Act5-46 アダマンタイトの正体
本日二話目です。
視点は戻りました。
尻尾を掴んだその日の張り込みだったよ。
ホワイトウルフたちがアダマンタイトの鉱脈に現れたのは。正確には、鉱脈に続く坑道の入り口だね。
アダマンタイトの坑道は一般的な坑道というイメージとは、まるで違っていた。
普通坑道って言うと、穴ってイメージなのだけど、アダマンタイトの坑道は穴ではなく、光る道だった。暗闇のなかでも鈍く光る道だった。
坑道自体がアダマンタイトなのかと思ったけど、よく見れば違っていた。
坑道は糸でできていた。無数に折り重なった糸でできた道。それはどこか繭のようにも見えた。そして自然と重なった。つい最近お邪魔した「家」と坑道は重なって見えてしまった。
「この先にアダマンタイトがある」
ホワイトウルフたちが到着する少し前に、マモンさんがアダマンタイトの鉱脈を、折り重なった糸を踏み均してできた坑道を通り、その奥にある「鉱脈」を見せてくれた。「鉱脈」は予想通りのものだった。
「……やっぱり、か」
「やはり「鉱脈」の正体に気づいていたのか、カレンさんは」
シリウスを含めた全員で「鉱脈」には来ていた。シリウスはレアの腕の中で眠たそうにしていたが、その光景を見て何度も目を瞬かせていた。
「スパイダスさんがいっぱいいるの」
「鉱脈」にはスパイダスがいた。スパイダスという種族だったものが、無数に並んで座っていた。すべてが目をつむり、深く眠っているようだ。いや眠っていたんだ。もう目覚めることもない眠りの中にいたんだ。
「ここは」
「……見られちまったな」
枝を踏み鳴らす音がした。振り返るとそこにはスパイダスさんが立っていた。
「スパイダスさん」
「こんばんはだな、カレンさん。……できればこんなところ、墓場で会いたくなかったなぁ」
墓場。スパイダスさんはたしかにそう言った。ここはやはりスパイダスの墓場なのか。象とか鯨にも同じような墓場があるとは聞いたことがあるけれど、スパイダスにもそういう習性があるようだ。
ただそれを尋ねるよりも前に、スパイダスさんの誤解を解かなきゃいけない。明らかに誤解している。俺たちは盗掘の犯人じゃない。そう言おうとしたが、スパイダスさんは頭を振っていた。
「……知っているさ。犯人はホワイトウルフたちだろう?」
「なんでそれを?」
「鬼王が教えてくれた、と言いたいところだが、本当はとっくに気づいていたよ。あいつらが犯人だってことは」
「どういうことだ、スパイダス?」
マモンさんは眉尻を上げている。犯人を特定するための労力が、無駄だったと言われたようなものなのだし、スパイダスさんとは友人であるのに、その友人に隠し事をされていたのだから、その反応は無理もないことだった。
「白い毛が落ちていた」
「毛が?」
「あぁ。ここまで来る道は俺たちの糸でできている。その道に白い毛が落ちていた。それでわかった」
「でも、それだけじゃ」
「……この森にはあいつらを除くと小鳥くらいしか白い毛の動物や魔物はいない。仮に小鳥だとしても、それは羽だ。落ちていた毛は、鳥の羽ではなかったよ。なら犯人はホワイトウルフたちしかいない」
スパイダスさんは寂しそうに笑っていた。ホワイトウルフたちに裏切られたことがショックなんだろう。よく見ればスパイダスの亡骸の中には体の半分以上がなくなった個体もいる。それがホワイトウルフによるものなのか、それとも「グリード」の住人の手によるものなのかは俺にはわからない。ただ、この光景はスパイダスさんには決して気持ちのいいものではないことはわかる。
「スパイダスさん、ここが」
「この半分だけになったのは、親父が言うには、俺の爺さんの爺さんらしい。俺と同じで特殊個体だったらしいんだけど、俺は会ったことがないからわからない。俺が産まれるずっと前にこの森の主をしていたそうだよ」
スパイダスさんは半分だけになった亡骸を撫でていた。その手つきはとても穏やかなものだった。
「その隣にいるのは、俺にとってはひい祖父さんだな。やっぱり会ったことはない。ひい祖父さんは通常個体だったそうで、爺さんの爺さんのように採取できるまでには時間がかかりそうだ」
「……スパイダスという種族がアダマンタイトなんですか?」
「正確に言えば、アダマンタイトになれる種族、だな」
「なれる?」
「アダマンタイトというものは、そもそも自然には存在しない。だがそう呼ばれる存在はある。それがスパイダス種の亡骸だよ。それも長い年月を経て、肉と内蔵が風化し、骨と甲殻だけになったスパイダス種の体は、魔鋼さえも凌ぐ強固な金属のようになる。それを神代の人間が「アダマンタイト」と呼んだ。それだけのことさ」
「生体金属ってことですか?」
「死体から剥ぎ取れるものを生体と言っていいかは知らんよ」
スパイダスさんの言い方は少しだけ荒っぽいものだ。でも、気持ちはわかる。先祖の墓を荒らしているんだ。口調が刺々しくなるのも無理はない。
「すみません」
「……いや、気にしないでくれ。ちょっと気が立っていたみたいだ」
スパイダスさんはそう言って笑った。やりきれないのか、その笑顔はどこか辛そうなものだった。でも疑問はあった。その疑問をぶつけていいのかはわからなかったけれど、気にしないことには俺にはできなかった。
「聞いてもいいですか?」
「うん?」
「スパイダスがアダマンタイトの正体であれば、なんで魔鋼からもアダマンタイトに進化できるんでしょうか?」
俺の持つ刀とナイフは魔鋼からアダマンタイトへと進化しかかっているという話だ。普通に考えれば、俺の刀とナイフももとはスパイダスの甲殻から作られたものだってことなのかもしれない。
でも魔鋼はアダマンタイトとは違って、「魔鋼石」という鉱石から錬成したものだった。つまり魔鋼自体はスパイダスとは関係がない。けれどアダマンタイトの正体がスパイダスであれば、なぜ鉱石由来の金属が生体金属であるアダマンタイトに進化できるのだろう? あきらかにおかしいことだった。
「それは俺にもわからん。だが、詳しくはそこにいるライコウ様にお聞きするのがいいと思うぞ? なにせこの世界を作りたもうた母神の側近様だ。当然ご存知だろうさ」
スパイダスさんはじっとライコウ様を見つめていた。ライコウ様もサラ様もなにも言わない。重苦しい沈黙が漂い始めた頃だった。シリウスが鼻を鳴らし始めたのは。
「狼の匂いなの」
そう言われて俺も気付いた。無数のなにかが近づいている気配を感じ取れた。その場にいた全員が同時に行動していた。そして墓の入り口前で屯っていたホワイトウルフたちを照らしたんだ。
明日は十六時更新できる、といいな←汗




