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Act5-50 蘇る銀狼

 セイクリッドウルフたちの事情は痛いくらいにわかった。


 子供たちにこれ以上の犠牲を出さないためには、アンデッドどもの要求を呑むしかなかった。たとえそれがスパイダスさんとマモンさんの両方を裏切ることになったとしても、未来を潰えさせないためだった。


 事情がわかったら、セイクリッドウルフたちを責める気にはなれない。というか、これでセイクリッドウルフたちを責めたら、人でなしだろうな。


 ただそれはあくまでも第三者である俺の意見だ。祖先の墓を暴かれたスパイダスさんと国の主要な特産物を荒らされたマモンさんにとってみれば、事情はどうあれ盗掘であることには変わりない。


 許してあげてくださいとは口が裂けても言えない。というか、そんなことを言う資格は俺にはなかった。あとはマモンさんとスパイダスさんが決めることだった。


 俺個人としてはセイクリッドウルフたちのことは許してあげてほしいけれど、マモンさんたちはどういう答えを出すのやら。できれば厳しすぎる判決はしないでほしいけれど──。


「……事情はわかった」


 スパイダスさんは深く絞り出すように言った。複数ある目に宿る感情は窺い知れない。どういう事情があるにせよ、スパイダスさんにとってみればセイクリッドウルフたちの行いは裏切り以外の何者でもない。それがどう影響を及ぼすのやら。


「やむにやまない事情があったのは、痛いほどに理解できた」


 マモンさんはスパイダスさんの言葉を受け継ぐように言う。マモンさんもまたなにを考えているのかわからない。スパイダスさんもマモンさんも普段穏やかな人だからこそ、怒ると非情に怖そうだ。そしてその怒りをひしひしと俺は感じている。


 一見無表情のように見えるけれど、その顔の下には深い怒りが見え隠れしていた。その怒りの矛先がどちらに向いているのかも、俺にはわからなかった。


「だが、おまえらがやったことは俺たちに対する裏切りであることには変わりない」


「裏切り者には相応の報いを受けてもらう。この厳しい大地で生きるには、手を取り合うことが必要不可欠だ。その手を取り合った者を一方的に裏切った。たとえそこにどんな事情があったにせよ、裏切り者には相応の罰が必要だ」


「セイクリッドウルフ。おまえさんはその裏切りをどういう風に償おうと考えている?」


 マモンさんとスパイダスさんはそれぞれにセイクリッドウルフを見つめていた。そのまなざしはとても鋭かった。その視線を浴びながらも、セイクリッドウルフはふたりを見つめ返した。そこには恐怖はない。ただただすべてを受け入れてしまっている。そんな目をしていた。


「裏切りには死を。一族に裏切り者が出れば、私はそう言う。ゆえにこの首を以て許しとしていただきたい」


 セイクリッドウルフはあたり前のように言い切った。シャイニングウルフたちが慌てる。けれどセイクリッドウルフは取り合うこともせず、マモンさんたちを見つめている。


「そうか。では」


 マモンさんたちが静かに立ち上がろうとした。そのとき。


「待って!」


 シリウスがレアの腕の中から抜け出して、マモンさんたちの前に立った。ちょうどセイクリッドウルフを庇うような位置に立っている。いや庇っているんだろう。シリウスは両腕を大きく広げて仁王立ちをしている。


「退け、嬢ちゃん」


 でもスパイダスさんはシリウスを歯牙に掛けることもなく、セイクリッドウルフの元へと向かおうとする。それはマモンさんも同じだ。ふたりはシリウスの脇を通って、セイクリッドウルフの元へと向かう。が、シリウスは諦めることなく、ふたりの前に再び立ちはだかった。


「待って」


 シリウスは強い目をしていた。強い目でマモンさんとスパイダスさんを見つめている。それでもふたりはシリウスが目の前にいることさえ認識していないかのように、いや、そもそもシリウスを見ていない。気に留めていないと言っているかのようにシリウスの脇を通りすぎようとした。


「待ってって言っているの!」


 シリウスが肩を上気させながら叫んだ。それでようやくふたりは脚を止め、振り返る。だが同時にとんでもない圧力を感じた。強者特有の圧力。傍から見ている俺でも震えてしまうくらいの圧力を、幼いシリウスに集中していた。


