Act5-44 裏切りは唐突に
「──意外と早く動いたのだな」
ライコウ様はサラ様お手製のすき焼きを頬張りつつ言う。
「グリード」のみなさんが作ってくれたかまどの上でグツグツと煮込まれているすき焼きからは美味しそうな匂いが立ち込めていた。
そのすき焼きを全員でつつきながら、マモンさんとルルドが集めてくれた情報を聞いていく。
すき焼きを食べつつも、みんな真剣な面持ちになっていた。ただ──。
「わぅわぅ、レアまま、お肉」
「お肉ばかりじゃダメよ、シリウスちゃん。お野菜もね」
「……わぅ~」
「うん、偉い偉い」
シリウスとレアはマモンさんの報告を完全に無視するかのように、すき焼きを食べている。正確には、レアの膝の上に座るシリウスに食べさせているというべきか。
シリウスはすき焼きが気に入ったみたいで、食べたい具材をレアにリクエストしているが、やはり肉食の魔物なだけあって、肉をリクエストすることが多かった。
さすがのレアも肉ばかりはダメだと、シリウスのリクエストを無視して白菜に似た野菜をシリウスの口元まで運んでいた。
嫌そうな顔をしたけど、最終的にはシリウスは野菜を食べた。そんなシリウスの頭を撫でつつ、レアは次の具材を、次の野菜を掴んでいた。
「お肉は四つお野菜を食べたらね? だからあと三つ食べたらね」
頭を撫でつつ、レアはにこりと笑っていた。シリウスはわぅと力なく頷ていた。
レアは本当にお母さんらしく振る舞っている。アルトリアであれば、言われるがままに肉ばかりだろうし、希望は野菜中心になるだろうし、プーレはお肉ばかりはダメだよと言いつつも、肉を多く食べさせちゃうだろうね。
でも、レアは野菜多めではあるけれど、ちゃんと肉も食べさせてあげている。シリウスのことをちゃんと考えつつも、シリウスの希望も聞くという、熟練した母親っぷりを見せてくれています。
シリウスもシリウスで不満ありげではあるけど、レアの言うことをちゃんと聞いていた。
うん、かわいいね。
かわいいのだけど、シリウスはともかくレアはちゃんとマモンさんの報告を聞いた方がいいような──。
「ご安心ください。ちゃんと聞いていますので」
レアはご褒美の肉を掴みつつ、笑っていた。シリウスは尻尾をフルスロットルさせながら、目を輝かせて「早く早く」と言っている。レアが笑いながらシリウスに肉を差し出すと、シリウスは満面の笑みで頬張った。とても愛らしいね。思わず胸がきゅんとなるくらいには。しかしレアは飴と鞭の使い方が本当に上手いよね。これでちゃんと話も聞いているとか嘘だろうと言いたいけど、レアの場合は本当のことなんだよね。
「それでマモン。相手には動きがあったのでしょう?」
「あぁ、ようやく尻尾を見せてくれたよ。数日は張り付くつもりだったんだがな」
マモンさんが肩を竦めていた。
マモンさんとルルドが集めてくれた情報は、スパイダスさんの話とは少し食い違いがあった。
というのもアダマンタイトの鉱脈付近には人の足跡はたしかにあったんだ。
だけど、人の足跡以上に獣の足跡が多かった。それも肉球がある足跡がね。
あまりにもあからさますぎて、かえって混乱したけど、マモンさんとルルドが調べるうちに相手の正体を、文字通り尻尾を、そのふさふさの尻尾を掴まえることができたんだ。
「指揮を取っていたのは、群れのボスのようだ。人化の術を使える者が採掘をして、それ以外の者が見張りをしていた」
「まさかの裏切りでした」
ルルドは少し落ち込んでいた。無理もない。なにせ犯人はルルドも知っている相手なのだから。
「ホワイトウルフたちが実行犯なんて思っていなかったですよ」
そう、件のアダマンタイトの鉱脈を荒らしていた犯人は、この森のホワイトウルフたちだった。
ホワイトウルフたちが犯人となれば、森の主であるスパイダスさんも関わっているかと思っていたけど、スパイダスさんは無関係のようだ。マモンさんが言うには、スパイダスさんがわざわざアダマンタイトの鉱脈を荒らす理由がないとのことだった。
その理由は教えてもらっていないけど、どうにもスパイダスさんはアダマンタイトとはなにか関係があるようだった。
考えられるとすれば、スパイダスという種族がアダマンタイトと深い結びつきがあるということ。たとえばアダマンタイトは鉱石ではなく、スパイダスという種族の甲殻だとか。
……いや、さすがにないか。
ヴァーティさんも金属だと言っていたしな。王宮鍛冶師に至った人が金属と生物素材を勘違いするわけがないし。
でも、アダマンタイトは森の中にあるんだよな。
森の中に鉱脈がないとは言わないけど、その鉱脈がたまたまアダマンタイトだったという可能性ってどれだけ低確率なんだろう?
