Act0-5 やっぱり異世界のようです
「あー、そうだ。カレンちゃんさん。そろそろ出ておいでぇ」
ゴンさんが、ぽんと手を叩き、手招きしてくる。笑っているとは思うのだけど、ドラゴンだからか、表情の変化がわからなかった。まぁ声色は人間と変わらないみたいだから、たぶん笑っているのだろう。
でも、その笑顔(?)とは裏腹に、ゴンさんの胸からお腹にかけてどくどくと血が流れていた。人間で考えたら、どう考えてもホラー以外の何物でもない光景だった。そんなホラーの住人に手招きをされて、出ていける奴がいるだろうか。少なくとも俺は無理だ。無理なのだけど──。
「うん? カレンちゃんさん?」
竜王ラースさんが、首を傾げている。アルクさんも同じだった。まぁ聞いたこともない名前が出されば、そうなるだろうな。ただこれで俺が出て行かないという選択肢は消えてしまった。ここで無視してしまえば、ゴンさんに妄想癖があるとか思われる可能性がある。これと言って、世話になってはいないが、なんとなくゴンさんとは長い付き合いになりそうだ。そんな相手に余計な風評被害を押し付けてしまうのはかわいそうだった。
「あ、はい。いま行きます」
扉を開けながら、三人、いやふたりとゴンさんがいる中庭みたいな場所に出た。同時にここがどこかなのか、なんとなくわかってしまった。
ふたりとゴンさんがいたのは、中庭のようにも見える場所だったけれど、実際は違う。外であることはたしかなのだけど、外にしては、奥行きがあまりにもなかった。左右はそれなりに広くあるけれど、それでも外にしては狭すぎる。ふたりとゴンさんの先には、高い山々が見える。絶景と言ってもいい光景だが、その手前は、というかふたりとゴンさんから少し離れた先で、地面が切れていた。でもそれは断崖絶壁というわけではなく、段差があった。一、二メートルくらいの段差で、その下は底の見えないものではなく、普通に地面があった。その地面に十人くらいの男女がそれぞれに座っていた。まるで段差の上の光景を見物するかのようにだ。
「……ここって、舞台なのか?」
そう、ふたりとゴンさんに加えて俺が立っている場所は、どう見ても舞台だった。が舞台俳優が演技するようなプロ御用達の舞台というわけではなく、学校の体育館にあるステージのような舞台だった。
「はいぃ、ここはご主人さまの保養施設の舞台なのですよぉ」
ゴンさんはニコニコと笑いながら言う。でも、やっぱり血がどくどくと流れています。説明をしてくれるのはありがたいけれど、それよりもまずゴンさんは止血する方が先決だと思う。
「説明はありがたいですけど、それよりも止血した方がいいと思いますけど」
「ああ、これですかぁ。大丈夫ですよぉ。消毒したほうがいいのはたしかですけど、私たちドラゴンにとってこのくらいの傷は、カレンちゃんさんたちで言えば、かさぶたが剥がれたようなものですからぁ」
「かさぶたが剥がれた程度には、見えませんけど!?」
ここは言っておくべきだろうと思う。だが、ゴンさんは、そうですかねぇと首を傾げるだけだ。ああ、もう本当になんでこの人はこんなにものんきなのだろうか。それともドラゴンという種族自体が、みんなこんなのんきなのだろうか。ファンタジーにおける最強の種族というイメージが音を立てて崩れ去っていくように思えてならない。
「あぁ、気にしなくていいぞ、カレンとやら。ゴンは特別のんきなのだ。本当になんでこんなのがドラゴンロードをしていられるのかが、我は不思議でならぬ」
「それはひどいですよぉ、ご主人。私が特別ではなく、ドラゴン族自体、もともとのんきな性格の者が多いのですよぉ? そりゃぁ、対外的には、先ほどの私のような威圧感ある話し方をいたしますが、実際はいまの私のように、間延びした話し方をする者ばかりですよぉ?」
「いや、それはゴンゴンの一族だけじゃない? バハムート様は、威圧感ある話し方をされておられたし」
「バハムート様と、私のような普通のドラゴンを一緒にしてはいけませんよぉ、勇ちゃんさん」
「……ドラゴンロードは、普通のドラゴンではないと思うけど」
竜王ラースさんとアルクさんが、苦笑いしている。が、当のゴンさんは、自分がドラゴンのスタンダードだと言い張っている。どっちが正しいのかはわからないし、新しいドラゴンの名前も出て来た。だがいま一番知りたいのはそういうことじゃない。
「あ、あの、少しいいですか?」
恐る恐ると挙手すると、竜王ラースさんが、言ってみよ、と話を聞いてくれるみたいだった。
「えっと、その、ここってなんなんですか? 異世界とか?」
「ほぅ。そう聞くということは、そなた異世界人か。まぁ、見慣れぬ装束を着ておるから、そうではないかと思っていたが」
「異世界人ってことは、やっぱりここは地球ではないんですね?」
「ふむ。やはり、そうか。答えから言うと、その通り。そなたの言う「地球」とはこの世界は別だ。この世界の名は、「スカイスト」、母神スカイストが作り上げ、みずからの名を与えた世界だ」




