを結びつけた枝までたどり着き、そして──。


「取れたよ、レンちゃん」


 汗だくになりながらも笑ってくれた。嬉しそうに手を振ってくれた。でもそれが仇となった。


 希望は直後にバランスを崩して木から落ちてしまったんだ。


 幸いなことに肩から落ちたから命に別状はなかったけど、肩を脱臼することになった。


 いまなら肩を入れ直すことはわけないけど、当時の俺にはできなかった。


 俺にできたのは希望を抱き抱えて家に連れ帰ることだった。


 家にはじいちゃんがいた。じいちゃんならどうにかしてくれると思ったんだろう。


 実際じいちゃんは希望の肩を入れ直してくれた。が俺はその後じいちゃんにしこたま殴られた。


「おまえはなにを考えているんだ!?」


 じいちゃんは激怒しながら俺を何度も殴った。手加減はしてくれていたけど、それでも俺の顔が腫れ上がるのには時間はかからなかった。


 ちょうどおばあちゃんが買い物に出掛けていたことで、じいちゃんを止められる人が誰もいなかった。俺はおばあちゃんが帰ってくるまで、何度も殴られては叱られ続けた。


「いいか、香恋。今回は脱臼ですんだ。だが、もし肩からではなく頭や首からであったら、のんちゃんは死んでいたか、よくても一生体を動かせなくなっていたんだぞ! おまえは幼なじみをそんな危険な目に遭わせたんだ。もし本当にそうなっていたら、おまえは責任を取れたのか!?」


 おばあちゃんに止められながらもじいちゃんはそう言った。


 幼いながらにもじいちゃんの言葉の意味は痛いほどに理解できた。


 それからだ。


 俺が希望を守ると決めたのは。


 怪我をさせたことが希望を守ると決めた理由になったのは、皮肉ではあったけどね。


 でもなんでライコウ様はあのときのことを知っているんだ?


 希望を怪我させたことはうちの家族にも希望の家族にも伝えられたことだけど、じいちゃんの折檻を受けたことで親父たちには怒られなかった。


 そう、あの日俺を叱ったのはじいちゃんだけだった。


「まさか」


 俺がその名前を口にしようとしたとき。獣の雄叫び声が聞こえてきたんだ。

 明日こそは十六時更新したいですね←しみじみ

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