Act0-51 初めての…… その七
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目を醒ますと、天井が見えた。
星の小人亭の天井ではない。あまり見慣れない天井だった。木目調であることは、小人亭と変わらない。しかしどこか小人亭とは違っている。
「……ここは」
ぼんやりとしながら、呟く。するとクーさんの顔が視界に飛び込んできた。
「おお、カレンさん! 気が付いたか!」
クーさんは、大きく息を吐いていた。いかつい顔が、安堵の色に染まっている。それでもやっぱりいかついが、普段のむすっとした顔よりかは、まだましだろう。気つけにはちょうどいい。
「俺は、いったい」
「カレンさんは、薬草の群生地で倒れていたんだ。頭から血を流していたから、慌てたぜ」
「頭から血?」
「憶えていないのか? 森の入り口付近にある薬草の群生地だ。そこでカレンさんは頭から血を流して、倒れていたんだ。いったいなにがあったんだ?」
なにがあったのか。すぐには思い出せなかった。回復魔法を使ってもらったのか、痛みはもうなかった。だが血を失った影響からか、目を醒ましてもまだぼんやりとしていた。なにがあったのか。なにをしていたのか。すぐには思い出すことができなかった。だが気になる言葉はあった。
「薬草の群生地。そういえば、たしか、俺もモーレと……そうだ! モーレ、モーレは!?」
クーさんが薬草の群生地と言った。それも森の入り口付近にある群生地。その言葉にようやく思い出せた。俺がモーレと一緒に薬草の群生地まで、薬草の採取に向かったことを。その群生地で何者かに襲われてしまったことを。そしてモーレが羽交い絞めにされていたことも。モーレを助けようとして、後ろから攻撃を受けて、俺は気絶してしまったんだ。
「モーレ? 星の小人亭のモーレか? 俺たちは見ていないぞ? 俺たちが群生地で見つけたのは、カレンさんだけだ。もしかして、モーレと一緒にいたのか? それでモーレは?」
「わからない。個人依頼を受けて、モーレが薬草の採取をしているのを護衛していたんだけど、急に後ろから頭を殴られて。ただ薄汚い恰好をした男が、モーレを羽交い絞めにしていたのは見た。でもそこからは」
「そうか。受付の兄ちゃんが、慌てていたのはそういうことか。ギルドの調査が不十分で、盗賊に襲われた、か。にしても、なんでカレンさんまで攫わなかったんだ?」
クーさんは腕を組んで考え始めた。よく見てみれば、クーさんだけじゃなく、他のクランのお兄さんやお姉さん方も、俺を囲むようにして立っていて、みんな腕を組んだりと、頭を抱えたりして、考え込んでいる。盗賊に襲われたと言うのであれば、女性を攫うのはわかる。だが、なんでモーレだけを攫ったのか。そしてなんで俺を攫わなかったのか。モーレの方がかわいいのはわかる。
しかし一応俺も女ではある。その女である俺を気絶させたまま、放置してモーレだけを攫って行く。どう考えてもおかしい。
まるで最初からモーレだけを狙っていたかのようだ。だけどモーレはかわいいけれど、しょせんはただの町娘のはずだ。そんな町娘だけを狙っていたというのは、さすがにありえない気がする。売り飛ばすのが目的だったとしても、俺も一緒に攫うはずだ。しかし俺は攫われることなく、放置されていた。いったいなんの目的でそんなことをしたのか。さっぱりとわからなかった。
「……おそらくですが、モーレはカレンさんと間違えられたのでしょうね」
扉が開く音と同時に、ギルドマスターの声が聞こえた。見れば、ギルドマスターの後ろには、モーレのご両親である、おかみさんと旦那さんが立っていた。ふたりとも蒼白とした顔をしている。
「か、カレンさん! モーレは? 娘は!?」
いつも気丈であるおかみさんが、ひどく狼狽えていた。こんなおかみさんを見るのは、初めてだった。無理もないか。最愛の娘を攫われてしまったんだ。しかも俺のミスでだ。
「……ごめんなさい。俺が付いていながら」
「謝るくらいなら、早く、モーレを!」
おかみさんが叫ぶ。けれどなにも言うことはできなかった。謝られるくらいであれば、娘を早く助けろ、と言うのは当然だった。でも当のモーレがどこにいるのか、俺にはまるでわからない。居場所がわかれば、すぐにでも助けに行く。でもモーレの居場所はわからなかった。どうしようもない。俺はなにも言えず、ただ俯くことしかできなかった。
「ああ、モーレ。なんで娘が」
