Act0-52 初めての…… その八
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「勇者は「七王討伐」を言い渡されますが、誰しもそれを真面目にこなすわけではないのですよ。むしろ勇者が持つ利権を目当てに、勇者を目指す者も多いのです。万が一勇者になれば、富と名声は約束されます。「七王討伐」なんて不可能に近い無理難題を押し付けられる代りに、各国は勇者に最大限の援助をすることになっています。たとえば、勇者が爵位を求めるのであれば、侯爵位までを無条件で与えたり、女を欲すれば、国中の女性を招集し、その中で選んだ女性を宛がったりなど。それこそ、勇者はみずからの思うままに振る舞うことができるのです。その分、きっちりと「七王討伐」の任をこなさねばなりませんが、最近の勇者は、それさえも行いませんので」
「え?」
「お姉さまからお聞きになっているとは思いますが、最近の勇者は「魔大陸」に来ることさえできない。それは事実でありますが、同時に間違ってもいるのです。正確には、来られないのではなく、来ないのですよ。みずから勇者であることを放棄しますからね」
「質が下がったっていうのは、もしかして弱くなったわけではなく、その志自体が下がっているってことなんですか?」
ギルドマスターは、静かに頷いた。たしかにエンヴィーさんは、質が下がったとは言っていたし、強い奴だけじゃなかったとも言っていた。だが、最近の勇者がみんな弱い奴ばかりだったとは言っていなかった。中には、弱い勇者もいて、道中で死んでしまったということもあったのだろう。
だが、少なくもクロノスに選ばれる程度の実力はあった人たちだった。だが、実力者はみんな「七王討伐」を嫌がり、利権を得るだけ得て、勇者の座を放棄していたのだろう。たしかにそれは質が下がったと言ってもいいものだ。年々弱くなっていたわけではなく、年々使命に対する想いの質が下がっていった。使命ではなく、勇者が得られる利権だけを求めるものが、多くなっていった。そういうことだったのだろう。
そしてモーレを攫った連中の狙いはまさにその利権なのだろう。
「俺を人質にして、勇ちゃんに勇者の座を放棄させようとしているのか」
「それ以外に、考えられませんね。数日とはいえ、こちらの調査では、あの周辺に盗賊が出るような傾向はありませんでしたし、近隣の国から盗賊が流れてきたという話も聞いていません。多少おかしな噂は聞いていますが、今回の件とは無関係でしょうし」
「おかしな噂?」
「いま言ったばかりですよ? 今回の件とは無関係だと。いまはそんなことを気にするよりも、モーレを取り戻すことが先決です。とはいえ、彼女がどこにいるのかは、さっぱりわかりませんが」
そう、モーレの居場所はわからなかった。クーさんの話を聞く限りでは、血を流した俺が倒れていただけで、ほかにはなんの痕跡もなかったそうだ。
少なくとも、俺に攻撃を仕掛けた奴は、ふたりいるはずだ。最初に俺の意識を薄れさせた奴と、後ろから俺を殴り掛かった奴。くわえてモーレを羽交い絞めにした男。最低でも三人はいる。
なのにその痕跡が一切なかった。森の中とはいえ、よく利用される群生地付近で、一切の痕跡なく、人を攫う。それってかなり難しいことじゃないのか。
そもそもなんで利用されることが多い場所を、犯行現場に選んだのだろうか。俺が人さらいのメンバーであれば、もっと目立たない場所を選ぶだろう。それこそ人の往来が少ない森の深部を選ぶ。森の深部であれば、危険度の高い魔物が跋扈しているそうだし、そこで攫えば、魔物にやられたと思われるだけだろう。その後、ほとぼりが冷めた後で、勇ちゃんに接触すればいい。
こんなわざわざ自分たちが攫いましたよ、という体をする必要はないはずだ。
加えて、なぜモーレと俺を勘違いしたのだろうか。俺は結構特徴がある。黒目黒髪は、この世界ではわりと珍しい。身長は低い、ちんちくりんだが、そういう体型の人もいないわけじゃない。だがもっとも目立つのは、俺の服装だった。
俺は依然として、この世界に来たときの服装のままで行動している。つまり「すけひと」の黒いつなぎを着たままだった。このつなぎはかなり目立つ。そのつなぎを着た少女が、勇者と行動を共にしていた。この世界風にいえば、珍しい服を着た黒髪の少女ってことになる。
モーレのエプロンドレスは、この世界ではそう珍しいものじゃない。仕事服のひとつだから、わりとありふれたものだ。そのうえモーレは茶髪。黒髪ではない。この時点で、モーレと俺の特徴はかなり乖離している。それでもなお連中はモーレを俺と勘違いしたということなのだろうか。
おかしい。明らかにおかしい。こんなおかしいことは、ギルドマスターであれば、いや、みんなすぐに気づくだろう。なのに、みんなそれがあたり前のように振る舞っている。
まるで狐につままれたような気分だ。
なにかおかしなことが起こっている。でもそれを説明したくても、うまく言えない。ギルドマスターを見やるも、なにも言わないでいる。ただ目が合った。目がなにかを言っているように思えた。まるで話を合わせておけ、と言っているかのように思えた。
