Act5-55 八体のロード
寝落ちしていました←汗
気づいたら、こんな時間に。
「神代の頃、この世界には八体のロードがいた」
セイクリッドウルフが語るのは、どうやら昔話のようだ。ただおとぎ話とは違う。いわゆる神話みたいなものなんだろう。
しかし神代ね。この世界ではたしか母神さまが地上に降り立っていた時代だったかな? 地球で言えば紀元前くらいが神代という扱いになっているって話を聞いたことがある。要は人間ではなく、神さまが世界を治めていた時代が神代と言われる時代だった。
この世界では母神さまが天上から地上へと定期的に降り立っていた時代だから、地球とはだいぶ違う解釈のようだ。
もっともこの世界とは違い、地球の神代というのはどこまで本当なのかは怪しいところがあるんだけどね。そもそも地球にも母神さまみたいな神さまって実在するのかな?
いたらすごいとは思うけど、望み薄かなと思う。まぁ、地球のことはどうでもいい。大事なのはこの世界の神代になにがあったのかってことだもの。
「八体のロード?」
「ああ。いまはロードという存在はAランクの魔物を指す言葉になっているが、神代においてロードとは、その八体の魔物のことを指していたそうだ。その魔物たちは圧倒的な力を誇る者たちだったと聞く」
「圧倒的な力、ねぇ」
神獣さまたちとどっちが強かったのかなとつい思ってしまった。セイクリッドウルフが圧倒的な力を持っていたとか言うから、つい神獣さまを連想してしまったよ。
でも実際神獣さま方も神代の頃から生きておられるだろうし、その八体のロードのこともご存知かもしれないな。「蠅の王国」に行くことがあれば、ジズ様にお聞きするのもありかもしれない。ガルーダ様にお聞きする方が手っ取り早い気もするけれど、ガルーダ様の場合ははぐらかしそうなんだもんなぁ。誰かをからかうのがとても好きな人だから無理もないかもしれないけどね。
「八体のロードはそれぞれ数字で呼ばれていたそうだ」
「数字?」
「うむ。零から七までの八つの数字で呼び合っていたという話だ。そしてそのうちの一体がロード・シリウス様だ」
「へぇ、うちの娘と同じ名前かぁ」
偶然って怖いなぁ。うちの愛娘と同じ名前のロードがかつてはいたなんてな。まぁ、さすがに種族までは同じとは限らないよな。だってシルバーウルフは特殊進化個体なわけであって──。
「神代におけるロード・シリウス様はグレーウルフからシルバーウルフへと至ったお方だとされている」
「え?」
まさかの同種族だ。しかも進化の過程まで同じなのか。あ、もしかしてだからセイクリッドウルフたちは、シリウスをロード様と呼んでいるのか?
いや、でもうちの娘とそのロード・シリウスは別人だぞ? シリウスは産まれて一年も経っていない子であって、そのロード・シリウスは最低でも何千年も昔の狼だろう? どう考えても年齢が合わないじゃないか。なのにセイクリッドウルフたちは、シリウスをそのロード・シリウスと重ねて見ていたのか? ちょっと無理がないか?
「神代におけるロード様は、戦えば戦うほど強くなるという性質の持ち主だったそうだ。その戦いは実際に戦うだけではなく、強者との気と気のぶつかり合いでも成長することができたとされている」
「気と気のぶつかり合い、か。さっきのシリウスとマモンさんたちみたいに?」
「ああ。ああいうやり取りであってもなお、ロード様がそれを戦いとみなせば、その戦いを経験という名の糧にできたとされている。おそらくだが、ロード様もそのような性質をお持ちなのかもしれん。ゆえに進化を為せたのではないだろうか?」
セイクリッドウルフの話が終わる。セイクリッドウルフの話も要は仮説でしかない。仮説でしかないけれど、実にありえそうな内容だった。
いや、そう仮定しないとシリウスがシルバーウルフにと進化した理由がわからなかった。
進化には強くなりたいと意志と進化するための、体を作り替える魔力、そして経験が必要になる。
意志と魔力はすでにシリウスには備わっていた。足りなかったのは経験だけだった。
その経験を補えたのが、神代におけるロード・シリウスと同じ方法であればシリウスが進化をなせた理由はわかるんだ。
でも、あくまでもそれは仮定だ。
仮定の話でしかない。
そもそも本当に神代のロード・シリウスと同じ性質がシリウスにあったとして、なんでいままで進化できなかったのかってことになる。
極端な話、気迫のぶつけ合いでも本人が戦いと思うのであれば、見とり稽古であってもシリウスが戦いだと思えば経験を得られたはすだ。
なのに、このタイミングでシリウスが進化した。
なぜこのタイミングなのか?