 シリウスが大きく体を硬直させる。そんなシリウス相手にマモンさんとスパイダスさんは口を開いた。

「なんだ?」


「俺たちにはやることがあるんだ」


 マモンさんとスパイダスさんの目はとても冷たかった。その冷たい目がシリウスに向けられている。特殊進化個体とはいえ、せいぜいCランク相当でしかないシリウスにとってふたりの視線を浴びるのは、それだけで気を失いかねないことだ。


「話を聞いてほしいの」


 それでもシリウスはふたりの圧力に負けることなく、そう言った。もういいと言ってあげたい。それ以上はなにも言わなくていいと思った。これ以上頑張るなと言いたい。


 だけど不思議と俺の口は動かなかった。まるで言葉をはじめから喋れないみたいに、言葉を発することができなかった。


 そんな俺を置いてけぼりにして、シリウスとマモンさんたちのやり取りは続いていく。


「話?」


「セイクリッドウルフを殺すなとでも言うつもりか?」


「そうだよ」


 シリウスははっきりと頷いた。その瞬間それまで以上の圧が部屋中を覆い尽くした。全身に鳥肌が立つ。傍から見ているだけの俺がそうなってしまうというのは、直接圧を掛けられているシリウスがどういう状況にあるのかは考えるまでもない。産まれて一年も経っていないこの子には荷が重すぎる。もういい。そう言いたい。言ってあげたいのに言葉が出てくれることはなかった。それどころか体さえも動かなかった。シリウスを守ってあげたいのに、肝心なときになにもできない。そんな自分が情けなかった。腹立たしかった。でもどんなに自分を責めても体は動かず、声も出ない。なにもできないまま、状況は動いていく。


「そいつは俺たちを裏切った。その裏切り者を許せと言うのか?」


「どんな事情があっても、裏切ったことには変わりない。それでも許せと?」


「……許せとは言わないの。ただ殺すことはないと思う」


「許す代わりに殺すと言っているんだぞ?」


「それをそいつ自身が言っているんだ。なのになぜ関係ないおまえさんが口を出す?」


「それは」


「それにそいつとそいつの一族はおまえさんを怯えさせたじゃないか。泣かせてしまったじゃないか。そんな奴らをどうして庇う? どうして守ろうとする?」


「守るだけのことをそいつらにしてもらったのか?」


 マモンさんとスパイダスさんは矢継ぎ早にシリウスに問いかけていく。まるで台本にあるセリフを口にしているかのように、よどみのない言葉だった。それでもふたりの圧は本物だった。その本物の圧に晒されながらも、シリウスは屈することなく立ち続けている。その姿は実の父親であるガルムを、そして母親として慕ったカルディアの姿を思い浮かばせてくれる。……マーナが「私は!?」とか言い出しそうだけどマーナのことは置いておこうか。


 とにかくいまのシリウスからはガルムとカルディアの姿と重なってしまう。どちらもシリウスに影響を与える姿を見せたふたりだ。だからなのかな? シリウスはその小さな体でも決して屈することなく、マモンさんたちと対峙していた。そして──。


「守りたいと思ったの」


「なに?」


「たしかに怖かったよ。怖かったけれど、私はこの人を守りたいと思ったの。だから守ると決めたの。守りたい人を守ると決めた。ならもう迷うことはないの」


 シリウスははっきりとそう言い切った。その言葉はあのとき、カルディアが言った言葉とよく似ていた。


「守りたいと思った者を守るため」


 あのときカルディアはたしかにそう言っていた。あのとき、シリウスはあの場にはいなかった。でも、カルディアの在り方はシリウスに受け継がれている。親子なんだな。わずかな時間だけだったけど、シリウスとカルディアはたしかに親子だった。だからこそシリウスはカルディアと同じ言葉を口にしたんだ。守りたいと思った人を守ろうとしている。そこに迷いはなく、だからこそどんな圧力を掛けられようとも、シリウスは屈しない。その姿はただただ誇らしかった。


「だから言うの。私はこの人を殺させはしない!」


 シリウスが叫ぶ。同時にその身をまばゆい光が包み込んでいった。その光の先に俺は──。


「カルディア?」


 光の先で嬉しそうに笑うカルディアを見たんだ。


 それは夢か幻なのかはわからない。でもたしかにカルディアがいた。カルディアは誇らしげに笑っていた。カルディアの名を口にしようとした。でもそれよりも早く光が止んだ。そして光が止んだそこには──。


「マモンさん、スパイダスさん。セイクリッドウルフを殺すのはやめてください。お願いします」


 十歳児くらいに成長したシリウスが、カルディアを思い浮かばせる長くきれいな銀髪を靡かせたシリウスが立っていたんだ。

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