この人はなにを考えているのか。わからない。わからないけれど、いまは話を合せておくことが、モーレを取り戻すのに、必要なことなのだろう。釈然としないまま、話を合わせるべく、手分けをして探そうと言おうとした、そのとき。
窓ガラスの割れる音がした。振り返ると、なにかが窓の向こうから投げ込まれてきた。慌てて、窓辺によるも誰もいない。門番さんたちも音に反応して、ふたりとも来ていたが、ふたりの位置からでも見える場所にある窓だった。つまり窓のそばから投げ込まれたわけではなく、遠距離から投げ込まれたということなのだろう。見れば、それは羊皮紙に包まれた石だった。石がついででメインが羊皮紙であることは、誰の目から見ても明らかだ。
石を包んでいた羊皮紙を広げる。羊皮紙には、あまり特徴のない字が書かれていた。内容は、自分たちが攫った少女を助けたければ、期日までに勇者を呼べというものだった。ギルドマスターの予測通り、俺とモーレを勘違いして、攫ったということを裏付ける内容だった。
「ああ、モーレ。なんてことに」
おかみさんが泣きじゃくる。旦那さんも涙を溜めながら、おかみさんを抱きしめている。クーさんを始めとした、冒険者のお兄さんとお姉さん方は痛ましそうにふたりを見つめている。俺もふたりの姿に胸が痛い。俺がへまをしなければ、こんなことにはならなかった。
責任を感じてしまう。つい視線を逸らしてしまうほどに。そうして逸らした先には、ギルドマスターが立っていた。ギルドマスターもみんなと同じように、胸を痛めていると思ったのだけど、ギルドマスターは平然とした顔をしていた。
こういう状況では、誰かひとりは平静を装わなくてはならないからだろう。そう思ったのだけど、よく見ると様子がおかしい。ギルドマスターの目がおかしかった。ポーカーフェイスでいるのであれば、それは表情だけだろう。目までは平静としてはいられないと思う。
なのにギルドマスターの目は、おかみさんたちを痛ましそうに見てはいない。それどころか白々しそうに、おかみさんたちを見つめていた。
なんでそんな目をふたりに向けるのか。このときの俺には理解できなかった。が、俺の疑問をよそにギルドマスターは指示を出していく。
王宮へと使いを走らせたり、犯行現場周辺を探りに向かわせたり、おかみさんたちを休ませるために、別室へと連れて行かせたり、と矢継ぎ早に指示を出し、そのたびに俺が寝かされていたギルドの一階からは人がいなくなっていく。ほどなくして、俺とギルドマスターだけになってしまった。同時にギルドマスターが、小さく息を吐いた。
「……これで「黒幕」の想定通りになったでしょうね」
「え?」
「いまはまだ言えません。が、この件は、周到とは言えませんが、計画的な犯行です。それもずさんな計画ですが。しかしそのずさんな計画に、いままで言いように振り回されてもいましたので、一概にずさんとは言わないほうがいいのでしょうが、気づいてしまえば、ずさん以外に言いようがありませんのでね」
「えっと、ギルドマスターはなにを言って」
「森の深部へと向かってください。それも怒り狂った体でね。あなたは私の忠告を無視して、ひとり飛び出していった。私はそれを止めた。だが、あなたは私が必死に止めても振り返ることもなく、森の深部へと向かって行った。そういうことにしてください。いいですね?」
まるで台本でもあるかのような指示だった。そう、まるで演劇かなにかの台本に書かれた通りの行動をしろ、と言われているかのようだ。もっとも台本通りの行動をするのは、あくまでも二流でしかない。指示通りに行動しつつ、台本通りに動かないように見せる。つまり自然の動きをしているように見せられてこそ、一流だった。友達の受け売りなのだけど。でも言われてみれば、納得なことではあった。
台本通りの動きしかできない大根役者になるか、それとも自然体に動ける一流になれるかどうかの瀬戸際がいまだった。なにがなんだかさっぱりだったけれど、俺はギルドマスターの指示通りに動くしかなかった。
「加えて、連中がなにを言っても、「カレン・ズッキーは、勇者アルクへの人質になるはずで、相手が人質にするのを間違えた」を通してください。いいですね?」
やっぱり意味がわからない。わからないが、相当に大切なことであることはわかった。大根演技になりそうだが、言われたままに行動するしかなさそうだった。
「では。……やめなさい、カレンさん! 相手の居場所もまだわかっていないというのに!」
ギルドマスターが不意に叫んだ。いきなりのことで驚いたが、言われたことを思い出し、相応しい言葉を口にした。
「知るか! モーレは俺の代りになったんだ! なら俺が助け出すのが筋ってもんでしょう!?」
「だからと言って、あなたひとりで突っ走ったところで、なんの意味がありますか!」
「知りませんよ、そんなこと! 俺は行きます! モーレは俺の友達なんだ!」
「カレンさん!」
できるかぎり、頭に血が上ったふりをしながら、ギルドの扉に体当たりするようにぶつかった。扉は勢いよく開き、俺はその勢いのまま、ギルドを後にした。その際、少し振り返ると、ギルドマスターは満足げに頷いていた。なにがなんだか、まったくわからなかったが、俺は言われた通りに、森の深部へと向かって駆け抜けていった。