どうしていままでは進化できなかったのか。
よくわからないな。
けど、セイクリッドウルフが教えてくれた神代のロード・シリウスと同じ性質が、シリウスにも備わっていると考えてもいいのかもしれない。
その性質は仮定ではなく、確定と考えても問題はないと思う。
でなければ、シリウスが進化した理由がない。
思えばトカゲジジイとやり合ってグレーウルフに進化したのだって、神代のロード・シリウスと同じ性質があればこそなのかもしれない。
まぁ、どうやり合ったのかは俺も知らないんだけどね。
ただ俺のためにシリウスが戦ってくれたことだけは知っている。
思えば当時はシリウスを娘ではなく、ペットという程度にしか見ていなかったが、あの頃からシリウスは俺のことをパパと思ってくれていたんだよな。本当にかわいい娘だよ、シリウスは。
そんなシリウスが進化してしまったのは、親としては喜ぶべきことじゃない。進化したことでシリウスは強くなっている。ランク的にはシルバーウルフは、Cランク。が実際にはセイクリッドウルフと変わらない実力を持っている。佇まいでよくわかるよ。シリウスはかなり強くなった。この世界に来た当初の俺と変わらないくらいに強くなっている。
だからこそ、力を得てしまったからこそ、シリウスはカルディアの復讐に走ってしまうかもしれない。大好きな「まま」の敵討ちをしようとするだろう。
だから俺はシリウスを進化させたくなかったんだ。
でも進化してしまった以上はどうしようもなかった。
力を得てしまったことはもう変えようのないことだもの。だからそのことはもうなにも言わないし、言うつもりもない。
ただ復讐だけはさせないようにしたい。たとえその爪が肉を裂き、骨を砕けるようになっていたとしても。その牙が喉笛どころか下手な鎧でさえも容易く噛み砕けるようになっていたとしても、復讐だけはさせない。それが「パパ」として俺にできることだった。
「わぅ。レアママのお胸はやっぱり大きくて気持ちいいね」
「ふふふ、大きくなってもシリウスちゃんはシリウスちゃんね。甘えん坊のままだもの」
「あ、甘えん坊じゃないよ。私はそんなに子供じゃ」
「ならレアママにべったりはやめないとね」
「……わぅ、レアママは意地悪だよ」
「ふふふ」
シリウスはレアと仲良くしていた。まるで本物の親子みたいだ。
『シリウスの母上は私だぞ!?』
マーナが念話をしてくる。うん、まぁあなたが母上なのはわかっているけど、とりあえずは落ち着け。
『落ち着けるか! さっさと私を』
『すまぬ、主。とりあえずマーナは抑えておくが、できるだけ早めに頼む』
暴走しかかっているマーナをガルムが抑え込んでくれた。ありがたいけど、できるなら最初からしてほしいものだ。
「早めに渡すよ」
誰にも聞かれないくらいの小声でアイテムボックスを撫でる。
シリウスが進化した以上は渡さなきゃいけない。
そう、進化してしまったんだ。
わかっていることだけど、それでもなにか心の内にぽっかりと穴が開いてしまった気分だった。
なんとも言えない感覚に浸りつつ、俺はシリウスをじっと見つめていた。
力を得てしまっても、どうかその力を正しい意味で使ってほしい。そう願わずにはいられなかった。