そもそもアダマンタイトがなんで「グリード」の移動範囲の森にしかないんだろうか?
「グリード」付近の森の鉱脈がたまたまアダマンタイトだったのであれば、ほかの森にもアダマンタイトがあってもおかしくはないはずなのに。
なのに、なんでアダマンタイトは「グリード」付近の森にしか鉱脈がないんだろう?
こうして考えてみると、どうにも納得できないな。
やっぱりアダマンタイトとスパイダスさんには深い関わりがあるのかもしれない。
俺もそれなりに森の中には入っているけど、スパイダスという種族を見たのは、「グリード」付近の森が初めてだ。
もしスパイダスという種族が「鬼の王国」ひいては「グリード」付近の森にしか棲息しない種族なのであれば、アダマンタイトとスパイダスにはなにかしらの関係があることになるけど、少し考えすぎかもしれない。
アダマンタイトと言えば、有名な金属であって、生物素材じゃない。それはこの世界でも変わることはないはずだ。
でもどんなに希少であったとしても、金属であれば「鬼の王国」以外にも大規模な鉱脈はあってもおかしくはないはずだ。
なのに「鬼の王国」、しかも「グリード」付近の森以外では、大規模なアダマンタイトの鉱脈はない。どう考えてもおかしくないか?
どんなに希少な金属でもごく一部の地域にしかないというのは、ちょっと考えづらい。アダマンタイトがどれだけ希少であっても、大雑把に言えば地中に埋まっている金属でしかない。なら地中の性質が似たような地域であれば、同じようにアダマンタイトの鉱脈があってもいいはずだ。
それが純粋なアダマンタイトの鉱脈が「鬼の王国」にしかない。なぜ? 「魔大陸」中の地中をすべてくまなく探し回ってもいないのに、なんでそんなことが言えるんだろう?
可能性があるとすれば、それは──。
「カレンさん、聞いているのか?」
マモンさんの声が聞こえた。顔をあげるとマモンさんは呆れたような顔をしていた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」
「……考え事をするのは別に構わないが、いまはこの国の一大事でもある。もう少し真剣にやってくれないか?」
マモンさんの口調はちょっとぶっきらぼうになっていた。
無理もないか。この国の王さまであるマモンさんにとってみれば、ホワイトウルフたちの裏切りは相当の衝撃だっただろうからね。そんな裏切りを受けてもなお、穏やかなままでいられるわけがなかった。
「すみません」
「……いや、俺もちょっと言いすぎた。十分に考えられることではあったんだが、実際に目の当たりにするとかなり辛いよ」
マモンさんは笑った。でもその笑顔はひどく寂しそうなものだった。
「……とにかくだ。犯人の尻尾を掴んだ以上は、行動に移そう。それもできるだけ早い方がよかろう。鬼王。ホワイトウルフたちはまた来るだろうか?」
「そうですね。この森のアダマンタイトは厖大ですから。そう簡単には採取し尽くすことは無理でしょう。となれば、また近いうちに訪れるでしょうね」
「……となれば、今夜から張り込んだ方がよかろう。構わぬな、鬼王」
「本来であれば、第三者に入ってほしくはないのですが、今回ばかりは致し方ありません。ただし、他言無用でお願いいたします」
マモンさんは頭を下げていた。ルルドも隣で慌てて頭を下げる。
それだけアダマンタイトの鉱脈は「鬼の王国」にとって重要な場所だということなんだろうな。
いったいどういうところなのか。わずかな好奇心とそれ以上の胸の痛みを抱きつつ、ホワイトウルフたちに対しての張り込みが始まった。