俺の反応に、おかみさんは絶望したかのように、その場に跪き、泣きじゃくってしまった。泣きじゃくるおかみさんを、旦那さんはそっと支えてあげていた。
なにか言うべきなのだろう。けれど俺はなにも言うことができなかった。
「話を続けます。モーレはカレンさんと間違われて攫われたのでしょう」
「俺と?」
ギルドマスターは悲痛そうな顔をしていたが、意を決したかのように話し始めた。そして俺と間違われてしまった、と言った。つまりモーレではなく、相手の狙いは俺だったとギルドマスターは言った。
しかし、どういうことだろうか。俺に攫われるような価値はなかった。俺はせいぜいこの間、Dランクになったばかりの冒険者にしかすぎない。どこかの王族でも貴族でもない。ただの一般人でしかない。そんな俺を攫う。その理由がわからなかった。
「カレンさんは、勇者アルクの知人です。盗賊たちの狙いは、彼の勇者と接触することなのでしょう」
「勇ちゃんと?」
どういうことだろうか。ギルドマスターの言っている意味をうまく理解できない。だが、俺以外の全員にはそれで理解できたようだった。
「代替わりが狙いか」
「それ以外にないでしょうね」
クーさんの言葉に、ギルドマスターが頷いた。が、やっぱり話が見えない。代替わりってどういうことなのだろうか。
「ああ、そうか。カレンさんはわからないのでしたね。勇者は、天王剣クロノスに選ばれし者のみがなれる存在です。代が替わるのは、基本的には、当代の勇者の死を以てのみ。しかし実は勇者の死以外にも、代替わりできる方法があるのです。それは当代の勇者が、みずから勇者であることを放棄すること。つまり天王剣クロノスを手放すこと。そのとき、勇者はその称号を失います」
「そんな方法が。でも、なんで勇者になんて」
俺には理解できないことだった。ゲームやラノベでは、勇者っていうのは、基本的に人類における最高戦力だった。重宝されるし、民衆からはアイドル並の人気を得られる。総じて言えば、ちやほやされる。
けれどその分、責任は強く圧し掛かってくる。事実、勇ちゃんは、いろいろと面倒なことを任されているようだった。その中の一番大変そうなのが、「七王討伐」だろう。
勇ちゃんが全力で戦っているところは、まだ見てはいない。「蛇の王国」に来るまでの一週間で、何度か戦闘にはなった。けれど勇ちゃんは、いつも手を抜いて戦っていた。手の内を見られたくないのではなく、本気で戦おうとはしていなかった。だからどれくらい強いのかはわからない。わからないが、少なくとも、「七王討伐」ができるほどの強さがあるとは思えない。
というか、ラースさんを始めとした「七王」さんたちの強さは、計り知れない。接近向きではないエンヴィーさんだって、一瞬で魔法を発動させてしまう。それも何種類もの魔法を同時にだ。クリスティナさん曰く、普通は同時に詠唱できても、せいぜい二種類まで。それも無詠唱で発動なんてできないということだった。
でもエンヴィーさんは、難なくこなしている。できないはずのことをあの人は、いともたやすく行っていた。その時点で、クリスティナさんとエンヴィーさんとでは、実力の差が大きい。それはきっと勇ちゃんを含めた、勇者のパーティー全員と残りの「七王」さんたちとも同じ関係なのだろう。
ほんの一週間行動を共にしていただけだったけれど、それでも勇ちゃんたちの実力が、人類最高のパーティーが、「七王」さんたちとは、遠く離れていることはわかった。
もっとも「七王」さんたちを、各個撃破するというのであれば、話は別だろうけれど、もしお互いに総力戦を行うのであれば、勇ちゃんたちに勝ち目はなさそうだった。そもそも人数自体ですでに差がある。そのうえで、実力にも差があるのであれば、どう考えても勝ち目なんてない。
きっとそれは勇ちゃんたちだけではなく、いままでの勇者も同じだったのだろう。それを踏まえたうえで、勇者は「魔大陸」に送り込まれてくる。どう考えても勝ち目なんてないのに。それを承知で「聖大陸」の国々は、勇者を捨て駒のように扱う。
勇者と言えば、聞こえはいいが、実態はただの鉄砲玉だった。そんな鉄砲玉にわざわざなりたい奴がいるなんて、俺には思えなかった。
だが、俺以外の人たちはみんな納得しているようだった。
そんなにもみんな鉄砲玉になりたいのだろうか。それともこれがこの世界におけるあたり前なのだろうか。やっぱりよくわからなかった。そんな俺の疑問をギルドマスターは、淡々と答えてくれた。




